第十六話 燃え尽きる狂気
「シゼル君!」
「・・・・・・。」
後ろから聞こえてくイリスの声にシゼルは反応するも、振り向こうとはせずヘイルを睨みつけている。別にイリスを無視し続けているわけではなくただヘイルの行動に目を光らせているだけだが、
「あの・・・もしかして怒ってますか?」
「自覚があるなら少し静かにしてくれるか?」
「うぅ!」
自分がしたことが悪い事だと理解してるのか、シゼルに声を掛けられても反論できず、黙るしかなかった。
しかしシゼルはそんなことも気にせずにヘイルの攻撃に備えていると、
「貴様、あの四人はどうした?」
シゼルが此処に来たという事はもう倒されていると分かっているも、聞かずにはいられなかったようだ。
「あんな弱い奴ら、とっくに倒してここに来たよ。それよりも他人の心配をしてる場合か?次はお前が倒されるってところなのに。」
「よほど死にたいようだな。なら心置きなく殺してやる!豪炎よ、わが敵を燃やし尽くし、消し去れ!【バーニングバースト】!」
シゼルのいいように切れたヘイルはすでに防がれている【バーニングバースト】を再度放つも、
「貴族には学習能力はないのか?そんな攻撃が効かないって事が分からないのか?」
呆れたような口調で呟きながら【バーニングバースト】を片手で弾くシゼル。
「ちぃ!まだ魔力が足りないか。なら、炎よ、わが拳に宿り、敵を砕け!【フレイムエンチャント】!」
自分の得意魔術では倒せないことを悟ったヘイルは火の初級魔術【フレイムエンチャント】を使って接近戦に出る。
しかしシゼルはヘイルの拳をもろともせずに躱していき、逆に懐へもぐりこむ。
「くっ!豪炎よ、爆ぜてわが敵を、吹き飛ばせ!【バーニングバニッシュ】!」
「ちっ!」
それをギリギリのところで察知し、【バーニングバニッシュ】を使って、シゼルもろとも吹き飛ばす。
吹き飛ばされつつもシゼルは態勢を整えて魔術を放つ。
「紫電よ【ボルトアロー】」
雷の魔術がヘイルめがけて一直線に飛んでいきもうすぐで当たるところで、
「この時を待っていた!!」
「なに!魔術が消えただと!?」
シゼルが放った【ボルトアロー】はヘイルにあたる直前に突如として消えてしまう。そんな光景を見たシゼルはさすがに驚き声を上げる。
自分の魔力が残っているのにどうして魔術が消えてしまうのか、イリスたちと同じ謎にまたしても当たると同時に、これがヘイルの隠し玉であると確信するシゼル。
たとえ、魔術の威力が上がっただけなら魔術を使われる前に倒すか、魔術を使わせる隙を与えないように魔術を放つ、などのいろいろな対処法がありブライアが倒されることがなかったはずだと思っているシゼル。
しかし、放たれた魔術が消えるなら話は別だ。魔術を放つ隙を与えないようにしようにもあたる直前で消えてしまえば元も子もないからだ。
「厄介なことになったな。」
「余裕でいられるのも今のうちだ!豪炎よ、わが敵を燃やし尽くし、消し去れ!【バーニングバースト】!」
「だから同じ手が・・・、炎の壁よ【ファイヤーウォール】」
ヘイルが放つ魔術を片手で弾こうとした瞬間、シゼルは突如として【ファイヤーウォール】を使い、ヘイルが放った【バーニングバースト】を防いだ。
「シゼル君?一体どうして魔術を使ったんですか?」
イリスにはわからなかった。
さっきまで魔術を片手で弾いていたシゼルが急に魔術を使って魔術を防いだことが。たとえ威力が上がったとしても、さっきまでの様に弾けるのではと考えていたからだ。
しかし、シゼルは魔術を使って防いだ。これがイリスにはどうしてもわからなかったが、
「そうか・・・おまえ、吸魔石を使っているな。」
「なっ!」
「気付いたか。」
シゼルが放った言葉でようやく今までの謎が解けたイリス。
吸魔石とは、言葉のとおりに魔力を吸収してしまう石のことで、この石の効果を発動している限り魔力を吸収し続ける。さらにそれだけではなく、吸収した魔力を使用者に供給することもできる。
つまりヘイルはこれを使い、シゼルたちが放った魔術を吸収し、自分の魔力に変えてしまったのだ。それによりヘイルにあたるはずだった魔術が直前で消えたり、ヘイルが放つ魔術の威力が上がったりしたのだ。
吸魔石は基本的に軍が使うために貴族といえども入手は難しく、また算出できる数も少ないために一般的な使用は禁じられており、使用者には親族共々法による裁きを受ける。
「今更気付いてどうなる!もう、お前の勝利なんてないんだよ!!」
「そんな・・・、私たちがやっていたことがシゼル君を追い詰めていたなんて・・・。」
吸魔石のことが気付かれても、自分の勝利を確信しているヘイル、そして自分たちがヘイルをただ強くしていただけだと気づき落ち込むイリス。
「だからどうしたんだよ。」
しかし、シゼルは吸魔石が使われたことを何とも思っていなかった。それどころか、それで何が変わると言いたげな顔でヘイルを見ていた。
「だからどうしたってシゼル君!どうとも思わないんですか!?」
シゼルが言い放った言葉に戸惑いを隠せず、慌てて聞き返すイリス。
魔力が吸収されるだけではなく、吸収した魔力を自分の魔力に変えてい力を高めるヘイルを相手にシゼルでも敵わないと思っているからだ。
しかしシゼルは、
「何とも思わないよ。魔力を吸収するなら魔術を使わなかったらいいだけの話だし。それに・・・。」
「それに?」
「魔力が増えたところで、本当の意味で魔術が強くなるわけでもないからな。」
「減らず口を!豪炎よ、わが敵を燃やし尽くし、消し去れ!【バーニングバースト】!」
イリスの方を見て何でもないように語り、背後から魔術を放たれるも、
「いちいち騒ぐな、うっとおしい。」
シゼルの魔力も加わり、確実に威力を上げた【バーニングバースト】を振り向きながら、片手で弾くシゼル。
「なん・・・だと?」
渾身の一撃を簡単に弾かれ、無傷のシゼルを見て何が起きたのか分からず、そうつぶやくことしかできなかったヘイル。
「俺がさっき魔術を使ったのは、お前の魔術が突然威力が上がったからどれだけのものか確かめるために使ったに過ぎないんだよ。」
「シゼル君・・・。一人称が・・・。」
突如としてシゼルの一人称が変わったことに戸惑うイリス。
「そう言えば、お前らに教えてなかったな。これが俺本来の一人称だよ。普段はあまり出さないけどな。」
戸惑うイリスのほうを向かず、簡潔に一人称が変わったことを答えるシゼル。シゼル本人は如何でも良さそうに語るが。
「くっ!所詮、まだ魔力が足りなかっただけだ。」
「なら試してみるか?風よ【ウインドカッター】」
「なっ!シゼル君それは!」
「はっは!血迷ったか?」
魔力が足りないと語るヘイルにワザとまじゅつで攻撃を仕掛けるシゼル。そんなシゼルの行動に動揺を隠せないイリス。これではただ相手を強くするだけだと分かっているからだ。
「貴様のおかげでどんどん魔力がたまっていく!これで貴様も終わりだ!!」
シゼルの魔力を吸収し、自分の魔力に変えるヘイル。そんなヘイルをただ何もせずに眺めるシゼルの顔は、哀れな道化を見るようなまなざしだった。
「灼熱の業火よ、今あらぶりて、全てを燃やし尽くせ!!【プロミネンスフレア】!!」
「ねえイリス?あれは不味いよね?」
「シゼル君逃げてください!!それは上級魔術です!!」
ヘイルが魔術を発動すると、頭上に大きな火の玉が現れる。
それが火の上級魔術【プロミネンスフレア】だと瞬時に理解したイリスとライラは倒れているブライアを担ぎ、急いでその場から逃げようとし、シゼルにも逃げるように促すが、
「無駄だ!俺がお前らを狙えば、たとえ結界があったとしてもこの【プロミネンスフレア】をくらえば、灰になるんだからな!!」
「そんな・・・。」
ヘイルがイリスたちを標的にし、一人でも多く殺すつもりりだと分かり、逃げようとするのを諦めようとするも、
「その程度で上級魔術だと?寝言は寝て言えよ。」
シゼルがイリスたちを庇う様にして立ち塞ぎ、ヘイルを挑発する。
「ならば貴様から死ね!!」
そんな安い挑発を簡単に乗ったヘイルはシゼルめがけて【プロミネンスフレア】を落とす。
そして、シゼルに容赦なく【プロミネンスフレア】が落とされて直撃してしまいシゼルの周りは上級魔術が放つ灼熱の炎で覆いつくされてしまう。
「シゼル!いきてるんでしょ!返事をして!」
「そうですよシゼル君!返事をしてください!!」
【プロミネンスフレア】がシゼルに直撃するところを見てしまい、イリスとライラは目に涙を溜めながら、必死にシゼルの名を叫ぶ。
二人はシゼルが来る前にヘイルを倒すつもりだったのに一歩及ばず、全てをシゼルにゆだねてしまった結果がこれだと思うと後悔で自分たちを殺してしまいそうだった。
たとえ結界があったとしても上級魔術を直撃して生きていられるわけがないと分かっているも、二人はシゼルの生還を信じることしかできなかった。
そんな祈りが届いたのかどうかは知らないが、灼熱の炎の中から突如として水があふれてくる。
「なんだ!?なぜ、これだけの炎の中から水が出て来るんだ!?」
「それは、俺の【アクアウォール】の水だよ。」
水が出てきたことで騒ぐヘイルに炎の中から無傷で出てくるシゼルが冷静に答える。
「そんなの有り得るわけないだろ!!上級魔術が初級魔術ごと気に負けるはずないだろ!!灼熱の業火よ、今あらぶりて、全てを燃やし尽くせ!!【プロミネンスフレア】!!」
自分の上級魔術が初級魔術に負けたことを認められないヘイルはもう一度魔術を放つも、
「そんな上級魔術が俺に効くと思うなよ。」
【プロミネンスフレア】の前に水の壁が現れて、炎を消してしまう。
「馬鹿な・・・無詠唱の初級魔術で破るだと。」
またしても自分の上級魔術が初級魔術に負けてしまい何もできなくなってしまったヘイル。それでもどうして上級魔術が初級魔術に負けるかは分からないままだった。
「シゼル君、どうして上級魔術を初級魔術で敗れるのですか?」
それが分からないのはイリスも同じで、シゼルに尋ねる。
「魔術に必要な要素は、本人が持つ魔力と魔力を操る技術だ。確かに魔力がある方が威力も高くはなるが、それを操る技術がなっていないから本来の威力を発揮し切れていないんだよ。逆に言えば魔力を操る技術が高ければ多少の不利も打ち破ることができる。」
シゼルが語ったことは教育機関に入ってすぐに教えられるような簡単なことで誰でもわかるようなことだった。
しかし、多くの人は今のヘイルの様に魔力を意識しすぎて、魔力を操る技術を高めることをしなかったために、大きくなれば気にもしないようなことだった。
「そういえば、シゼル君と一緒に勉強した時もいっていましたね。」
シゼルの説明に昔のことを思い出しながら納得するイリス。
だが今回はあまりにも規模が違う魔術を破ったために納得し切れないものがいた。
「たとえそうだとしても、上級魔術が初級魔術で破れるかは疑問なんだけど?」
ライラが納得しているイリスの横から疑問を挟む。
「今回のはあいつが無理やり上級魔術を発動したからだよ。自分の力に似合わず、他人の魔力を使った魔術なんて本来の力の一割程度も出ないよ。」
「一割程度って・・・、それでも私たちが食らえば死ぬ勢いだけど?」
実際ライラの言っていることは本当で、本来の力が出せなくとも上級魔術は中級魔術と規模が違うため初級魔術ではどんな手を使っても防ぐことができないのだ。
しかしシゼルは魔領の森での修業とアリスの地獄の修業内容から魔力のコントロールができなければ次の瞬間に死が待っているような状態で育ったために魔力のコントロールで規模の違う魔術を防ぐことは造作もなっかたのだ。
「修行の違いだよ。」
そんなライラに答えるのも面倒になったのか、適当な言葉で返すと、ヘイルの元へ歩いていく。
「ひっ!・・・来るな!!助けてくれ!!」
「今更過ぎるぞ。」
逃げようとするヘイルの髪の毛をつかみ、逃がさないようにするシゼル。
そんなヘイルの顔は涙と鼻水で酷い顔になっていた。
「お願いだ・・・もう、やめてくれ・・・。」
「黙れ、お前は俺の質問に嘘偽りなく答えろ。」
「わかった・・なんでも答えるから見逃してくれ・・・。」
泣きながら命乞いをするヘイルを無視してシゼルは問い詰めるべきことを問い詰める。
「吸魔石は誰からの贈り物だ?」
それは今回ヘイルが使った吸魔石の入手経路だ。たとえ貴族といえどもそう簡単には手に入らない代物であり、一週間の謹慎処分を食らっていたヘイルには絶対に手に入らないものだからだ。
「あれを俺に渡したのは・・・フィーゼル・シャインゼル・・・です。」
「そんな・・・。」
「そうか、やはりあいつか。」
吸魔石の入手経路が分かって事で、驚きを隠せないイリスと納得するシゼル。
いつかは仕掛けてくると思っていたことだがこんな大ごとになるとは思っていなかったイリス。
しかしシゼルはいつ襲われてもいいようにしていたために今回のことがフィーゼルの差し金であったことに納得していた。
「ご苦労さん。お前はもう用済みだ。風よ【ウインドカッター】」
「そん、な。」
吸魔石の入手経路を聞き用済みとなったヘイルを【ウインドカッター】で切り裂き魔力切れにさせるシゼル。
そんなシゼルを悲しむような目で見るイリスは崩れ落ちるヘイルに目もくれずに、シゼルを見ていたが何も言えなかった。