閑話 呼び出されし勇者たち 前編
何時もより少し短いですが、気にせずに読んでください。
俺たちは今、学校の屋上から落ちた生徒のことで授業が中止となり、全校生徒が教室で自習をさせられている。
「それにしても、屋上から落ちた生徒ってやっぱり樟だよな。」
「そうみたいね、先生たちは隠してるようだけど同じクラスメイトの席位把握してるに決まっているのだから、わかないはずないでしょうに。」
「やっぱり、樟の事どうにかするんだったな。」
「イジメのことならもう手遅れだったのよ、そう気を落とさなくてもいいのよカズマは。」
同じクラスの生徒が落ちたことで落ち込んでいる俺を慰めるのは、幼少期からの付き合いのある幼馴染、西沢 夏姫だった。
彼女とは幼少期の付き合いもあり、今まで同じ学校に通っており一番気の知れた相手である。しかし、彼女にはいつも言っていることがある。
「夏姫、いい加減に俺をカズマって呼ぶのやめろ。俺の名前光野 一正だ。」
この幼馴染はいつも俺のことを一正と呼ばずに、カズマと呼ぶので周りからもいつの間にかそう呼ばれてしまっている。
「そんなに嫌だったら、早く私から一本取ればいいのに。」
「俺が勝てないことを分かってて言ってるだろ。」
「そうよ。」
小さいころからそう呼ばれていた俺は何としてでも自分の名前を呼ばせたくて頼んでみたところ、剣道で一本を取れたらちゃんとした名前で呼んでくれると約束し、何度となく挑んでみたものの、今まで一本もとることができないでいる。
夏姫の家は先祖代々から伝わる剣道家の家の子で俺が剣道を始める前から教え込まれており、俺とでは経験の差が違うために相手にならないのだ。
「お前らの何時もの会話はいいから、さっさと本題に戻ろうぜ、カズマ。」
「そ、そうですね。私たちだって関係あることかもしれないんですし。」
そう言って、俺たちの会話を横から止めて本題へ戻すように促したのは中学時代から知り合った速実 蒼真と波風 時雨の二人だった。
「そうだな、今は樟の事だったな。」
「そうだぜ、あいつだって好きで死ぬようなやつじゃねぇしな。」
「そ、そうですよ!楠君は絶対に自殺なんかする人じゃないですよ!」
俺たち四人は樟が中学時代からイジメを受けていたことを知っていて何度か助けようとしたが、周りから止められてしまい一度も助けることができなかった。
「でも、聞くところによると自殺って言い張る人がいるみたいよ。その現場を見たって言ってるようだし。」
「そんなもん当てになるかよ、この学校の生徒はあいつのことをイジメていたんだから信用ならねえよ。見て見ぬふりをしてきた俺たちを含めてな。」
夏姫が樟の自殺を疑うも、蒼真がそれを否定する。
確かにこの学校で樟を見かけるときは誰かに暴行をされている所がほとんどだったために蒼真の言っていることを否定できない。
「だけど、彼が自殺をする動機もあり過ぎるのよ?」
「それはそうですけど・・・。」
樟が自殺する動機があるのが否定できないことに時雨が落ち込む。
しかし俺も、彼が自殺をするかどうかと考えると、その場面が思い浮かばない。
「いずれにせよ、先生のことを待つしかないな。」
「ちっ、同じクラスだったってのに何もできないってのは正直くるな。」
「そうですね、それなのにクラスのみんなはどうして気にしないんでしょう?」
「彼が死んでも、誰も悲しんでくれないのは確かにかわいそうね。」
悩んだ末に出した結論は、余りにも在り来たりだったが今は先生の知らせを待つしかないことに悔しさを覚える。
しかし、このクラスの樟に対する反応があまりにもひどい事もまた気になる。
「樟って何かイジメられるようなことしたっけ?」
「そう言えばそうね、中学時代から彼は誰とも関わろうとしなかったから今まで気にしてなかったは。」
「そうか、お前らは知らねえんだな。あいつは小学の時からイジメを受けていたことを。」
「なっ!それは本当か蒼真!!」
なぜ樟がイジメられるか気になって呟いてみたら蒼真から驚くべき返答が返ってきた。
「ああ、俺と時雨があいつと同じ小学だったから知ってることだがな、詳しい理由までは知らねえがな。」
「私も詳しい事は知りません。ですが、噂では樟君が人殺しだからイジメられるようになったと聞いたことがあります。」
どうやら蒼真は樟がイジメられるようになった理由は知らない様だが、時雨の方は噂程度で知っているようだったが、その噂があまりにもひどいものだ。
「樟が人殺し?小学のころの樟に誰が殺せるっていうんだよ!?」
「ひっ!で、でもあくまで噂ですよ。」
「カズマ落ち着いて、時雨が怯えてるじゃない。」
噂程度の事でも、樟がイジメられるようになった発端があまりにもひどすぎた一正は、自分が座っている席を叩きつけて時雨を驚かせてしまう。
そんな一正を宥める為に夏姫が時雨を庇い、注意する。
「あっ、悪い、どうしても抑えられなかった。」
「しかたねえよ、俺だってカズマが怒ってなかったら多分、同じことをやってたからよ。」
「それは蒼真の言う通りだけど、時雨に怒っても意味ないでしょ?」
「確かにな、悪かったな時雨。」
夏姫の言う通りだ。夏姫に怒られて冷静になり、素直に時雨に謝る。
時雨は中学の時に暴漢たちに襲われて、そのまま酷い目に合いそうになった事があった。その時はぎりぎりのところで誰かが助けてくれたようだが、その時のことがトラウマで今の一正の様に目の前で誰かが怒ったり、昂ったりすると怯えてしまうため、気の知れた相手以外には誰にも近づこうとしない。
「い、いいですよ。カズマ君が悪いってわけでもありませんし。・・・それに樟君のために怒ってくれたわけですから。」
一正の謝罪を落ち着いた時雨は受け入れる。しかし、最後の方の言葉は誰にも聞こえないように小さくつぶやいたために誰にも聞こえなかった。
「まぁ、もうすぐで先生も来るだろうし、知らせを待つとしようぜ。」
「そうね、ここは大人しく待つとしましょう。」
蒼真と夏姫の提案に頷き、三人とも元の席に戻る。もうすぐで、樟の死が伝えられることを覚悟して。
「全員いるな。」
あれからしばらくして担任の先生がやってきた。
「全員席につけ、これから今日起こったことについて連絡するからな。」
そうして担任の先生は何があったのか説明してくれた。
昼休みに樟が屋上にいて本を読んでいた際に吉村 翔馬と二名の生徒が乱入し、一方的に殴られ続け、耐えきれなくなった樟が屋上から飛び降りたという事だった。
話を聞いている限りではおかしなところは感じられないが、
(今まで暴行を受けていたのに、今更飛び降りるなんて都合がよすぎる!)
一正は暴行を受けるだけで自殺したという樟の行動が腑に落ちなかった。今までだって暴力を受けてきた樟が今更自殺なんてしないと考えていたからだ。
しかし周りはなぜか納得したように頷くだけで、誰も樟の自殺を悲しんでいないことに最早なりふりは構ってはいられないと思った一正は、
「先生、本当に樟は自殺だったんですか?」
疑問を挟まずにはいられなかった。
「それはどういう意味だ、光野?」
突如として疑問を挟んだ一正に先生だけでなくクラスの全員が視線を向けるも、そんなことは気にせずに、
「先生、樟がイジメられていたことは知っていますか?」
「・・・そんな事実は知らないな。あいつからは、そんな相談は受けたことがないからな。」
一正がイジメの事実を公表した瞬間に、先生だけでなくクラスまでもが不穏な空気を出したことを悟り、樟が自殺ではないことを確信した。
それは、ほかの三人も感じたのか目の色を変え、クラス全体を見渡していた。
「俺たちは何度か樟がイジメを受けている所を目撃しています。それでもとぼけるつもりですか。」
イジメの事を知らなかったふりにする先生に対して、一正は脅しをかけるような言い方で反論する。
「この学校にイジメを受けている生徒なんていない。」
「でしたら、なんで樟は今日暴行を受けたんですか?」
「そ、それは・・・。」
一正の脅しにイジメはないと言い張る先生に一正は樟が暴行を受けたことを引き合いに出して反論する。
「そうだぜ、しっかり答えてもらうぜ先生。」
「二人とも落ち着いて。まあ、イジメがないと言い張るのにどうして今回のことが起きたのか説明してもらいましょうか?」
「そ、そうですよ。なんでシゼル君が自殺なんてするのかしっかりとした理由を教えてください。」
そんな一正に増長して夏姫、蒼真、時雨の三人も疑問を問い詰める。
「そ、それはまだ分かっていない。しかし、樟が自殺だという事は吉村たちが目撃している。」
「暴行を加えていた方の言い分なんて通るわけないですよ先生。」
「さすがに暴行を受けただけでは自殺なんてしませんよ。暴行が続いていない限りは、ですがね。」
さすがに樟が自殺ではないと感じた夏姫は一正とともに問い詰める。
しかし、
「だから、樟は自殺だって言ってるだろうがよ!」
いきなり教室へ入ってきた吉村は何の前触れもなく樟が自殺だと主張してくる。
「てめぇの言い分なんて、通らねえんだよ。」
そんな吉村の主張を気にも留めずに即座に反論する蒼真。
この瞬間で四人は吉村が樟を落とした犯人だと断定する。
一正たちが知る限り、樟をイジメていた連中の中で最もイジメ抜いていたのが吉村だと四人も記憶しており、今回のことも屋上へ行って樟に暴行を行い屋上から落としたものとみている。
「だが、学校側は自殺として処理するつもりらしいぜ!」
「そ、そんな・・・、」
しかし、学校側が樟の死を自殺とすると知り、ショックを受ける時雨。
そして夏姫たちも少なからず動揺するも、一正だけは他とは違うことを考えていた。
(樟はこんな中で生きていたんだな。)
一正は樟が今までどんな風に生きて来たかを感じられ、一人で悩んでいた。
どれほどの暴行を受けていたのか、どれだけ助けを求めていたのか、どれだけ痛い思いをしてきたのか、どれだけ苦しかったか、どんなにひどい目にあっても誰にも気にしてもらえず、なかったことにされてしまうこと。
樟が歩んできた道のりがどれだけ残酷で厳しい思いをしながら歩んできたのか、そしてどれだけ自分が無力なのかを樟の死によって痛いほど感じられた一正は吉村の言葉も入ってこなかった。
そして、自分がこんな扱いを受けると思うも、気が狂いそうで仕方がなかった。
「てめぇ!暴行しておいて、よくそんなことがぬけぬけと言えるな!!」
そんなことを考えていると吉村の言い様に切れた蒼真が殴り掛かろうとしている所だった。
「蒼真、待ちなさい!!ああもう、これだから脳筋は!」
「ひっ!そ、蒼真君、落ち着いて。」
いきなり切れた蒼真を止めようと夏姫が取り押さえようと前に出ようとする傍らで怯えながらも落ち着かせようとする時雨。
しかし、三人の行動はすべて無駄となる。何故なら、
「待つんだ三人とも!足元を見るん・・・。」
突如として教室に魔方陣のようなものが出現し、輝きだしたからだ。
それにいち早く気付いた一正は教室の全員を非難させようとするも一歩遅く、魔方陣の光が教室を包み込んでしまったからだ。
突如として輝きだした教室の光が収まると、そこには誰もいなかった。




