第三十二話 魔物との戦い
「集まってるかお前ら?」
アンジェリカ先生の声のクラス全員が気を張り巡らす。
何故なら自分たちの目の前に迷宮の入り口があり、そこからかすかに生き物のうめき声が聞こえるからだ。
「気を張り巡らすのはいいが私の事を無視するなよ。それじゃあ今から迷宮探索の課題を発表するぞ。」
そう言ってアンジェリカ先生は迷宮探索の課題を発表する。
内容は一班につき迷宮内の魔物を五匹以上倒し、奥にいる教師に魔物を討伐した証を班の全員が揃った状態で見せることだそうだ。
この課題を聞かされたクラスメイト達は次々にざわめきだす。
自分たちが魔物とやり合えるだけの実力があるのか、実際に生き物を殺すことができるのかなどといった言葉が飛び交いクラスの雰囲気はどんどんと悪くなっていく。
そんな中でシゼルだけは平然としていた。
「そんな簡単な課題だけで良いんですか?」
シゼルの言葉にクラス全員が視線を向ける。
「やはりお前には簡単すぎたか。」
「正直言って簡単すぎます。」
シゼルにとって魔物と戦う事は魔領の森で何度も経験しており、魔物を殺すことに何も感じない。もとより何かを殺すことに全くと言っていいほど抵抗を感じないのだ。
前世で殺され、この世界でも殺されそうになったシゼルだからこそ何も感じずに殺すことができるのだ。
「全くお前は計り知れんな。さあ、次の事を話すぞ。今度はこの迷宮の特徴だ。」
シゼルの態度に微笑みながらアンジェリカ先生は迷宮の特徴を説明する。
今回の迷宮は主に火属性の魔物が出現し、中には風属性の魔物も出現してくるところであり、罠も多種多様に仕掛けられている迷宮だという。
そのことを聞いたクラスメイト達は大急ぎで班のメンバーと話し合い作戦を練り上げる。
その姿をアンジェリカ先生はいたずらを思いついたような笑みを浮かべながら、
「さあ、最初に行くのはどの班だ?」
作戦を立てる時間を与えないアンジェリカ先生にクラスから批判の声が上がる中、
「それじゃあ、僕たちの班から行きます。」
「俺たちはすでに準備できてるからな。」
シゼルの班が集まり、すでに迷宮で挑む準備を整えていた。
「まさかシゼルの班が全員準備を済ませているとわな。」
「昨日のうちに話し合っておいたからな、このクラスでは最初に迷宮に入るって。」
シゼルに言う通り自分たちの班は昨日の作戦会議の時に一番初めに迷宮に入ると言っておいたのだ。
その作戦にライラと時雨が不思議そうにするもブライアの説得もありしぶしぶ納得してくれた。
「それなら問題ないな。行って来い!」
アンジェリカ先生が迷宮の入り口を開けるのと同時にシゼルたちも迷宮の中へ入っていく。
シゼルたちが迷宮へ入るとすぐに広間のような場所がありその先は四つの分かれ道になっていた。
「入って早速分かれ道とはやってくれるわね。」
「どうするんだよシゼル。」
「ちょっと待て、一番魔物が多そうな道を探すから。」
そう言うとシゼルの周りから風が流れ出し、四つの分かれ道に流れ出した。
「・・・一番左端の道が一番魔物が多いな。」
「本当にシゼル君はすごいですね。」
「こんなこと大したことないよ、それよりも昨日言った通りの配置につけよ。」
時雨が魔物の居場所を見抜いたシゼルに称賛を送るも、シゼルにとってはこの程度のことなど大したことではないために適当に返して配置を組ませる。
ちなみにシゼルが魔物の居場所を知ることができたのは風の基礎魔術【ウインド】を分かれ道に流して、風の乱れが一番大きかったところにあたりをつけたからだ。
この方法は魔領の森で生きていくうえで魔物の不意打ちを防ぐのに使っていたためにかなり広い範囲まで届くのだ。
「早速行くぞ、いつでも戦えるようにしておけよ。」
「分かってるわよ、シグレも気を付けてね。」
「心配してくれてありがとうねライラちゃん、でもブライア君の事も気にかけてあげてね。」
「此奴はいいのよ、どうせ私たちの後ろかで背後の警戒だけなんだから。」
「お前って本当に酷いよな。」
お互いにそんな言葉をかけ合いこの中で一番体力の少ない時雨のペースで歩き出したシゼルたち。
そして五分もしないうちに二体のトカゲのような魔物がシゼルたちの前に現れる。
「早速お出ましかよ。」
「そのようだな、ライラ!打ち合わせ通り頼むぞ。」
「分かってるわよ。雷よ、わが敵を貫け。【ライトニングランス】!」
シゼルの合図でライラがトカゲの魔物に向けて【ライトニングランス】を放つ。
その【ライトニングランス】にトカゲの魔物も気づいたのか二体とも口から火を吐き、向かってくる【ライトニングランス】を迎え撃つ。
「火を吐くトカゲか、確かフレイムリザードって言ったっけ。」
「二体して私の【ライトニングランス】を迎え撃つだけの力しかない弱い魔物ね。」
ライラの【ライトニングランス】が迎え撃たれてもシゼルたちは慌てず冷静に敵を分析していた。
そうしている間にもフレイムリザードは火を吐こうとしていた。
「今度は俺からだな【アクアボール】。」
しかし、火を吐こうとするところでシゼルから水属性の初級魔術【アクアボ-ル】を浴びせられて火を吐くことができずに水で濡れてしまった。
「ナイスよシゼル。雷よ、わが敵を貫け。【ライトニングランス】。」
二体のフレイムリザードが水にぬれた瞬間を狙ってライラがもう一度【ライトニングランス】を放つ。
水によって濡らされて怯んでいたフレイムリザードは躱すことができずに【ライトニングランス】が直撃してしまう。
水に濡れていたことで電気を通しやすくなっていたフレイムリザードはこの一撃で動けなくなってしまった。
「どうやら倒したようだな。」
「倒したはいいけど倒した証って何よ?」
「やっぱり魔物の一部だろうな。」
「・・・持ちたくないわね。」
「俺が持つから。」
そう言ってフレイムリザードの尻尾の部分を切り落としたシゼルは持ってきておいた袋の中にしまう。
「ブライア、後ろの方では異常はなかったか?」
「おう、お前に言われた通りしていたよ。」
「よし、それじゃあこのまま進むぞ。」
背後の異常をブライアに確認したシゼルはこのまま休憩を取らずに前に進む。
課題のクリアまであと三体なのでこのまま無理をしない程度まで進めておきたかったのだ。
それはシゼルが昨日から考えている面倒ごとのせいであり、それを知らないライラと時雨はシゼルの言葉に自分の体力を確認した後に頷くだけだった。
あの後十分ほど進んでもう一体のフレイムリザードを倒して残り二体となったところで時雨の体力が尽きそうになったため、今は少し広い空間のところで休憩をとっていた。
「みんな・・・ごめんね・・・。」
「気にしないでシグレ、私たちも最初から分かっていたことだから。」
「そうだぜ、シグレちゃんのペースに合わせるって俺たちで決めたんだしよ。」
「無理をして倒れられるよりかはマシだしな。」
三人の言葉を聞き、少しは余裕を取り戻した時雨だが体力はすぐには回復するものだはなかった。
「体力を回復させてあげられたらいいんだけど私はまだその魔術が使えないの、ごめんね。」
「いいんですライラちゃん・・・これ以上足を・・・引っ張る訳には・・・いきませんから。」
ライラが言っているのはアリスが使っていた【ヒーリング】の事である。
ライラは光属性の適性があるがまだ中級までは使えず、時雨本人も体力が低下しているために魔術を使うことができないでいた。
「はぁー、光よ、癒したまえ。【ヒーリング】。」
そんな二人に見かねてシゼルが【ヒーリング】を発動して時雨の体力を回復させる。
「え?体が楽になりました。」
「あんまり効果に期待するなよ。苦手なんだから。」
自分の体が楽になったことに驚く時雨にシゼルは魔術を使い続ける。
しばらく何が起きているのか分からなかった時雨もシゼルが自分の体力を回復してくれていると理解すると顔を赤くしてしまう。
「も、もう大丈夫ですシゼル君!もう十分回復しました!!」
「そ、そうか、よかったな。」
突如と慌てだした時雨に驚いて思わず魔術を解いてしまう。
しかしその瞬間にシゼルはここに近づいてくる集団の気配に気が付いてしまう。
「ブライア、準備しておけ。お客さんが近づいて来るぞ。」
「マジかよ、本当にお前の言った通りになったな。」
「一体どうしたってのよ?」
シゼルの合図でブライアはいつでも昨日の作戦通りに動くためにライラと時雨のそばによるが、ライラと時雨だけは状況がつかめていなかった。
「ここに悪者を倒すために英雄気取りが押しかけて来るんだよ。」
「英雄気取りってまさか貴族じゃないでしょうね!?」
「残念ながら正解だよ。そしてお前は立場を分かっているようだな化け物。」
シゼルの言葉にライラが慌てて聞き出そうとするも、通路の奥から男の声が聞こえてくる。
シゼルはその男の声に聞き覚えがあった。それに自分の事を化け物と呼ぶ人物なんてアーティスタ魔術学園ではたった一人しか思いつかなかった。
「よくもまあそれだけ集められたな・・・フィーゼル・シャインゼル。」
男の名前をシゼルが口にすると通路の奥から数十人の集団の中からフィーゼル・シャインゼルが前に出てくる。
「貴様のような化け物を殺すために集めたからな、それにこれだけではないよ。」
そう言うと他の通路からさらに集まってくる。
フィーゼルと共に現れた人数と合わせると百に届くか届かないかといったところまで集まって来ていた。
「流石の化け物もこの数を相手にして生きるなんて考えているわけではないだろうな?」
フィーゼルがそう言うと集まってきた者の殆どがあざ笑い残りが表情を暗くしていた。
その人たちは学園の制服を着てはいるがフィーゼルたちとは違ってかなり汚れていたためにシゼルは彼らが奴隷だという事にすぐに検討が付いたところでその中の一人に目がいってしまう。
(彼女は・・・!)
それは副都で出会った名前も知らない獣人族の女の子だった。
その子の表情は他の人たちより暗く、体が震えていた。どうやらあの子もここに集められた貴族の奴隷だったようだ。
そのことを知ったシゼルの頭は怒りで何かが切れそうになっていたが、シゼルよりも早くに、
「シゼルは化け物なんかじゃないわ!!!」
話の内容でフィーゼルたちの狙いがシゼルであることだけは理解できたライラがあまりにもひどすぎる言葉に切れる。
「お前たちのようなゴミはあとだ、まずはこいつから殺すぞ。」
しかしフィーゼルはライラの怒りに目もくれずにシゼルだけを睨みつけていた。
その眼はまるで魔物を見るような目だった。
「ブライア、後は頼むぞ。」
「・・・任せろ!わが身に力を与えよ。【フィジカルアップ】!」
お互いがそれだけ言うとブライア無属性の初級魔術【フィジカルアップ】を発動させてライラと時雨をを抱えてきた道へと走り去る。
それに気づいた者たちが追いかけようとするも通路を塞ぐようにして土の壁が現れてしまい追いかけることができなかった。
「化け物にしては珍妙なことをするようだが、化け物を倒して追いかければいいだけだ。」
「お前ら程度にできるかよ。」
そうして一対百人近い人数の戦いが始まろうとしていた。
シゼルの戦いが始まろうとした時、迷宮の最深部では何かが目覚めようとしていた。
それは激しい炎に守られるようにして輝き続けている一つの光だった。
『この気配は・・・!どうやらとうとう動き出したようね。』
そうささやくと炎はその光を守る様にさらに激しく燃え上がった。




