第二十三話 護衛依頼と勧誘
街道を走る馬車の中で景色を眺めているシゼルの機嫌は酷く悪かった。
なぜなら、馬車の中には光野とこの国の王女のルミテス・アーティスタ様がいるからだ。
ただでさえヘイル・イグニスと吉村の件で学園内で噂になっているというのにこれ以上の面倒ごとに巻き込まれる予感がしてならないからだ。
「引き受けたのが間違いだと思えて来たよ。」
「いまさらそんなことを言っても遅いと思うけど。」
そんなことを呟くシゼルに光野が微笑するのを無視してこんなことになった時のことを思い出す。
シゼルの朝は誰よりも早くに起きて一人で朝練をしている。
誰も起きていない状況なのでそれほど大した練習はできないがしないよりかはマシなので毎日欠かさずにやっている。
校則で魔術の使用が禁止されているため、魔領の森でやっていたようなことができないのが寂しいが、体力をつける為に走り込みをしてからの素振り練習と魔力操作の練習をやっていた。
そして、みんなが起きる時間になったら切り上げ、部屋へ戻ってその日の授業の準備をする。
その日の授業の準備が終わったら食堂へ行き朝食をとってから教室に行く。これがシゼルの朝だった。
しかし、この日は食堂に行こうとしたところで誰かがシゼルの部屋に訪ねてきた。
「シゼル君、光野だけど今いいかな?」
シゼルの部屋に光野が訪ねて来たのだ。
普段から誰とも関わろうとしないシゼルにわざわざ勇者が訪ねてくることに嫌な予感がする。
なぜなら、シゼルは光野以外にも自分の部屋の前に誰かいることを気配で感じ取ってしまったからだ。
(絶対に王国兵だろうな・・・、今ここで王国側に悪い心象を見せる訳にもいかないし、仕方ないか。)
「鍵なら開いてるから入って来いよ。」
いろいろと諦めたシゼルは自分の部屋に光野たちを招く。
そうして光野が扉を開けて入ってくる後に鎧を着た男が二人ほど一緒に入ってきた。
「こんな朝早くにごめんねシゼル君。ちょっと手伝ってほしい事があって・・・。」
「そこから先は私が説明します、コウノさん。」
光野が朝早くから自分の部屋に訪ねてきた理由を説明しようとすると別の女性が部屋に入って来て光野の言葉を遮った。
その女性の事をシゼルは知らないが二人の男が道を開けて膝をついているという様子を見て王国でもそれなりの地位の人間だとあたりをつけていると、
「初めましてシゼル・エトワール様。私はこの国の王女、ルミテス・アーティスタと申します。この度はあなた様にお願いがあってまいりました。」
頭を下げてお願いしたいことがあると言ってくる王女を見て、いきなり王女様が来るとは思わなかったことに対する驚きとまたも面倒ごとに巻き込まれてしまったことに対するあきらめを同時に感じていた。
しかし、そんなことを感じていても話が進まないので話だけでも進めようとする。
「とりあえず話だけ聞きます、引き受けるかはその後で決めさせてください。」
「それで構いません。」
そうしてルミテスはシゼルを訪ねてきた理由を説明する。
内容は副都へ同盟関係の会談をするために訪れなければならなくなり、その行き帰りの護衛をシゼルと光野に依頼するという内容だった。
そんな内容を聞き、シゼルの答えは決まっていた。
「断らせてもらいます。」
「やはり、断りましたか。」
どうやらルミテスはシゼルが断ることを予想していたようだ。
「シグレが言った通り面倒ごとは嫌いなんですね。」
「誰だって面倒ごとは嫌いだと思いますが。」
「そうですね。」
まるで、まだ手があるような言い方に警戒しながらルミテスと話すシゼルはこれからの流れをいろいろと考えていた。
もしもの時は実力行使もと考えていると、
「ですから、先に学園の方から許可をもらってきました。」
「なっ!」
予想だにしていない言葉に戸惑いが隠せなかったシゼル。
これでは学園を使った言い逃れができなくなってしまったからだ。さらに、実力行使まで封じられてしまった為に打つ手がなかった。
「当然、護衛に対する報酬もお支払いします。」
ここでさらに追い打ちを掛けてくるルミテスに交渉の余地はないと知らしめられたシゼルは溜息を吐きながら、
「護衛以外しませんから。」
「それで構いません。」
護衛しか引き受けないことを付け加えて了解するしかなかった。
「それでは早速まいりましょう、シゼル様も早く支度を済ませてください。」
「馬車は正門にあるからそこに来てくれ。」
「・・・分かりました。」
シゼルの承諾が取れたことで意気揚々と部屋から出てシゼルに支度を急がせ、光野が付け加えながらルミテスの後を追い、鎧の男たちもそれについて行く。
「はぁ・・・、めんどくさい。」
そう呟きながら旅支度を済ませる。
これから起こることにも巻き込まれてしまうのかと考えながら。
そんなことを思い出しながらため息を吐くシゼルはうんざりしていた。
自分を護衛に選んだ本当の理由が何か理解しているからだ。
しかし、いまだにその話が出てこないのはルミテスがシゼルからその話を切り出すのを待っているからだと理解しているのでずっと外の景色を眺めていた。
せめて本題だけはルミテスから聞き出すために。
「あの、なんでこんなピリピリしてるんだよ?」
しかし、そんな雰囲気に耐えられなくなったのか光野が恐る恐る声をかけてくる。
「コウノさん、少し黙っていてください。」
「お前はお呼びじゃないんだよ。」
「・・・はい。」
しかし、ルミテスとシゼルの言葉に黙らされてしまい、縮こまるしかなかった。
(どうして勇者に協力するかの件を切り出すのにこんな空気になるんだよ・・・。)
勇者なのに縮こまっている光野を見てもなんとも思わない二人はさらにピリピリとした空気を醸し出す。
しかし、それも三十分ほどすると、
「まさかここまで粘りを見せるとは思いませんでした。」
「それでそろそろ話す気になったか?」
「ええ、こうなっては仕方ありませんからね。」
シゼルの粘りにようやくルミテスが折れると光野が安堵の息を吐く。
それほど馬車の中の空間は居ずらかったのだ。
「今回あなた様に護衛を依頼した本当の目的は二つあります。」
そうしてルミテスはこの護衛の本当の目的を語りだす。
一つ目は吉村の一件の事で謝罪がしたかったという事だった。
「このたびは私たちが招いた勇者の暴走に巻き込んでしまい申し訳ありません。」
「俺からも改めて謝るよ。」
そう言って二人は頭を下げてくる。
しかし、シゼルにとってはもう過ぎたことであり、学園側が吉村にしっかりとした処罰を命じたことで今更の謝罪などどうでもよかった。
「それは俺に対してではなく、被害を受けた生徒にするべきだ。」
「それはもう済ませてきましたのでご心配なく。ブライア様にも許しをもらってきましたから。」
「手が早い事だな。」
「それが取り柄ですから。」
シゼルの言葉に先回りしたように答えるルミテスには手が上がらないシゼルだがまったく気にしてはいなかった。むしろ、同盟関係の交渉に駆り出されるほどの交渉力を垣間見れて学ぶべきところを考えている。
そんなことを考えているとルミテスは二つ目の理由を語りだした。
「二つ目の理由は勧誘です。シゼル様、どうか勇者と共に戦い魔王を打ち倒すのに協力してください。」
「やっぱり勧誘か。」
二つ目の理由はシゼルが予想した通りの勧誘だった。
未熟者だったとはいえ曲がりなりにも勇者としての力を持つ吉村を全く寄せ付けなかったのだ。それほどの実力を持っている者を王国は何が何でも引き込みに来るだろうと考えていたからだ。
それが分かった上でこの護衛に着いてきたのだ。最初から決まりきった答えを伝える為に。
「お断りさせていただきます。」
きっぱりと何の躊躇いもなく断るシゼルに光野は最初から予感はしていたのか驚きはせず、逆にルミテスは即決されるとは思っていなかったのか断られたことに驚きを隠せていなかった。
「そんなすぐに断りますか?」
「勇者と共に戦う理由がない、それに僕に利益がない。それ以外にもまだあるけど今はこれだけにしておく。」
シゼルが勇者と協力しないことを知るとルミテスは慌てだして何か協力してくれそうな理由を必死で上げていく。
共に戦ってくれるのならば貴族と地位を与える、勇者に協力した英雄として後世に名を残せるなどの理由を挙げていくがシゼルを頷かせることができなかった。
「なにを言っても僕は引き受けませんから。」
「ならせめて勇者の指南役を引き受けてください。」
「断るよ、僕は勇者の味方には付かない。」
「くっ、ならばこの手を使うしかないですね。」
勇者に協力しないと言い張るシゼルに奥の手を出すルミテス。
「確かあなたの師はあの有名な神速のドラゴンキラーだそうですね?」
「・・・それがどうした?」
「ひっ!」
ルミテスがシゼルの師であるアリス・エトワールのことを言い出したとたんに馬車の中が殺気に包まれてしまう。
その殺気にルミテスは小さな悲鳴を上げ、光野は何とか耐えていた。
勇者ですら怯んでしまう殺気の中でルミテスは自分が言ってしまったことを後悔したがそれでも続ける。
「あ、あなたが勇者に協力しないなら神速のドラゴンキラーに協力してもらうまでです!」
言った、言ってしまったと心の中で悲鳴を上げながら殺気を放つシゼルから目をそらさずに言い切る。
その様子を光野は見守ることしかできなかったのに対して、
「やれるものならやってみろ、どうせ無理だろうからな。」
あっさりと殺気を引っ込めたシゼルに拍子抜けする二人だった。
「どうせまだ師匠の事も見つかっていないんだろう、王女様?」
「うっ!」
図星を突かれて何も言い返せなくなるルミテス。
しかし、この話について行けない者がこの馬車の中にはおり、
「あの・・・、さっきから言ってる神速のドラゴンキラーって何なんですか?」
光野が恐る恐る自分の気になることを聞くと二人の視線が集まる。
「そう言えばコウノさんは知らないんでしたね、シゼル様の師匠のこと。」
「知ってたら逆に驚くよ。」
「それはそうですね、コウノさん、神速のドラゴンキラーと呼ばれている人はこの世界では五人しかいないSランク冒険者の一人なんです。」
そうしてルミテスはアリス・エトワールの事を光野に教える。
アリス・エトワールの所業を知った光野は驚きが隠せずに震えていた。
「それじゃあ、他のSランクの人たちに頼めばいいと思うんですが?」
光野が一番簡単な解決方法を提案してくる。
もちろん、それができればシゼルもアリス・エトワールも協力しなくてもいいだろう。しかし、
「コウノさん、Sランク冒険者の方々は今、アリス・エトワール以外の全員が消息を絶っております。」
「そんな!」
知らされた内容に動揺を隠しきれない光野はただそれだけしか言えなかった。
「ですから今、シゼル様のような戦力が欲しいのです。」
「だが、それを断っているのが現状だがな。」
代わりの人に頼めるなら前々から引き込んでいるだろう。
しかし、引き込めるSランクの冒険者がアリス・エトワール以外消息を絶ち、アリス・エトワール本人もどこにいるのか分からないために王国側も必死なのだ。
「ですのでシゼル様をなにがなんでも説得させていただきます。」
「無理だろうがな。」
そんなことを言い合う二人だが光野は、
(やっぱりシゼル君と樟はどこか似ている・・・。)
そんなことを考えながらシゼルを見つめているだけだった。




