第二十九話 獣人族の女の子と魔術武装
「エルキット・バルゼハットの名のもとに王都側の提案を受け入れることを約束しよう。」
「有難う御座います、エルキット様。」
光野とバーゼスとの決闘の後、もう一度バルゼハット家に戻って会談の結果を双方の立会いの下で決断が下され終了となった。
これで王都は副都からの物資供給を互いの納得の下で受けられるようになった。
「ふぅー、ようやく肩の荷が下りました。」
「やっぱりルミテス様は政治の交渉をしている方が楽なの?」
「ええ、やっぱり馴れしんだ分野の方がやり易いですね。」
会談が終わると同時にフェリスはルミテスと会話を弾ませる。その姿はまるで友達のような微笑ましい光景だった。
「シゼル、コウノの状態は如何だ?」
「ぐっすり寝てましたよ、相当負担がたまっていたみたいです。」
「そうだろうな、あれほどの賭けをして負担がたまらない方がおかしいよ。」
逆にシゼル、バーゼス、ギュエルの三人は勝負の後倒れた光野の事を話していた。
勝負の後ルミテスの突進により意識を失った光野はシゼルによって一足先に闘技場から運び出され、先にバルゼハット家で寝込んでいる。
「勇者にどの武器を最優先に生産すればいいのか聞かねばならぬのにな。」
「明日になるまではお預けですよ。」
「分かってるよ。」
光野の容態はセバスから教えられており、今も彼がいつ目覚めてもいいように付きっきりになって見ていてくれているためここにいる全員はそれほど心配してはいなかった。
それからしばらく軽く会話をしていると、
「会談も終了しましたし、そろそろ私たちは宿に向かいます。」
「あら、もう行くの?」
フェリスと会話を楽しんだルミテスが席から立ち上がる。
「ええ、これ以上エルキット様のご迷惑になる訳にも参りませんし、コウノさんの容態も確認したいので。」
「それじゃあ仕方ないわね。私も自分の屋敷に帰りましょうか。」
そうしてルミテスとフェリスは一足先に食事の間を後にする。
「それで護衛のお前はどうするんだ?」
「勿論ついて行きますよ。面倒ですけど。」
「今の言葉で私は君に同情するよ。お互い頑張ろう。」
二人が食事の間を後にした後、シゼルはバーゼスに揶揄われながらもルミテスの後に続き、ギュエルがそんなシゼルを見ながら共感を覚える。どうやらシゼルが無理やりここに連れて来られたことを見抜いたようだ。
「はぁー、本当に面倒だ。」
食堂の間を出るときに誰にも聞こえないようにそう呟きながらシゼルはルミテスの後を追うのだった。
光野の見舞いを済ませたルミテスとシゼルは今、商売区の大通りを歩いていた。
「それにしてもコウノさんの意識が戻らないのは不安ですね。」
「意識を失わせた原因がそれを言いますか?」
「うっ!」
光野はあのままセバスの下で安静にさせるほうがいいと判断したルミテスはエルキットに許しをもらい、そのままバルゼハット家に彼の事を任せた。
もちろんあの家の持ち主であるエルキットに正式な許しをもらってだが。
「そ、そのことは忘れてください!それよりもうすぐ私たちが泊まることになる宿が見えますよ。」
多少は自覚があるのか、顔を赤くさせながらルミテスは話をそらすように今日泊まる宿を指さす。それにつられてシゼルも彼女が示す方向を眺めるとそこらにある宿より豪華な宿が見えてくる。
周りの宿は人が容易に入れそうな雰囲気の宿に比べて、ルミテスが示す宿だけ高貴な身分しか入れないような存在感を醸し出していた。
「今日はあそこに泊まります。」
「コウノが此処にいなくてある意味良かったかもな。」
「そうですね、緊張する姿しか思い浮かびません。」
普通の人が入れなさそうな宿を前にしてシゼルとルミテスはここにいない光野の反応を想像しながら苦笑いを浮かべる。
「シゼル様はこの後どうするのですか?」
「俺が此処に来た目的を作った奴が何言ってるんだよ。」
この後の予定を笑顔で訪ねてくるルミテスにシゼルは少し切れながら返す。
「この後私は宿で休んでいますので、護衛は気にしないでください。」
「そうかよ・・・、しばらくの間副都を観光させてもらうよ。」
「わかりました、シゼル様の部屋も既に用意してありますので観光が終わりましたら宿の方に名前を言えば部屋まで案内されるでしょう。」
「分かった。」
そう言ってシゼルはルミテスと別れ、一人で副都を歩き出す。内心で一人になれたことを喜びながら。
そうして一人で歩くこと三十分ほどすると物陰からフードを被った人物が突如としてシゼルの前に飛び出してきて、
「いっ!」
「おっと!」
そのままの勢いでぶつかってしまう。
そしてそのままフードがめくれてしまい、顔が明らかになる。
シゼルはその顔を見た瞬間につい驚いてしまう。何故なら、
「え!?なんでここに獣人族がいるんだ!?」
「ひっ!フ、フードが・・・!」
シゼルに顔を見られてしまった獣人族は急いでフードを被るが、その時にはすでに遅かった。
シゼルに声は周りの人の注目を集めてしまったからだ。そのことに気付いたシゼルは大急ぎで獣人族の子を抱き、
「ちょっとごめん!」
「えっ・・・!?」
その獣人族を攫うような形で路地裏へと連れ去る。
そのまま路地裏を進み、人の声が聞こえなくなったあたりで獣人族を開放する。
「ごめんな、攫うような形になって。」
「え?ここは・・・?」
シゼルに解放された獣人族は急に攫われたことからまだ冷静さを失っており、今だに慌てている。
そんな獣人族をシゼルは改めて観察する。
性別は女性でシゼルより一つか二つ幼いと思われる体格、見た目よりほんの少し出ている胸、髪は少し長めの白い髪、何か自分と同じようなものを映していると思われる深紅色の瞳、それに何より、
「尻尾出てるぞ。」
「え?あっ・・・!」
シゼルに言われて初めて気づいたのか慌てて尻尾を隠すがシゼルはしっかりとその尻尾を記憶してしまう。
シゼルの前世である地球で言い伝えられていたような白面九尾を彷彿とさせるような白い尻尾と耳。
やはりどう見ても獣人族だった。
しかし彼女が獣人族であるならばどうしてここにいるのかが疑問だった。
「できるならでいいから答えてくれ、どうして君のような獣人族が此処にいるんだ?」
「え、えっと・・・、言えません!」
「そうか・・・。」
やはり、獣人族の子はこも副都にいる理由をシゼルに語らなかった。
それも仕方ないだろうなとシゼルは思う。
戦乱があった時代は獣人族との交流もあったが今ではその交流も途絶えており、人間が住む領域に獣人族が入れば確実に犯罪者として捕まり、奴隷にされたしまうからだ。
それはないも獣人族だけではない、ドワーフもエルフもだ。
その所為で今や人間の領域内にいる他種族のすべてが奴隷だ。だからシゼルは、
「それじゃあ、君は誰かの奴隷なのか?」
彼女が誰かの奴隷なのかを訊ねる。そうすると、
「!!」
急に驚きだし、急いで顔を横に振る。
(誰かの奴隷なのか・・・。だから君の瞳に近親感を覚えたんだな・・・。)
だがシゼルは、その行動を肯定と取った。そしてなぜ獣人族の女の子に近親感を感じたのかを理解した。だから、
「ここで君を見たことは誰にも言わないでおくよ。だから君の主人にも俺の事は内緒にしろよ。」
「え?どうして・・・?」
シゼルの言葉に獣人族の女の子は呆けた顔になりながらも自分の存在を公にしない理由を訊ねてくる。
「それは俺の気分だよ、つまりただの気まぐれだ。」
そう言ってシゼルは獣人族の女の子から離れる。
獣人族の女の子も何が何だか分からないような顔をしながら自分が逃がされたことを何とか理解できたのか、頭を下げながらシゼルとは反対の方向に向かってその姿を消す。
獣人族の女の子の気配が消えるとシゼルは急いで路地裏から抜け出す。
「たまには面倒ごとも役に立つものだな。」
大通りにいる人に聞こえないようにそう呟きながらシゼルは近くにあった武器屋をのぞき込む。
そこには剣から弓、ハンマーといった一般的なものが揃えられていた。
「いらっしゃいませ。何かお求めでしょうか?」
シゼルがのぞき込んでいることに気が付いた店員が笑顔でシゼルを出迎える。
「ここで一番いい剣ってどれですか?」
「それでしたら最高傑作が店の奥にありますのでお待ちを。」
シゼルの注文を聞き、店員が店の奥へと入っていく。そうして待つこと五分少々、
「お待たせしました、こちらがこの店最高の一振りで御座います。」
そうして持ってきたのはアリスが使うような大剣だった。
しかしその大剣はアリスの大剣のような存在感がないためシゼルにとってはいまいち業物と呼べるものではなかった。だが、この大剣に何かが施されていることはすぐに分かった。
「この大剣には何が施されているんですか?」
「お客様はお目が高いですね、この大剣には風属性の【ウインドカッター】が付与されております。」
「魔術武装か・・・。」
魔術武装とは普通の武器とは違い製作の段階で魔術を組み込み、その魔術の力を扱うことのできる武器の事を言う。
使用時にその武器に組み込まれた魔術の属性と同じ属性の魔力を流すことで組み込まれた魔術を使用することができる為にかなり高価なものだ。
「他に魔術武装はないんですか?」
「流石に他は御座いません、何せ貴重な物なので。」
「そうですか・・・。」
魔術武装の貴重さはシゼルも理解している。自分の師匠が一度も触らせてくれなかった武器がまさにそれだったからだ。
それに、魔術武装は人間には作り出すことができない。そのため、副都でもお目にかかることが難しい。
「それでは結構です。失礼しました。」
「いえいえ、こちらこそお力になれず申し訳ございません。」
シゼルは結局、魔術武装を買わなかった。
今の自分には必要ない物だと考えており、買う必要性が見つからなかったからだ。それに、
(おそらくあの魔術武装はドワーフ族に無理矢理作らせた物だ。そんなものを俺は握りたくないしな。)
魔術武装を作ることができるのはドワーフ族だけだ。それも魔力の適性を持った数少ないドワーフだけだ。
そんな限られた者しか作りだせない魔術武装が今の人間の領域で売買されているはずが無い。自分の師匠がドワーフ族に恩を売ってようやく作ってもらえたというのに。
(やっぱり他種族は差別の対象か・・・。)
そんなことを思いながら俺は武器屋を出る。
そうして武器屋を後にしたシゼルはそのまま副都の街並みを見渡しながら歩き続ける。
「やっぱり母さんと一緒の方が良いな、それに迷宮探索が終わったら何か副都のお土産を持って帰ろうか。」
歩きながらアリスとともに副都を訪れた時の事を思いながらお土産を探すシゼル。
「確か母さんが喜びそうなものは・・・。あ、あった。」
そうしてシゼルはアリスが好んでいる物が置いてある店を発見し、
「すみません、・・・・・・をください。」
「銀貨三十枚だよ。」
「分かりました。」
そうして銀貨三十枚を払いシゼルは商品を受け取る。
商品を受け取った後、アリスか喜ぶ姿を浮かべながら綺麗に袋の中に入れてシゼルはルミテスが泊まっている宿に戻るのだった。




