第二十二話 勇者の処遇
「哀れなものだな、ここまで弱いと。」
魔力切れにより気絶している吉村を見下ろしながらそう呟くシゼルに誰もが声を上げられなかった。ある人物を除いては、
「一体お前はどれだけ強いんだ。」
「勇者が手も足も出ないなんて規格外だよ、シゼル君。」
アンジェリカ先生とBクラスの担任だけはお互いに困惑した様子で近づいてくる。
「此奴が未熟すぎただけですよ、コウノの方が明らかに強かったですから。」
「謙遜しすぎだ、シゼル。」
これはシゼルの本心だったのだが、アンジェリカ先生は疑いの眼差しを向けている。
「まあ、けが人が少しでも少なくできたのはお前たちの行動あっての事だからこれ以上の詮索はやめてやる。後はこいつの処遇だけか。」
そう言って吉村を担ぎ上げるアンジェリカ先生。
「私はこいつを学園長の所まで連れて行くから授業は中止だ。」
「それしかないでしょうね。BクラスとEクラスの生徒は全員、寮に戻るように。では、解散。」
Bクラスの担任の解散の声に今までその場から動けなかった生徒たちが動き出し、修練場を後にする。
「俺はブライアの様子を見てから寮に戻ります。」
シゼルはそう言うとブライアの元へ行こうとするが、
「待ってくれないかシゼル君。」
突如として光野がシゼルを呼び止める。
「何だよ、俺はブライアの様子を見に行きたいんだが?」
「それは分かってるけど待ってくれないか、少し話がしたいんだ。」
「・・・分かったよ、早く済ませてくれ。」
勇者のそれも元クラスメイトと話すことなんてないと言いたいところだがこいつは言いだしたら聞かない性格だと思い出したシゼルは嫌々ながらも承諾する。
「ありがとう、話というのは吉村の事だ。あいつが謝らないと思うから俺から言わせてもらう、すまなかった。」
「その言葉は俺じゃなく他の奴らに言うべき言葉だ。」
「それは分かっているがまずは君に謝りたかったんだ。本来なら俺たちが止めるべきだったのに君にまかせるような形になってしまったことを。」
そうして光野は自分が手を出せなかった理由を説明し出す。
どうやら光野たちは吉村を監視するためにEクラスに入ったらしい。日本で自分たちのクラスメイトを殺したかもしれない彼を野放しにはできず、王様に無理を言って自分たちと同じクラスにしてもらったと。
しかし、同じクラスになったまでは良かったのだが王様に勇者同士での仲間割れを禁じられてしまい自分たちでは手が出せない状態だったと。
だが、シゼルが倒されそうになったときは王様との約束を破ってでも助けに入るつもりだったと。
「まあ、吉村はシゼル君が止めてくれたから大事には至らなかったけどな。」
「問題はそこじゃないだろ。とっくに被害が出てる方を問題視しろ。」
そう言ってブライアの所まで歩いて行きながら光野の言葉を切り捨てるシゼル。
シゼルからすれば光野の謝罪などどうでも良かったのだ、ただ話を聞くだけの認識でいたために彼の言葉など聞く耳を持ち合わせていなかった。そんな事よりも重大なことがあるからだ。
「ライラちゃん、もう十分だよ。」
「はぁ・・・、はぁ・・・、まだ・・・いけます。」
自分の言葉を切り捨てて歩き出したシゼルの方を向けば、ライラが必死になってブライアに【ヒール】をかけ続けていたのだ。
シゼルと吉村が戦っている間、休むことなく【ヒール】をかけ続けている彼女の顔には大量の汗をかき、すでに息も上がっていた。明らかに魔力が切れる寸前だったのだ。
「ライラちゃん、もう休もうよ。これ以上やったら、今度はライラちゃんが倒れちゃうよ。」
「そうだぜライラ、俺はもう平気だからよ。」
「うるさい・・・はぁ・・・、あんたと・・・シゼルが・・・はぁ・・・、頑張ってるってのに・・・私だけ・・・はぁ・・・、何もできないのは・・・耐えられないの・・・。」
ブライアが圧倒的な実力差のある相手に逃げなかったこと、シゼルがその相手に挑んでいること。それなのに自分だけ何もできないでいることが耐えられずにいるライラを見た光野は自分が間違っていたことに気付く。
「お前は被害が少ないって言ったよな?あれを見ても本当にそう言えるのかよ?」
「・・・・・・。」
シゼルの問いに何も返せない光野。
誰かが傷ついている中でどれだけ自分が不謹慎だったのか思い知らされたからだ。一瞬、シゼルに謝ろうとしたが謝るべき相手が違うと思い直したのか開こうとした口を閉じる。
そんな光野を無視してシゼルはライラの元まで近づき、
「後は俺がやる、お前はもう休んでろ。」
「でも、ブライアの傷がまだ・・・。」
「これ以上はもういい、お前はよく頑張ったよ。だから今は休め。」
「・・・シゼル・・・ブライアを・・・お願い・・・。」
【ヒール】をかけ続けているライラを止める。これ以上続ければ彼女の命にも関わることだからだ。
そのことをシゼルの言葉から察したライラは【ヒール】を解くのと同時に倒れる。
「ライラちゃん!!」
「魔力の使い過ぎで倒れたんです。命に別状はないので安心してください。」
ライラが倒れたことで慌てだすラッセルを落ち着かせるために今の彼女の容態を伝える。
どうして今日初めて会ったのにそこまで心配できるのか分からないシゼルだが今は、ブライアの方が大事だと思い直す。
「今度はお前がやるのか?」
「生憎と光属性は苦手だがな。」
「やる意味あるのかよ?」
シゼルが光属性が苦手だと告白する様子に不安しかないブライアは警戒するも、
「苦手ってだけでできないわけじゃない。光よ、癒せ。【ヒール】。」
いざシゼルが【ヒール】を使うと、ライラ以上の回復を見せ、ブライアの傷がどんどんと塞がっていく。
そうして、五分ほどでほとんどの傷を治してしまう。
「お前本当に光属性が苦手なんだよな?」
ライラ以上の回復速度の【ヒール】を自分の身に受けたブライアは光属性が苦手だというシゼルの言葉を信じられなかった。
「本当だが、そんな事より今日は安静にしておけよ、まだ傷も残ってるんだからな。」
「・・・分かってるよ、だがライラはどうするんだよ。」
「ライラちゃんの事なら私とスレイが医務室まで運ぶよ。」
「仕方ないな。」
そんなブライアに本当の事を伝えつつ、休むように言いつける。
シゼルの答えに納得はしていない様子だがまずは自分の事とライラの事を気にするが、すでにラッセルがスレイとともに倒れていた彼女に肩を貸し、医務室に向かおうとする。
そして、修練場を後にしようとするところで、
「そんな訳だ、言いたいことがあるなら手短にしてくれ。」
今までシゼルの後ろで四人の様子を窺っていた光野に声をかける。
「ブライア君、こんなことになって本当にすまなかった。それにライラさんにも申し訳ない事をした。」
ずっと二人に謝る機会を待っていたのかシゼルが声をかけるとブライアの目の前まで来て謝り、ライラの事も含めて謝る。
「他のみんなも巻き込んですまなかった。そして、吉村を止めてくれてありがとう。」
スレイとラッセルにも頭を下げて謝罪し、感謝の言葉を述べる。
「ああいうやつにやられるのはもう慣れっこだから俺はもう気にしてないぜ。」
「俺は貴族として当然のことをしただけで礼を言われることはしてない。」
「実際にあの勇者を倒したのはシゼル君だしね、感謝ならそっちに送ってよ。」
そう言い、医務室に向かう三人を見送ると、
「シゼル君、もう一度だけ言わせてくれ。すまなかった、そしてありがとう。」
シゼルの方を向きもう一度謝り感謝の言葉を述べる。
「あれ以上の被害が出なかったのは君のおかげだ。」
「お前は何か勘違いをしてるぞ。今回の件はまだ終わっていない。」
「えっ?」
どうやら光野は今回の一件がもう終わったと思い込んでいるようだがシゼルからしてみればまだ終わってはいない。むしろここからが大事なところだと思っており全く気を抜いていなかった。
「俺はこれから学園長の所に向かうが来るか?」
「一体何をしに行くんだい?」
「決まっているだろう、あいつの処遇を聞きに行くんだよ。」
吉村の処遇。
今のシゼルはそのことで頭がいっぱいだった。
前回の騒ぎで処罰されなかったフィーゼル・シャインゼルのように今回の吉村の一件がなかったことにされるのが耐えられないからだ。
「勇者だからって俺は容赦するつもりはないからな。」
「そこまでするかって思うけど当たり前か、あいつはそれくらいの事をしたんだし。」
「何ならお前もついて来るか?」
「ああ、そうさせてもらう。さすがに俺も今回は許せないからな。」
シゼルの考えが理解できる光野は吉村の処遇を聞きに行くシゼルについて行き、二人で学園長の所に向かう。
「学園長、1-Eのシゼル・エトワールです。入ってもかまいませんか?」
「やはり来ましたか。入って頂戴。」
「失礼します・・・、すみませんどういう状況か教えてください。」
学園長に許可をもらい学園長室に入ると天井から逆さ向きでぶら下げら、アンジェリカ先生に遊ばれている吉村が目に入った。
「逃げ出そうとしたから捕まえて遊んでいるのですが?」
「実力差も分からない此奴が悪い。」
どうやら勇者よりも学園長の方が遥かに強いらしい。
まあ、当たり前な話だ。
たとえ、異世界から召喚されて、何らかの影響下で強化されていても長年生きている人に力の使い方で勝てる道理など最初からないというものだ。
「あなたが此処へ来た理由は想像できます。ですから結論だけを述べます。」
シゼルが此処へ来た目的が吉村の処遇だという事を予想していた学園長は慌てること無く説明する。
「今回の問題の生徒、ヨシムラ・ショウマは野外実習終了と同時にこの学園から退学させます。さすがに修練場内の禁止事項を二つも破り、けが人まで出てしまった以上、学園を取り仕切る者として許せません。」
どうやら、今回の件に関しては隠すこともせずに退学させるようだ。
それを聞いた吉村は逆さにつるされた状態でもがき、一緒に付いてきた光野はこの結果を予想してたのか取り乱すことはなかった。
しかし、
「なぜ、野外実習までの間で退学させないのですか?」
シゼルは納得できなかった箇所を聞いてみる。
本来なら修練場内での退学処罰は翌日からのはずだからだ。
「それについても説明します。」
どうやらシゼルが疑問を持つことを予想していたようだ。
そうして学園長は国王から勇者たちに野外実習を経験させ、彼らの実力を伸ばしてほしいと頼まれているようだ。そのため、一度も野外実習を経験させずに退学にはできないため、野外実習後に強制的に国王の所へ送り返すようだ。
「勿論、野外実習までの間は拘束させてもらいますがね。」
「そう言う事なら分かりました。」
「俺もさすがに庇う気にはなれませんから、結構です。」
学園長の下す処罰を承認するシゼルと光野に怒りで興奮してさらに暴れまわる吉村。
しかし、ヨシムラをつりさげている鎖は緩まず、さらに自分を締め付けるだけだった。
「無駄なことを私の【バインドチェーン】はもがけばもがくほど締め付けられるというのに。」
「本当に無様で哀れですね。」
シゼルと学園長がもがき続ける吉村をゴミを見るような目で憐れむ。
そんな二人の様子にさらに激怒して暴れる吉村はさらにしめつけられていく。
「あっ、それからこの事を国王様に報告するのをコウノ君に頼んでもかまいませんか?」
「ええ、二日後の休みにどうせ王城に集まるのでかまいません。」
「では、お願いします。」
しかし、そんな光景を無視し、学園長は今回の事の報告を光野に頼み、それを快く聞き入れる。
若干、震えているのは気のせいだろう。まあ、何よりこれでようやく、
「この件も片付いたか。」
「はは、本当にごめんねシゼル君。身内のいざこざに付き合ってもらって。」
今回の件が終わったことに疲れたような溜息を吐きながらそうつぶやくシゼルに光野は苦笑いを出して謝るしかできなかった。
すみませんが、明日は出かけるので書けません。申し訳ございません。
ちなみに次回で第二章が終わる予定です。




