第三十一話 野外実習前の作戦会議
王都へと帰還してから一日が経ち、いよいよ野外実習を明日に迎えた教室内でシゼルはクラスメイトから質問攻めにあっていた。
主に昨日まで学園を休んでいた理由を聞かれ、たまに勇者の暴走を止められるだけの実力をどこで得たのかとしつこく質問してくる。
シゼル自身も休んでいた理由を聞かれるのは予想していたがここまでとは思っていなかったためにいい加減全員を気絶させようかと思っていたところで、
「お前ら席につけ。授業を始めるぞ。」
アンジェリカ先生が教室に来たために全員が席に座る。
「それじゃあ授業を始める・・・と言っても今日は明日の野外実習のための最後の打ちあわせだ。だから班になって作戦会議をしていろ。私は口出ししない。」
アンジェリカ先生の適当な指示にも全員はもう慣れたかのように無視し、迷宮探索の班で集まる。
もちろんシゼルも班のもとに集まる。
「それで作戦会議って言っても何するんだ?」
「馬鹿のあんたはシゼルの指示に従っていればいいのよ。」
「ラ、ライラちゃん、言い過ぎだよ。」
ブライア、ライラ、時雨、そしてシゼル。
あの食堂での語らいの後に決まった迷宮探索のメンバーだ。
「なんで僕なんだよ。」
「だってシゼルが一番強いんだし、冷静なんだから当たり前でしょ。」
「そ、それにこのメンバーの中で一番頭が良いのもシゼル君ですからきっといい指示を出してくれるとアンジェリカ先生が言っていました。」
「あの教師・・・いつかしめてやる。」
いつの間にか自分が班の指示役になっていた理由が教師の采配であることに腹を立てたシゼルはアンジェリカ先生にいつか仕返しをしてやると決める。
しかしなってしまったものは仕方ないと思い直し今日で決めれることを決めておくことにする。
「それじゃあ先に何ができるか聞いておくぞ。まずはシグレからだ。」
「え!わ、私から!」
「ああ、僕はシグレが何をできるか知らないからな。いろいろと決める前に先にそれを把握させてくれ。」
「は、はい!私ができることは・・・、」
そうしてシゼルは時雨が何をできるのか聞き出す。
それでわかったことは彼女が光属性を得意としており主に回復中心の魔術を覚えていること、あとは風属性と水属性の適性があること、攻撃系統の魔術が苦手で初級魔術ですら大した威力が出せないこと、逆に防御系統と補助系統の魔術が得意だという事、自分自身の体力が少なく、あまり激しくは動けないこと。
途中で何度か質問を挟み、必要な情報を聞き出したことでそれなりの配置を頭の中で考えたシゼルは時雨への質問を止めると、
「大体決まったから配置を決めるぞ。まずライラとシグレは僕の後ろで補助を頼む。」
「任せなさい。」
「分かりました!」
「次にブライアだが一番後ろで背後の警戒と二人の防御を頼むぞ。」
「おう、任せろ!」
それぞれに配置を指示したシゼルは三人の顔を窺いながら次に進める。
「ライラは僕の援護と敵への遠距離攻撃を主にやってくれ。シグレは僕以外の傷ついた人の回復と周りの警戒だ。ブライアは背後の警戒と同時に逃走経路の確保だ。」
いつも通りな雰囲気を醸し出しながら淡々と指示を出していくシゼルに三人はいつものシゼルとは違う何かを感じていた。
だが、シゼル自身の配置が決まっていないことを思い出す。
「私たちの指示は大体わかったわ、でもシゼルはどうするの?」
「この中で前衛を務められる奴が僕以外にいるのか?」
「うっ!」
ライラの疑問にシゼルは淡々と答える。
そんなシゼルの態度にライラは今いるメンバーの中で一番の戦力が彼自身だったことを思い出し何も言えなくなる。
それに思い返してみれば中級魔術ですら素手で弾いてしまうシゼルの防御力も思い出した。
「納得したようだな。」
「ええ、正直シゼルがいれば何が来たとしても対処できそうだってことを思い出したわ。」
「馬鹿言うな、僕だって人間なんだからできないことくらいあるぞ。」
シゼルの言葉にライラとブライアは目を大きく見開いて驚く。
シゼルがなんでも一人でできる姿しか見て来なかった二人にとって、今の言葉はあまりにもありえなかったからだ。
「い、一体何よ、シゼルができないことって。」
「師匠に勝つこと。」
シゼルができないことが何なのか気になったライラが恐る恐る聞くとシゼルは隠す気が全く感じられないような態度で平然として答える。
それを聞いた二人は一瞬何が言われたのか分からないような顔をするがすぐに内容を思いでして一安心する。
「驚かさないでよ!」
「そうだぜシゼル!心臓に悪いぞ!」
「あははは、それよりも決めることを決めよう。」
まったくもって時雨の言う通りだとシゼルは思い、脱線してしまった話を元に戻す。
「話を戻すぞ。ライラは絶対に僕の前に出ないこと、シグレも同じだ。」
「そうね、私が前に出たところでシゼルの足を引っ張るだけだものね。」
「そうですね。」
シゼルの前に出ないという指示にライラと時雨は納得する。
自分たちに今の実力ではシゼルの足を引っ張るだけだという事をこれまでの戦いで理解しているからだ。
「ブライアは背後から敵が来ても一人で撃退しようと思うな。」
「迷宮の中でそんな無謀なことを使用とは思わねえよ。敵が来たらお前に知らせて指示を仰げばいいんだろ?」
「分かってるんだったらこれ以上は言わない。背後は頼むぞ。」
「おう!」
ブライアの方にも無謀なことをしないようにくぎを刺すも、どうやら本人も理解しているようだった。
「それじゃあ次はもしもの時のための作戦を考えるぞ。」
「もしもの時の作戦?」
「迷宮では何が起こるか分からないからな、そんなときのための作戦だよ。」
「学園の行事で行くようなところなのよ?そんな備えがいるとは思えないわよ。」
「念のためだよ。」
シゼルの意見にライラは深く考えすぎだと思いながらも念のためという言葉に納得し引き下がる。
そんなライラの態度にシゼルは迷宮を甘く見ていると考えていた。
たとえ学園の行事で行くような迷宮でもそこは迷宮なのだ。ならば確実に罠などが仕掛けられているはずでその中には仲間を引きはがすような罠が仕掛けられているかもしれないと思っている。
だからシゼルは油断などするつもりは最初からなかった。
「もし不測の事態で引きはがされたらEクラスの班のどこかと合流すること。」
「どうして他のEクラスの班なんだ?俺たちが直接合流するのはダメなのか?」
ブライアの最もな疑問にライラは頷きながら同意する。
「勿論それなら話は早いんだがみんながバラバラになってみろ、全員が合流するまでどれだけかかると思っているんだ。」
「確かにそれなら他の班に合流させてもらう方が安全だわね。でも、なんでEクラスだけなの?」
シゼルの考えにさっきはブライアの考えに納得していたライラがシゼルの言葉に理解を示すも次も疑問を上げてくる。
「それは主に僕のせいだな。今の他クラスはEクラスを目の敵にしているから・・・、」
「Eクラスの人が助けを求めても助けてくれないという事ですか?」
「・・・そうなるだろうな。」
ライラの疑問に答えようとするも途中から時雨が答える。
「なによそれ!シゼルは何も悪いことしてないでしょう!!」
「落ち着けライラ、たとえ僕が悪くなくても貴族からしてみれば僕はEクラスのくせに貴族や勇者を倒した悪役だよ。」
「なによ・・・それ・・・。」
シゼルと時雨の答えにライラが激怒するもシゼルによって宥められるも、シゼルが放った言葉が理解できなかった。
「なんでシゼルが悪役になるのよ。」
「貴族からしてみれば僕のせいでEクラスを痛めつけて楽しむという遊びができなくなったからな。要は僕がいないEクラスの生徒はいたぶる対象だってことだよ。」
「ひでぇ話だがありえなくねえかもな。シゼルのおかげで俺たちのクラスは圧倒的に貴族連中からちょっかいを受けなくなったんだからよ。」
「そんな・・・。」
シゼルの言葉にブライアは納得したように頷く。
ブライアの言う通りEクラスに対する貴族のイジメはシゼルの存在のおかげでかなり少なかった。
それはシゼルがあまりにも強すぎる為に貴族は手の出しようがなく、下手に刺激すればヘイルや吉村のように返り討ちにあうかもしれないと考えているからだ。
しかし、迷宮ではシゼルの目が届かないためにEクラスを痛めつけてもシゼルに返り討ちにあう可能性が極端に少なくなるために貴族たちはやりたい放題することができる。
そのためにたとえ他クラスに助けを求めても無碍にされるか痛めつけられるかのどちらかしかないと考えているシゼルは同じクラスとの合流を進める。
「だから絶対に助けを求めるならEクラスにするんだ。」
「分かった。」
「「・・・・・・。」」
シゼルの言葉にブライアだけが頷き、ライラと時雨は顔を俯かせていた。
二人の顔は明らかに他の班の事を考えて悩んでいる顔だったのをシゼルは見逃さなかった。
「・・・他の班に知らせたいなら好きにしろ。」
「「!!」」
シゼルがそう言うと二人は顔を明るくさせながら他の班の元へといそいでこの事を知らせに行く。
「ブライア、少し話がある。」
「なんだ?」
二人がいなくなったのを見計らいシゼルはブライアだけに話を持ち掛ける。
今から話すことはあの二人なら絶対に反対するかも知れないとシゼルは考えており、ブライアだけに説明したいことがあったからだ。
それはシゼルが考える面倒ごとであり、一番自分の実力を理解しているブライアにしか頼むことのできない内容だった。
「・・・・・・分かったな。」
「・・・俺は絶対納得はしねえぞって言いたいがありそうだから怖えな。」
シゼルの考えに身震いしながら納得するブライア。しかし、その顔は納得がいっていない顔だった。
「もしこの事をライラが知ったら絶対怒るぞ。それでもいいのか?」
「死ぬよりマシだろ。それにあいつらが知ったら絶対にもっと面倒になりそうだからな。だから絶対に知られるなよ。」
「・・・先に謝らせてくれ、すまねえな。」
シゼルの考えを理解はするも納得し切れないブライアは謝罪の言葉をシゼルに送る。
それを聞いたシゼルは何も語らなかった。そんなことをしていると、
「みんなに話し終えて来たわよ。」
ライラがクラスのみんなに知らせ終わり、時雨と共にシゼルの元へ戻ってくる。
「みんなシゼルの考えに怯えながら納得していたわ。これで被害は少なくできるわね。」
「夏姫ちゃんたちにも注意を呼び掛けて来たのでもっと抑えられるかもしれないです。」
そんなことを笑顔で話しながら戻ってくる二人を見て被害が最小限になりそうだと考えるシゼル。その横ではブライアがいつもより暗かった。
「ブライア、何かあったの?」
そんなブライアの様子が気になったライラが訊ねる。
「いや何でもねえ、ただ貴族連中に気をつけながら行かねえといけないと思うと少し不安でな。」
「そうよね、あいつらって何してくるか分からないもんね。」
ブライアの返事にライラは苦笑いを浮かべながら納得する。
しかしブライアの顔は未だに暗いままだったことを時雨だけは見逃さなかったが、ブライアの雰囲気に聞き出すことができなかった。
「それじゃあ、もう少しだけ決めることを決めるぞ。」
シゼルの言葉で三人は頷き、もうしばらく作戦会議は続いた。




