第三十五話 奴隷を救う方法
「シグレ、起きるんだシグレ。」
「んんっ、なんですか・・・?」
「ようやく気が付いたか。」
「え?・・・!ここは!?」
「まだ迷宮の中だよ、それもかなり深いところ。」
目が覚めて慌てて周りを見渡した時雨を落ち着かせるためにシゼルは冷静に今の現状を伝える。
だが、時雨の顔から戸惑いの表情が消えることはなかった。
「シゼル君ここは本当に私たちがいた迷宮ですか?」
「そう言うのは無理ないが残念なことに俺たちがいた迷宮だよ。」
なぜなら、今自分たちがいる場所が先程までの迷宮と違い、全てが真っ赤だった。
「これからどうするんですか?」
「俺もこんなことになるなんて予想してないがとりあえずはブライアとライラと合流するために上を目指す。それに、シグレが目を覚ますのに三十分もかかったからそろそろ移動しないといろいろと不味いから。」
「そんなに気絶していたんですか・・・。」
「だから早く移動するぞ。」
「分かりました。」
そう言ってシゼルと時雨は迷宮を進みだす。だが時雨はいくつか気がかりなことがあった。
「けがの方は大丈夫なんですか?」
「それの事なら心配無用だ、お前が気絶している間に自分で回復させてほとんど塞いだから。」
「そうなんですか。」
シゼルの言葉に頷きながらけがをしていた背中の傷を見てみると確かに塞がっていたので一安心する時雨。
そうして一安心した時雨だがもう一つの事をなかなか切り出せずにいた。
それは落とされる直前まで話していた奴隷の少女の事だった。彼女は無事なのか、どうしてシゼル君を助けてほしいと願ったのか。そう言う疑問が頭の中で飛び交うもなかなか切り出せずに思い悩んでいた。
もちろんそばにいるシゼルは今の時雨の考えていることが何となく分かっており、余りにも思い悩んでいる時雨に変わって自分からその話を持ち出す。
「あの獣人族が気になるのか?」
「知っていたんですか!」
「まあ、あれだけ戦っているのに話し合っていたら気にしない方が無理な話だ。」
シゼルはフィーゼルたちと戦いながらも時雨たちの様子を確認していたから話していることは知っているが、何を話していたかまでは知らない。
「・・・あの子は泣きながら私にシゼル君を助けてと頼んできたんです。」
「それはまた酔狂な話だな。たった一度話しただけなのに。」
「面識があったんですか?」
「この間の副都までの護衛の時に一回会っただけだよ。」
そうしてシゼルは副都での出来事を時雨に教えると、時雨は納得したように頷いた。
「何となくあの子の気持ちが分かりました。」
「そうか、俺には全く分からないな。」
「・・・もしかしてシゼル君って他人の気持ちを理解しろって言われたことはありませんか?」
「・・・師匠に何度か言われたことはあるがどうしてわかったんだ?」
「え、えっと、私の知っている人と何となく似ていたからかな。」
シグレはこの時、シゼルが自分を助けてくれた人とどこかかぶって見えていた。そのためか、シゼルの顔を見たとたんに自分の顔が赤くなるのを感じたために俯いてしまう。
そんな様子の時雨にシゼルはどうしたのかと心配になり、声をかけようとするが、
「シグレ、何かこっちに向かってくるぞ。」
「え?」
自分たちが進んでいる道の先から何かが向かってくる気配を感じ取り、時雨を庇う様にして【アイスソード】を構える。
そうしていると通路の先から五体の魔物が現れた。
五体とも二足歩行で剣と盾を持っており、普通の人間よりも背丈が高く、赤い体とドラガンのような顔をしている魔物だった。
「シ、シゼル君!何ですかあれは!!」
「ドラゴンソルジャー。それの変異種かもな。」
「変異種って何ですか!?」
「簡単に言うと普通ではありえないような状態で生まれた魔物の事。」
通常のドラゴンソルジャーは人と同じか少し背丈が高く、剣しかもっていない魔物で体も黒いはずなのだ。
だが、今自分たちの目の前にいるドラゴンソルジャーは明らかに人よりも大きくて体も赤く、盾まで持っているためにどこからどう見ても変異種だと判断できる。
「お前は手を出すなよ、かえって足手まといだから。」
それだけ言うとシゼルはドラゴンソルジャーに向けて【ライトニングランス】を放ちながら【アイスソード】で切りかかる。
だがドラゴンソルジャーも【ライトニングランス】を盾で防ぎ、シゼルの攻撃すらも盾で防ぐ。それどころか逆にシゼルに切りかかる。
もちろん今の攻撃が凌がれることを最初から分かっていたシゼルは余裕をもってドラゴンソルジャーの攻撃をかわし、ある魔術を放ちながら時雨の元まで戻る。
「流石に盾を持つ変異種だな。普通の攻撃程度じゃ大した効果は与えられないな。」
「そんなこと言ってないで早く倒してくださいよ!」
「慌てなくてももうあいつら動けないぞ。」
「どういうことですか?」
「あいつらの足を凍らせたから。」
時雨の疑問にシゼルは淡々と状況を説明しながらドラゴンソルジャーを示すと、五体とも足が氷によって固められているために身動きがとれないでいた。
「なにをしたんですか?」
「あいつらから離れるときに【ニブルヘイム】で足を凍らせて動けないようにしただけ。」
「全く魔術を使った様子はなかったんですが?」
「最小限の威力のそれも無詠唱で発動させたからな。逆に発動されたことを感知されたらへこむ。」
「・・・もう何を言ったらいいのか分かりません。」
今も必死になって氷を砕こうとしているドラゴンソルジャーを見ながら苦笑いを浮かべるしかない時雨はどうしてシゼルがEクラスにいるのか今更な疑問を思うがそれは聞こうとはしなかった。
「さてと、こいつらは無視して先へ急ごう。」
「え?倒さないんですか?」
「時間の無駄だからな。それに急がないといろいろと不味いからな。」
シゼルは焦ったような口ぶりで語り、ドラゴンソルジャーたちを無視して先へ進む。
そんなシゼルに違和感を感じながらも時雨もドラゴンソルジャーを避けて後を追う。
「どうしてそんなに焦っているんですかシゼル君は?」
あれから十分ほどしてから時雨はシゼルが焦っている理由が気になり訊ねると、突然シゼルが立ち止まる。
「どうやら勇者たちは奴隷の事を理解し切れていない様だな。」
「どういうことですか?」
「迷宮から落ちたことで少なからず死人が出ているはずだからちょっと心配なんだよ。」
そうしてシゼルは奴隷について簡単に説明する。
奴隷は闇属性の魔力によって描かれた魔方陣に主人となる者の血を流すことでそのものを主とみなし、命令に逆らえないようにし、命令に逆らった者に痛みを与える。
そして主が奴隷を解雇させると奴隷が描かれていた魔方陣が薄っすらと消えていくために闇属性の魔力を維持させるか、光属性の魔力によって浄化させるかのどちらかをしないといけない。
これは、主人が死んだ場合でも同じとする。
淡々と説明していくシゼルとは逆に時雨の顔は真っ蒼になっていた。
「もし、あの子の主人が死んでいたらどうなるんですか?」
「魔方陣が消えた時、あの子の命も共に消える。」
「そんな・・・。」
シゼルの言葉にショックを隠せない時雨はその場に崩れ落ちる。
今までのシゼルの焦り様からして今の言葉が真実だと理解できてしまったからだ。
もちろん時雨は獣人族の子が生きていると信じたいが、主人が死んでいた時にどうすればいいのか分からなかった。
だがシゼルだけはまだ諦めてはいなかった。
「あいつさえ見つかればどうにかできるんだがな。」
「・・・助けられるんですか?」
「まあ、助けられないことはないがあまりとりたくない方法なんだよ。」
助けられる方法は確かにあるがシゼルにとっては一番最低な方法のためにあまりとりたくはないが時雨が自分に期待をするような目で見られているために早まったかと思い出した。
「それだったら早くあの子を見つけましょう!」
「そうしたいのはやまやまだがあいつが何処にいるのか分からないんだよ。」
「そうでした・・・。」
助けるにしても、獣人族の子がいなければ話にならないことを思い出し、またも落ち込む時雨。
「せめてあの子の適性属性さえ分かればいいんだが。」
「え?」
シゼルが放った言葉に素早く顔を上げて反応した。
何故なら時雨はあの子の適性属性を知っていたからだ。
「あの子の適性属性なら雷ですけど。」
「知っていたのか。」
「はい、戦っている最中に【ライトニングムーブ】を使われましたから。」
「だったら何とか見つかりそうだ。少し時間をくれ。」
そう言うとシゼルは地面にてをつけて集中しだす。するとシゼルから雷属性の魔力が流れ出す。
その姿に時雨は見惚れるように魅入られており、自然と顔が赤くなってしまっていた。
しかし、時雨の様子を気にしているそぶりを見せていないシゼルは必死になってあの子を探していた。
これは、対象者の適性属性と同じ魔力を流すことで対象者が何処にいるのか探る技術でシゼルはこれを共鳴と呼んでいる。
欠点は対象者の適性属性が何か分からないと使えないことと一度会った者にしか使えない所だ。
今まであの子の適性属性が判らなかったから使えなかったが時雨のおかげで適性属性が判ったためにようやく使うことができたのだ。
そうして探って五分ほど経つと、
「見つけた!ここから少し離れているが生きてる!」
「それだったら早く行きましょう!」
「分かってる!」
「え?きゃっ!」
シゼルに突如としてお姫様抱っこされた時雨は顔を真っ赤にさせる。
「お、降ろしてください!一人で歩けます!!」
「急ぐんだから静かにしろ。」
時雨が顔を真っ赤にさせていることを知らないままシゼルはあの子の元へ急ぐために今まで以上に早く駆ける。
何故なら、あの子の近くに魔物が何体か集まっていたからだ。
時雨を抱えたままあの子のもとまで駆けつけるとすでに七体ほどの魔物と戦っており、かなり傷だらけになっていた。
「シゼル君!私を降ろしてください!!」
「あの子の治療は頼むぞ。それからあの子の体に描かれている魔方陣も確認していてくれ。」
「任せてください。」
そう言って時雨を降ろしてあのこと魔物の間に割り込む。
「助けに来たぞ。」
「え?」
「【ニブルヘイム】。」
獣人族の子が驚いている間に【ニブルヘイム】で襲い掛かってくる七体の魔物を凍らす。
どうやら七体ともドラゴンソルジャーの変異種だったらしく、シゼルの魔術を盾で防ごうとしている姿で氷漬けにされていた。
「嘘、あれだけ強かったのに・・・。」
「そんな事よりも・・・」
「先に傷を治しましょう。」
シゼルが魔方陣の確認をしようとすると時雨が間に入って治療を始める。
「【ヒーリング】!」
「え?どうして私なんかを・・・」
今の状況に理解が追い付いていけない様子だが傷が治されていることに疑問を感じているようだ。
そんな戸惑いを無視するかのように時雨は傷を治すのに集中している。
そうして傷がだいたい塞がったところで治療をやめる。
「何でこんなことしてくれるの?」
「それはあなたが傷ついていたから。」
その子の疑問に笑顔を向けながら時雨は当たり前の事のように返す。
その言葉にその子は頭を傾げるだけだった。
「そんな会話は今はどうでもいい。先に確認することがあるだろ。」
いつまでたっても先に進みそうもなかったのでシゼルが声をかけると時雨は慌てて目的を思い出したようだった。
「そうでした!あなたの魔方陣を確認しないといけないんだった!!」
「っ!!」
魔方陣を確認すると言った瞬間、その子は慌てて胸元を隠した。
どうやらシゼルの考えは間違ってはいなかったようだ。
「君の主人は死んだようだな。」
「!!!」
「そんな!だったら早く助けてくださいよ!」
シゼルが主人が死んだことを告げるとその子はさらに警戒し、時雨は助けるように促す。
「君の警戒はもっともだがこのままではいずれ君は死ぬぞ。」
「それでもいい!奴隷から解放されるなら死んでもかまわない!!」
「俺なら俺が一番嫌う方法で君を助けることができると言ってもか?」
「嘘だ!!そんな方法・・・」
「信じる信じないは君の勝手だがこのまま死ねば何もなせないまま死ぬことになるんだぞ。それでもいいのか?」
「・・・」
シゼルの言葉に何も言い返せなくなったその子は何かを考えるようにして顔を俯かせてしまった。
その様子を時雨はハラハラしながら二人を見守っていると、
「一体どうするんですか?」
警戒しながらその子はシゼルに自分を救う方法を訪ねる。
「君を俺の奴隷にして後で開放することだ。」
シゼルが示した方法はその子にとっては死んでも嫌な方法だった。




