第十五話 蹂躙する者
~シゼルsaid~
イリスたちと離れたシゼルは広い修練場を【サンドチェーン】で繋がれた四人を無理やり引っ張りながら駆け巡り、イリスたちに被害が出ない所まで連れてき、
「このあたりまでくれば、誰の邪魔も入らないな。」
四人を縛り付けていた【サンドチェーン】の鎖を解き自由にさせる。
「早く始めよう、お前たちのようなザコにかまっている時間なんて無駄でしかないんだからな。」
「無理やり縛り付けて連れて来たくせによく言うわね。」
シゼルの言葉に戦闘態勢を取りながら反論してくるヘイルの仲間の一人を皮切りに、ほかの三人も何時でも魔術が使えるように構える。
「あんたたち、ヘイル様のためにさっさとこの化け物を殺すわよ!土よ、岩となるように固まり、敵を撃て!【ロックブラスト】!」
「水流よ、激しき波のごとく、敵を飲み込め!【アクアゲイザー】!」
「暴風よ、激しく吹き荒れ、わが敵を飲み込め!【ストームバースト】!」
「電雷よ、閃光となり、わが敵を撃て!【ライトニングランス】!」
土の中級魔術、水の中級魔術、風の中級魔術、雷の中級魔術と四つの中級魔術がシゼルめがけて飛んでくる。この四つの魔術を食らえばたとえ結界が発動していても普通の人間を簡単に殺せるだろう。それほどの威力はある規模ではあるが、
「何で最初に【ロックブラスト】を片手で弾いたところを見てるくせに正面から魔術を撃つかな?」
シゼルは顔色一つ変えること無く全ての中級魔術を片手で弾いてしまう。
「う・・・嘘よ。」
「ありえない。」
「四つ同時になんて・・・」
「本当に人間か?」
シゼルが四つ全ての中級魔術を弾いたことに最早怯えることしかできなくなる四人。
四人は生意気な平民を懲らしめてやらないかというヘイルの誘いを受けてシゼルたちを攻撃したが、こんな圧倒的な差を見せつけられるとは思ってもいなかった。
こんなことになるならば協力するのではなかった。
そう今更になって思い知らされてしまった。だが、もう後戻りはできなかった。
目の前にはヘイルが倒そうと言っていた平民が自分たちを許さないというような目つきで睨み、逃がそうとしないからだ。
「どうした?さっきの威勢は何処へ行ったんだ?」
そんなことを思われているとはつゆ知らず、シゼルは今も四人を徹底的に叩き潰すために次の手を待っている。
今更彼女彼らがなんと思おうとも、今のシゼルには興味がないからだ。
理不尽なことで自分たちに手を出すヘイルはもちろん、それに協力している四人には容赦など一切することなく撤退的に叩き潰すつもりだからだ。
「来ないのならこっちから行くぞ。」
そう言ってシゼルはまたしても消える。
四人は突如として消えたシゼルを警戒して防御態勢をとるも、
「ぐはっ!」
「え?」
短い声とともに仲間の一人が飛んでいき、魔力切れで気絶してしまう。何が起きたのか分からなくなる三人。警戒はしていたはずだと思うも、
「所詮この程度か、貴族といえども大したことはないんだな。」
シゼルの声が聞こえて三人が振り向くと、最初の位置に戻っているシゼルがいた。
もはや何が起こっているのか理解が追い付かない三人はやけくそになりながら魔術を放とうとするも、正面から簡単に破られてしまったことをギリギリで思い出して何とかとどまる。
「二人とも、回り込んで背後から狙いなさい!」
ヘイルの仲間の一人がまだ他ている二人に指示を出し、シゼルの背後に回り込む。ほかの二人もその指示に従い背後に回って魔術を放つ。
「土よ、岩となるように固まり、敵を撃て!【ロックブラスト】!」
「水流よ、激しき波のごとく、敵を飲み込め!【アクアゲイザー】!」
「暴風よ、激しく吹き荒れ、わが敵を飲み込め!【ストームバースト】!」
三人の中級魔術が同時に放たれ、シゼルの背後めがけて飛んでくるも、一向に振り向こうとしないシゼル。三人はこれで倒せると思ったところ、
「所詮その程度か。」
シゼルの呆れるような言葉とともに、シゼルの背後に炎の壁が立ち塞ぎ、三人の魔術を簡単に防いでしまう。
「え?・・・どうなってるの?」
「まさか、無詠唱・・・?」
「そんな歳でできるなんて・・・」
シゼルの背後を守る様にして出てきた炎が【ファイヤーウォール】の壁だと遅れて理解する三人。しかし三人はシゼルが詠唱もせず、魔方陣も描いていないのに魔術が発動したことに驚きを隠せず、ただ見ていることしかできなかった。
「中級魔術と言っても所詮は弱者が使うとこんなものか。」
【ファイヤーウォール】の炎が消え、シゼルが三人に振り向きながら顔色を変えずに話す。
そんな隙だらけのシゼルを見ても三人は動く気配すら見えなかった。三人ともシゼルがやっていることに最早言葉も出せず、目の前の人物にただ恐怖するしかなかった。
「さて、次を仕留めるか。」
またもシゼルの姿が消える。
恐怖に包まれていた三人もまたシゼルが消えたことで慌てて防御しようとするも、
「かはぁ!」
またしても短い声とともに仲間が吹き飛び、魔力切れによって気絶してしまう。
「これで残りは二人だな。」
最初の位置にいつの間にか戻っているシゼルの声はもはや二人の耳には届いておらず、恐怖に支配されつくしていた。
「ごめんなさい!もう、こんなことはしませんので許してください!差別もやめます!どうか許してください!!」
「お、俺ももう二度とこんなことはしません!二度とあなたたちにかかわりませんし、平民をイジメるのもやめます!だからどうか許してください!!」
もはやシゼルに恐怖しか抱かない二人は何が何でもこの場を切り抜けたかった。そのためには目の前にいる人物に許してもらうしかなかった。
しかしシゼルは二人を許すつもりなんて最初からなかった。
ヘイルに付いてきただけとはいえ、平気で人に中級魔術を放っており、乗り気でヘイルのやっていることに加担していた者をそう簡単に許すつもりなんてなかった。
「お前たちはそうやって「やめて」と言っている平民に素直に応じたか?」
シゼルの問いに何も言い返せなくなる二人。自分たちが貴族だから当たり前のように平民に暴力をふるっており、やめてと懇願されてもやめたことなど一度もなかったからだ。
「その沈黙はなかったんだな。なのにお前らだけ許されるなんて虫のいい話があると思っているのか?」
そんなことをいともたやすく読み取り、二人の要求を簡単に切り捨てるシゼルは魔術を発動するために構える。
そんなシゼルに最早逆らう気力も残されていない二人の目は涙であふれていた。
これが今まで自分たちがしてきたことだと思い知らされたからだ。しかし、今更知ったところで目の前の男が許してくれるはずがない事を身に染みて理解した二人は泣くことしかできず、魔術が使われるまで子供のように泣いていた。
「これで終わりだよクズども。炎よ【フレイムバーン】」
最後に火の初級魔術の炎をその身に受けて二人で魔力切れで気絶したところを確認するために近づいたシゼルは、
「もしまたくだらないことをしたら今度は容赦しない。」
最後にそう言い残して去っていった。イリスたちが戦っているヘイルの元へ大急ぎで。
ヘイルの仲間を相手するためにイリスたちと離れすぎてしまったシゼルは大急ぎで戻っている間も貴族たちから攻撃を受けていた。
「Eクラスの平民はくたばれ!」
「邪魔だ。」
「うげっ!」
Eクラスの生徒は団体で行動しており、その全員が防御に徹しているためになかなか防御を崩せない所に一人で修練場を駆け抜けているシゼルは格好の的なのだが、襲い掛かる貴族を一撃でねじ伏せて魔力切れによる気絶に持ち込んでしまう。
そのために貴族からの攻撃を受けていたクラスメイトから声を掛けられるもシゼルはそれを無視して走り向けて去り、また貴族に襲い掛かられるの繰り返しを受けてなかなかイリスたちと合流できないでいた。
(貴族ってホント面倒だな。)
自分が一人で修練場を駆け抜けようとしているか襲い掛かってくることに気付かないシゼルは内心で愚痴りながらも、襲い掛かってくる貴族をねじ伏せて先へ進む。そうしなければ、イリスたちが危ないと嫌な予感がしてならないからだ。
しかし、修練場はかなり広く先程の戦いの被害が何処にも出ないようにかなり遠くまで離れてしまっているためにまだまだイリスたちの元までたどり着けそうにもなかった。さらには、貴族の襲撃が先に進む道を塞ぐためにさらに遅れてしまう。
「くたばれ平民が!」
「だから邪魔だって。」
「グワァァァァァ!」
それでも前に進みながら襲い掛かってくる貴族を一撃でねじ伏せていくシゼルにクラスメイトはもはや何も言えずにその光景を眺めてることしかできなかった。
彼らも余計なちょっかいを掛ければ貴族たちと同じようにねじ伏せられることをこの一週間で嫌というほど身に染みて理解させられてしまったからだ。
「一人でダメなら団結して叩くぞ!」
「「「おお!!!!」」」
「風よ【ウインドカッター】」
「「「「グワァァァァァ!!!」」」」
しかしそんなことを知らない貴族は何が何でもシゼルを倒そうと集団で倒そうとするも風の初級魔術でいとも簡単に切り裂かれ、あっけなく魔力切れによる気絶で倒されてしまう。
「ったく、いちいち面倒だな。」
そうつぶやきながらも前へと突き進みようやく周りにいた貴族を全滅させたシゼルは周りを気にすることなくイリスたちの所に向かうのだった。
その後も、駆けつけてきた貴族に襲い掛かられるも全員を一撃でねじ伏せて進んだシゼルはようやくイリスたちが見えるところまで来ることができたが、そこにはブライアが魔術を纏いながらヘイルに襲い掛かっている所だった。
「あのバカ!あれほど僕が来るまで耐えろって言っておいたのに。」
ブライアの行動が最初に立てた作戦と違って本気でヘイルを倒すつもりの攻撃だと瞬時に見抜き、作戦と違った行動に出ている様子に驚くシゼル。
「おそらく僕が戻ってくる前に倒そうとでもしたんだろうな。だが、何らかの隠し玉を使われて相当焦ってんな。」
シゼルがブライアたちの状況を冷静に分析しながらつぶやいていると、ヘイルが【バーニングバニッシュ】をつかってブライアを吹き飛ばし、そのまま魔力切れによる気絶で倒してしまう。
しかしシゼルはその光景を見て疑問に感じてしまう。
「以前より格段に魔術の威力が上がっている?」
シゼルもイリスたちと同じ謎にあたってしまい、思わず止まってヘイルの魔力の威力が上がったことについて考えだしてしまう。
(あいつの気配からして修業したという線はないな、それに強くなっている気配もないし、一体どうなっている?)
そんなことを考えているシゼルだが、ブライアを守る様にして立ち塞がっているイリスとライラが目に入り慌てて考えることをやめる。
「って、そんなこと考えてる場合でもないな。急がないと。」
ヘイルが魔術を発動する構えをとったことでイリスとライラが覚悟を決めたような顔でヘイルを睨みつけるも、ヘイルが出した【バーニングバースト】の威力がこれまでと比べ物にならないほどに高くなっていることに驚きつつもイリスとライラを守るようにして立ち塞ぎ、
「だから防御に徹して耐えろって言っただろ。」
ヘイルの魔術を片手で弾きつつ、いう事を聞かなかった二人にしかりつけるような言葉を放つ。