第十八話 転校生の自己紹介
合同授業の出来事から翌日。
シゼルのクラスはどこから聞き付けたかは知らないが転校生の話で持ちきりだった。
「いったいどんな転校生なんだろうな?」
「かわいい女の子だったら良いなぁ~」
そんな呟きが聞こえるなかでシゼルは教室の隅で近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。しかし、そんな雰囲気にもなれたのかは知らないがライラが臆することなくそばによってくる。
「皆、呑気よね。昨日の出来事なんて忘れてるみたいで。」
「所詮はその程度のことだったんだよ。この学園じゃあいつものことみたいだし。」
「それは分かってるけど納得がいかないのよ!ブライアがあんな目に遭って心配もしないなんて、それに結末も納得できるものでもないし。」
ブライアは今この教室にはいない。
昨日の戦闘の際に受けた痛みが残っており、医務室で今も寝込んでいる。修練場の結界が聞いていたにも関わらずにそれほどの痛みを残してしまった原因である吸魔石の追求ができなかったことにライラは納得がいっていない様子だった。
イリスの方もシゼルから伝えられた結果に納得がいかず、学園長に問い詰めようとしたほどだ。勿論、シゼルに止められてしまったが。
「まあ、転校生の話も少しは気になる話だけどそこまで盛り上がる?」
「盛り上がるだろうな、聞いた話によると異世界の勇者が何人もこの学園に転校してくるって話だからな。」
シゼルがライラの疑問に簡単に答えると回りの騒ぎようが一瞬で静になり全員の視線がシゼルの方に集まった。
「あっ、これは隠しとくんだった。」
回りの視線が集まったことで自分の失言に気付くも、全員が自分の方を向いているために転校生のことについて問い詰められると思い逃げようとするも、ライラが逃げられないように両肩にを掴んできた。
「シゼル、知っていることを全て吐くのよ。勿論、今回は逃がさないから。」
ライラの言葉にクラス全員がシゼルの席に集まり、転校生のことを聞き出そうとする。
「分かったから肩から手を離せ。さすがにもうすぐ先生が来るなかで逃げたりしないから。」
「・・・分かったわ。詳しいことを話す気がないってことが。」
シゼルの態度と言葉からまともな答えが返ってこないと理解したライラは手を離す。
「お前ら、さっさと席につけ。」
ライラが手を離すと同時にアンジェリカ先生が教室にはいってきてクラス全員が席につく。
「それじゃあ朝の連絡をするぞと言いたいがその前に紹介したい連中がいる。」
アンジェリカ先生の言葉にクラスの殆どが緊張を表す。
「お前らも知っているかもしれないが今日は転校生がやって来る、それも5人だ。」
「!!」
アンジェリカ先生の言葉にシゼル以外の生徒が驚愕する。勿論、シゼルは昨日のうちから知っていたためにあまり気にしていない様子だが。
「これから紹介する連中は異世界から来たとかでこっちの常識が至らないとか勇者だから大事にしろとか言われてるが気にせずに仲良くやってくれ。」
アンジェリカ先生の適当な説明を聞いた クラスはさっきまでの緊張が消えてあまりにも適当すぎる教師に呆れるしかできなかった。
「それじゃあ、そろそろ教室に入って皆に挨拶しろ。」
「分かりました、アンジェリカ先生。」
生徒の視線を無視したアンジェリカ先生は廊下に待たせていた転校生に教室に入るように促した。
そんなアンジェリカ先生の態度に何人かの生徒がため息をはきつつも、入ってきた転校生に注目する。
転校してきたのは男が三人と女が二人、男が多いことで男子生徒たちは愚痴をこぼすも女子生徒たちにごみを見るような目で見られて黙ってしまう。
そんな生徒たちをよそにシゼルは転校してきた五人を見て何かを堪えるようにして左手を握りしめていた。
「まずは自己紹介から始めてくれ。最初は男子からだ。」
「ではまず俺からいきます。」
アンジェリカ先生の言葉に一歩前に出て反応したのはシゼルと同じくらいの身長に整えられた黒髪にマジメそうなイケメンずらの顔つきをした男だった。
「俺の名前は光野 一正です。異世界から来ましたが気にせずに声をかけてください。そして、これからよろしくお願いします。」
礼儀正しく頭を下げた光野。そんな光彼に何人かの女子生徒は視線を釘付けにしていた。
日本にいた時から女子にモテていた光野のイケメンぶりはこの世界でも発揮されているようだ。しかも本人は無自覚ときているためにどんどんと被害はでかくなる。
「カズマがしたなら次は俺だな。」
日本にいたときのことを思い出していたらいつの間にか次の男子にかわったようだ。
次の男子はシゼルよりも少しだけ身長が高く、整えられていない黒髪にいかにも脳筋面の顔つきの男子だった。
「俺の名前は速実 蒼真だ。カズマと同じで異世界から来たが、俺は気にしない。だから皆も気にせず仲良くしようぜ。」
元気一杯に拳を前に出して意気込む速実。どこからどう見ても脳筋にしか見えない彼だが日本にいたときのクラスの中では一番義理堅く、友のために拳を振るうなどと恥ずかしい言葉を大声で語れる度胸の持ち主だ。
そんなことを頭の隅で思い出しているが、シゼルは未だに左手の手を握ったままだった。それも、シゼルが前世の記憶を持つ原因となり日本にいたときに自分を殺した張本人であるあいつがいるからだ。
「俺の名前は吉村 翔馬だ。よろしくな。」
明らかに不機嫌だとわかる言い方にクラス全員が警戒し、さっきまでの騒ぎようがすぐにさめてしまった。
「これで男子の紹介は終わりだ。次は女子に自己紹介して貰おう。」
「それじゃあ、私からいきます。」
そんな空気を察したのかアンジェリカ先生は女子の紹介を促すと、男子生徒がまたも騒ぎだし一瞬にして女子生徒のごみを見るような目で見られて黙ってしまう。
そんな中、光野と同じように一歩前に出たのは腰まで届きそうな黒髪を後ろでまとめて下ろしており、女騎士のような凛々しい容姿で男子生徒だけでなく女子生徒までも虜にしてしまいそうな女子だった。
「私の名前は西沢 夏姫よ。剣に心得のある人はぜひ挑んでください。」
笑顔で挑戦状のようなことを語る西沢。
彼女は日本では珍しい先祖代々から受け継がれる剣道家の家系で小さい頃から光野と一緒に剣道をやっている。純粋な剣技なら光野以上の実力を発揮する。
しかしこの学園で剣を鍛えている生徒は殆どいないため誰も挑まないだろう。もし彼女が対戦相手に飢えていたなら光野が相手をすることになるだろう。
「つ、次は私ですね。」
西沢の自己紹介も終わり最後の一人だとクラス全体の注目が集まるなか、緊張しているのか少し怯えながら前に出るのは、五人の中でも一番小柄で後ろにまとめられている黒髪、顔も幼さを残しながらも間違いなく可愛いと思わせるような容姿で西沢よりも少しだけ出ているものにほとんどの男子生徒の視線が集まっている。
「私の名前は波風 時雨と言います。よろしくお願いします。」
自分の自己紹介が終わるとすぐに西沢の後ろに隠れる波風。
日本にいた頃から気弱な彼女は人目が多いところが苦手で気の知れた相手が一緒にいないと思うように話すことができない。
更に、一度だけ暴漢に襲われたらしく、そのせいでより一層気弱になり気の知れた相手以外には近づこうとせず、更に縮こまったようだ。誰かは知らないが彼女を助けた人はさぞ感謝されたことなんだろうな。
「さあ、自己紹介も終わったことだしそろそろ朝の連絡をするぞ。転校生たちは空いている席に適当に座ってくれ。」
全員の自己紹介が終わったことを確認したアンジェリカ先生が五人を適当な席に促す。
その言葉にいち早く反応した吉村はそのまま一番近くの席を選び、光野は吉村を監視するかのように吉村の近くの席を 選んだ。そのあとに続き速実も適当な席を選んで座る。
しかし、西沢と波風は席につこうとせず二人で何かを話したあとにこちらの方に向かってくると、
「え、えっとすみません。もしよかったら席を変わってくれませんか?」
今にも逃げ出しそうになりながらも波風はシゼルに向けて席を変わってほしいと頼んでくる。
そんな彼女にクラス全員が呆気にとられていた。
そんな様子が目に入らないのか、波風は席を変わってほしい理由を説明する。
自分は気の知れた友達がいないと不安で怯えてしまうこと、シゼルの隣が空いているから西沢と隣同士で座りたい、とシゼルに頭を下げてお願いしてくる。
「・・・分かったよ。」
わずかな静寂の中、シゼルはそれだけ言うと静かに立ち上がり別の席に移動した。
「ありがとうございます。」
別の席に移動したシゼルに波風は頭を下げてお礼をいい西沢と共に席につく。
すんなりと席を譲ったシゼルにクラス全員が呆気にとられていた。
彼らはシゼルは絶対に席を譲らないだろうと考えており早速揉め事が起こると予想していたからだ。しかし、何故かすんなりと席を譲ったことでシゼルを見る目が珍妙な生き物でも見たかのような顔になっていた。
「全員注目、これからのことを伝えるぞ。」
アンジェリカ先生の掛け声で正気に戻ったクラスは気をとり直して前を向く。
「突然だが、一週間後の野外実習の内容が決まった。内容は迷宮探索だ。」
野外実習の内容が迷宮探索だと知らされた生徒は更に盛り上がった。その盛り上がりぶりに戸惑いが隠せない光野たち。
「騒ぎすぎだ、この歳で迷宮に入れることが珍しくて盛り上がるのは分かるが、まだ詳しいことを話していないんだから落ち着け。」
アンジェリカ先生の声でようやく静かになったクラス。このクラスは迷宮でやっていけるのだろうかと疑問を隠せないシゼルはため息をはきながらすでに知らされていることをもう一度聞かされる。
「迷宮については復習をかねて授業でやっていくから大丈夫だが、問題は班分けだな。転校生たちは五人別々になってもらうとして四人から五人の班分けをしてもらう、わかったな。」
クラス全体を見渡し班の人数を決めるアンジェリカ先生。このクラスの人数が光野たちをあわせると35人となり、7班から8班に別れろと言うことだ。
クラスの殆どが早速班分けを決めようとして更に盛り上がり出した。男子生徒同士、女子生徒同士と別れ始めようとする。
「お前ら、授業の前に班を決めようとするな。あともうひとつ知らせごとがあるんだからな。」
クラスの盛り上がりように頭をかきながら制止の声をかけるアンジェリカ先生。
その知らせごとが昨日の事だと理解した生徒はすぐに静になり知らせを聞く体制を整える。
「静かになったな、知らせといっても昨日の修練場の事だ。皆も知っての通り中級以上の魔術を使ったバカな貴族は退学処分となった。しかし、今回のようなことが起きないように合同授業のやり方が変わることになった。今日は合同授業がないから説明はしないが、頭のすみにでもやり方が変わったことだけ覚えていろ。分かったな。」
アンジェリカ先生の言葉の意味が分からない光野たち以外は先生の言葉にうなずいた。
「よし、分かったなら授業開始だ。」
こうして新たに異世界の勇者を交えた新たな日常が新たに始まる。
それと同時にシゼルの復讐も始まりを迎えようとしていたことをまだ誰も知らなかった。




