第二十五話 光野の迷いとバーゼス・ロンダーク
盗賊との戦闘も終わり、小一時間ほど馬車を走らすと副都が見えてくる。
「もうすぐ到着ですね。」
「そうだな。盗賊たちを早く兵に渡したかったしちょうどよかったよ。」
そう言って縄で捕縛されている盗賊に目を向けると、捕まっていた時よりかはだいぶ落ち着いたようだがまだその表情は暗かった。
その横にいる光野も目の前で人が殺される所を見たために何か思いつめたような表情になり、盗賊たち以上に暗い表情になっていた。
「いくらお前が思いつめたところでどうしようもない。」
「っつ!君は人を殺したという自覚はあるのか!」
「あるけどそれがどうした?」
「なっ!」
シゼルが何を言っているのか光野には理解できなかった。
日本で育ってきた光野にとって人の命がどれほど大切なものなのか散々教えられており、人が死んでしまったと聞くだけであまりいい気持ちになれない。
たとえ世界が違えどその価値観は光野にとって変えることのできないものだった。
それなのに自分の目の前にいる人物が人を殺した自覚を持ちながら平然としている姿を見ると本当に同じ人間なのか疑いたくなる光野はシゼルの言葉を聞き驚かずにはいられなかった。
「此奴らもどうせ人を殺している。そんな奴らに掛ける慈悲なんて無いんだよこの世界は。」
「そうですね、コウノさんの考えは理解できますがこればかりは・・・。」
「そんな・・・。」
この世界と自分の価値観の大きな違いに何も言えなくなる光野。
「そんな事よりもそろそろ副都に入るから気持ちを切り替えておけ。」
「・・・くそっ。」
もうすぐ副都に到着するという事で無理やり気持ちを切り替えさせられる光野。
その顔に苛立ちを含んでいたことを馬車にいる全員が気付いていたが何も言わなかった。
「ようこそルミテス・アーティスタ王女殿下。この度は副都に赴いていただき誠にありがとうございます。」
「こちらこそお出迎えいただきありがとうございます。バーゼス様」
「いえいえ、王女殿下をお出迎えできるなど感謝の極みに御座います。」
副都の門の前で挨拶をする中世貴族風の男に嫌な顔をせずにルミテスは返す。
(なあ、シゼル君。あの人は誰だい?)
そんな中、光野だけはその中世貴族風の男が誰なのか知らないため小声でシゼルに訊ねてくる。
(・・・バーゼス・ロンダーク。この副都を治めている貴族の内の一人だよ。)
(そんな大物なんだ。)
シゼルの説明にバーゼスを見ながら感心したようにそう呟く。
光野は貴族に会うのがこれが初めてのため、いまいち貴族の凄さが分からなかった。
もちろん日本にいたころの知識で貴族が普通の平民より偉い地位だと理解しているが、いざ目の前にしてみると何も感じないためどのくらい凄いのか図りあぐねていた。
「ところでそちらにいらっしゃるのが話に聞く勇者ですか?」
「ええそうです。こちらにいらっしゃるのが・・・」
「光野 一正です。こちらの世界の表し方ですとカズマサ・コウノになります。」
早速バーゼスに目をつけられた光野は自ら進んで挨拶をする。
「そんな緊張しなくてもいいよ。それとあともう一人は?」
光野の挨拶が終わるとすぐにシゼルの方にも視線を向けるバーゼスにシゼルは嫌々ながらも挨拶をすることにする。
「ルミテス様に護衛を依頼されましたシゼル・エトワールです。」
「エトワールだと・・・、まさか君が噂の・・・。」
どうやらシゼルがアリス・エトワールの弟子だという事は王都だけでなく副都にまで広まっているようだ。
「どんな噂か知りませんが、僕は国についたつもりはありませんのでご注意を。」
「まあそうだろうね、師匠があれなら君もそうだと思っていたよ。」
王国に味方をしていないと断言するシゼルに納得顔のバーゼス。
アリス・エトワールの自由気ままな性格は何処の都も共通認識らしい。
「くぅ!先手を打たれました。」
「あはは、仕方ないよ。シゼル君が言っていることに嘘はないんだから。」
王国に味方をしないと断言されてしまったルミテスは悔しそうな顔でシゼルを睨み、その横で光野は苦笑いを浮かべながらルミテスを宥める。
「それでは今回の会談が行われる場所まで副都を案内しながらまいりましょう。」
「すみません、少し待っていただけますか?」
バーゼスが副都に入ろうとしたところでシゼルが待ったをかける。
「一体どうしましたか?」
「ここに来るまでに盗賊と出くわしたので、そいつらを兵に引き渡したいのですが。」
「なるほど、兵よ盗賊どもを牢に連れて行け。」
シゼルが盗賊を引き渡すと言ったことですぐにバーゼスが兵を呼び、門の近くで構えていた兵が近づいてくる。
そうして馬車の中から連れ出された二人の盗賊を見送ってシゼルたちはバーゼスの後に続いてようやく副都の都市に足を踏み入れると、
「す、凄い、王都以上に人がいっぱいだし、お店もいっぱいだ。」
光野が副都の街並みを見てそう感心せざるを得なかった。
なぜなら、副都の街並みが王都のそれと比べて比較にならないほど賑わっているからだ。
「ここは副都でも一番人が密集する場所なので初めて訪れる人はみんな同じ反応をされます。」
「そうなんですか、俺も二人に商売が盛んな都市だからって言われて少し想像してたんですが、想像以上です。」
バーゼスの言葉を聞きながらも光野の視線は副都の街並みに向けられていた。
副都の街並みは中世の西洋をそのまま再現したような感じで、光野からすればまさにタイムスリップしたような感覚だからだ。
「コウノさん、ここは副都でも商売区と呼ばれており副都で最も賑わっている場所です。」
「ちなみにあとは生産区と居住区ってところがある。」
「そちらの二か所はここより賑わってはおりませんがそれでも人は多いですがね。」
「本当にすごい都市なんだな、副都は。」
三人の説明に感心しながらその後を副都を見渡しながら追いかけてくる。
「それでもここまで凄いと治めるのも大変そうだな。」
「だからこそ我々貴族がしっかりしなければならないのだよ、コウノ君。」
光野の呟きにバーゼスは光野の方を振り向かずに答える。
「私の家はこの商売区を治めている。だがそれは決して私の家だけでやっていることではない。」
まるで、光野に言い聞かせるようにバーゼスは語る。
そんな言葉を光野はさっきまで副都に向けていた視線をバーゼスの後ろ姿に向けて真剣に聞いていた。
「どんなに優れた者でも決してすべてを背負いきれはしないのだ。だから自分以外の誰かに頼るのだよ。ともに重荷を背負ってくれる誰かに。」
そう言ってに振り向いたバーゼスの顔に光野は恐怖とは違った何かを感じ取った。
「この商売区も同じさ、ロンダーク家以外の貴族たちが手伝ってくれてようやく回っているのだ。だから君も一人で悩み過ぎるな。」
「え?」
まるで自分の悩みを見透かしたように語られた言葉に光野は驚きを隠せず、しばらくの間思考ができなかった。
その間にバーゼスが光野の肩に手を置き、
「君がどんな悩みを抱えているかは知らないがきっとそれは一人では決して答えが出ない。だから、君が信じれる誰かに頼りなさい。そうすれば今よりましな答えが出るはずだよ。」
「・・・・・・。」
バーゼスが光野に語る言葉は彼の性格からして難しいとシゼルは思っている。
光野は基本的に誰にも自分の弱さを見せようとしないことを前世の記憶から読み取っており、誰にも相談しないと思っているからだ。
「有難う御座いますバーゼス様!あなたの助言、心のとどめておきます!」
「コウノさん、ようやくいつもの調子に戻りましたね。」
しかし、シゼルの考えは光野の言葉で覆ってしまう。
どうやら光野は今の言葉で何かを感じ取ったようだと理解したシゼルは内心でめんどくさいと思いながらも三人の後について行く。
「さて、勇者の迷いもマシになったことだしそろそろ会談場所に向かおうか。」
「分かりました、しかし流石ですねバーゼス様は。」
「なに、貴族としていろいろな人を見て来たからね、少しくらいなら人を見る目があるというだけだよ。」
「いえいえ、ご謙遜を。」
そんな会話をしながらルミテスはバーゼスに称賛を送る。
どうやらルミテスも光野が何かに悩んでいたことに気付いていたようだ。しかし、同助言をすればいいのか分からなかったために何も言えなかったようだ。
「それで、一体何処に向かうんですか?」
「ああ、そう言えばまだ教えていなかったな。これから向かうのはここ副都を治めている貴族の中で最も大きな貴族の家だよ。」
「・・・バルゼハット家か。」
「シゼル君は知っているのか。」
バルゼハット家
この副都を統治している貴族の中でも最も大きな貴族でその統治は生産区、商売区、居住区、全てに届いており他の三貴族との差があり過ぎる貴族だ。
「この商売区を主に統治しているのはロンダーク家だがバルゼハット家もここを統治している扱いでな。そのためになかなかロンダーク家の政策ができないのだよ。」
「どうしてですか?」
「同じ場所を違う貴族が統治しているとお互いが納得した政策しかできないからな。」
光野の疑問に答えたのはシゼルだった。
「正解だよ、シゼル君は物知りだな、もともと貴族だったのかい?」
「さあ、どうでしょうね。」
シゼルの答えにバーゼスは称賛を送り、貴族かどうだったのか尋ねられるも答えようとはしなかった。
「そうか、それは残念だ。」
そんなことを言うバーゼスだがその表情は全く残念とは思っておらず、逆にシゼルに興味を持ってしまう。
「もし、君が貴族だったらどんな人間になっていたんだろうか少し気になるな。」
「関係ないですよ、僕は僕ですから。」
「違いない。あと、一人称を偽るのをやめてもらえるかな。」
「・・・流石ですね。分かりました。」
少しの会話だけで自分が一人称を偽っていると見抜かれたシゼルは素直にバーゼスに従うと同時に警戒する。
この人にはあまり関わってはいけない、と。
そんな会話をしながら十分ほど歩くと、
「さて、会談場所まであともう少しだ。」
「いよいよですね。」
どうやらバルゼハット家までもうすぐの所まで来たらしい。
その事を聞いたシゼルはバーゼスが向かう進行方向に大きな屋敷を見つけた。
その屋敷はシャインゼル家よりも大きく、下手をするとアーティスタ魔術学園と同じくらいあるのではないかと思わせるほどの屋敷だった。
「見えてきましたな。」
どうやらあの屋敷がバルゼハット家の屋敷で今回の会談が行われる場所のようだ。
「屋敷というより豪邸だな。」
「あははは、シゼル君の言う通りだね。俺もここまで大きいとは思っていなかったから。」
あまりにも大きすぎる屋敷に光野は緊張しているようだが、シゼルがいたって平然としているために少しはマシなようだ。
「さあ参りましょう。他の貴族も集まっておりますので。」
「どういうことですか?」
「生産区と居住区を統治している貴族も来てるってことだよ。」
他の貴族の意味が分からずに質問する光野にシゼルは当たり前のように答える。
「うわー、余計に緊張してきたよ。」
「いまさら言ってももう遅い、覚悟を決めろ。」
光野が副都を統治している貴族がそろっていることに余計に緊張しだすがシゼルによって前に進まされる。
そんなことをしているととうとう屋敷の目の前に到着する。
「それでは行きましょう。」
そう言ってバルゼハット家の屋敷にルミテスが足を踏み込み、その後に続いてシゼルたちもバルゼハット家の屋敷に踏み込む。




