第十一話 その決意をのせて
「まさか貴様が生きているとはな、この死にぞこないの化け物が。」
「やはりいたか・・・。」
食事が終わり寮に帰ろうとしたシゼルたちに突如として声を掛けてくる声に一番に反応したのはシゼルだった。
その声のしたほうを向け、冷静にそう返した先にいたのはシャインゼル家の長男、フィーゼル・シャインゼルがシゼルを睨んでいた。
「ほう、覚えていたか。」
「逆にこっちは忘れたかったけどな、お前らのようなクズ野郎は。」
「昔と違って喋るようになったな化け物。」
「話す意味のない奴と喋ってもつまらなかったからな、あの頃は。」
シゼルが魔領の森を生きていくうえで必要だった力の代償として憎しみ以外の記憶を支払ったとしてもフィーゼルのことは覚えている。
まあ、今は何もしないと決めているシゼルはシャインゼル家の人間を見つけても無関係を貫くつもりでいるために挑発には乗らないが。
「行こうぜ、早く寮に戻って寝たい。」
「あ、ああ。分かったぜ。」
フィーゼルと関わらないために食堂から出ていこうとするシゼル。
そんなシゼルに先程の脅しとは違った恐怖を感じたブライアは出ていこうとするシゼルに若干怯えながらもついて行こうとしたが、
「ちょっと待て化け物。貴様には用があるからな生徒会室まで来てもらおうか。」
「用だと?さっきのことで呼びつけようとしても無駄だ。あれは向こうが悪いんだからな。」
「ちっ・・・、やはりこの手は通用しなかったか。なら言い方を変えよう貴様を規則違反の疑いで生徒会室での事情聴取を行う。」
フィーゼルは先程の件を使って強引にシゼルを生徒会室まで連れて行こうとするもシゼルによってその方法が封じられてしまうも次なる手に出る。
「いったい何の規則違反なのか明確に表してもらいたいな。」
「貴様は1-Eで魔術を使った疑いがかけられている。」
「「なっ!」」
フィーゼルは教室での件でシゼルを無理やり連れだすという方法に打って出た。
だが、シゼルは教室で魔術など使ってはおらず、逆にシゼル以外のクラスメイトが魔術を使っていることを知るブライアとライラが反応する。
「ちょっと待てよ。シゼルは魔術を使ってないぜ。」
「そうよ。魔術を使ったのはシゼル以外のクラスメイトよ。誰よ生徒会にそんなウソを教えたのは。」
二人はシゼルの無実を訴えるも、
「無駄だ、貴様らがいくら化け物をかばおうともこっちには証人もいる。化け物が魔術を使う瞬間を見た証人がな。」
「そんな・・・。」
しかしそんな訴えをフィーゼルは無理やりねじ伏せにかかる。
イリスもそんなことをするフィーゼルに驚いている。
しかし、そんな中でも冷静なシゼルは。
「事情は分かったが、本当に呼ばれているのか?それにそんな大事な件ならとっくに僕は生徒会室に連行されてるはずだよ。さっきの副会長さんにね。」
「・・・。」
「図星かよ、やっぱりお前らはクズだな。」
シゼルの問いに押し黙るフィーゼルを見て嘘だと見抜き、呆れたような物言いでそうつぶやき後を去るシゼル。
そうして立ち去るシゼルをイリスたちは追いかける。
「いつからシゼル君は疑っていたんですか?」
食堂から出た寮に戻る廊下でイリスがそう訊ねてくる。
「普通に疑うだろ。食堂でのことで無理やり呼び出そうとしたときに。」
「それってつまり最初からってことですか。」
「そうだよ。」
シゼルがフィーゼルの嘘を見抜いていたことが最初からだという事に納得するイリス。
「だけど結局何がしたかったんだろうな?簡単に嘘が見抜かれたクズ野郎は。」
「大方僕の事の口封じと偵察だろうな。僕が生きてたことはシャインゼル家にとっては汚点でしかないからいつか刺客でも向けてきたいんだろうし。」
ブライアの疑問を冷静に分析するシゼル。
「それでもひどいですよ。何もしてないシゼル君を無理やり呼びだそうとした挙句に口封じをしようとするなんて。」
「確かにね、さっきの奴といい、イグニス家の奴と言い、もっとましな貴族はいないの?」
そんなシゼルの分析にシャインゼル化に対する不満を募らせるイリスとライラ。
「だから分かっただろ。僕が誰ともかかわらないようにしてる理由。下手をすれば三人の家族にも被害が出るよ。」
そんな三人を突き放そうとするシゼル。
シゼルを恨んでいるシャインゼル家は腐っても六大貴族なためにブライアとライラには本人以外にも家族にまで被害が出てしまうと理解しているためにこれ以上の関係を断とうとするも、
「おいおいシゼル。まさか心配してくれてんのかよ。」
「それなら心配無用よ。ね、イリス。」
「はい、もしお二方の家族に何かあればフロリシア家が直々に動きます。ですからシゼル君が気にすることではありませんよ。」
自分たちを突き放そうとしていることを理解している三人はそれでもシゼルと一緒にいようとする。
それがシゼルには理解できず、
「何でまだつるむんだよ?シャインゼル家が怖くないのか?」
そう聞かずにはいられなかった。
自分がシャインゼル家から狙われていると分かっていてもなぜそこまで構うのかが、今日初めて会ったやつに此処まで肩入れする理由が、十年前のことを忘れて覚えてもらってないはずなのに慕う理由がシゼルには理解できなかった。
そんなことを疑問に思っているシゼルに。
「なに言ってんだよ。たったそんだけの理由で友達を避ける奴がいるかよ!」
「どうせまた、シゼルに言い負かされるようなやつに怯えるわけないでしょ。」
「そうですよシゼル君。六大貴族なら私もなんですからいつでも頼ってください。」
三人からは恐怖どころかやる気に満ちた返答が返ってきたので驚くしかないシゼル。
「お前らって本当におかしいな。」
そう言って自分の寮に戻りながらつぶやくことしかできなかった。三人の言ったことに何も返せないと理解したからだ。
そんなシゼルに微笑みながら後を追いかける三人に、
「ほほえましい話なのですが待ってくれますか?」
シゼルたちの進行方向にこの学園の副会長、アリテス・フォールカスが四人を断ち塞ぐようにして待っていた。
「アリテスさん?食堂で騒ぎを起こした人はいいんですか?」
「ええ、そっちは会長が手厳しくやっているので安心ですよ。それよりも・・・。」
イリスの問いに答えたアリテスはシゼルの前に近づくと、
「先程のご無礼をお許しください。シゼル・エトワール君。」
「やっぱりそれですか。」
「気付いていましたか。」
「いったい何のことですかシゼル君?」
シゼルも前に立ち頭を下げて謝ってきたアリテスにシゼルは何の要件できたのか予想していたのか冷静に答えるも、何のことか理解できていないイリスが疑問を挟む、
「イリス、この人はさっきのクズのことで来たんだよ」
「そうなんですか?」
「ええ、そうですよ。今回の件は彼の独断ですが、生徒会のメンバーであることに変わりはありませんので。」
イリスの疑問にシゼルが答え、アリテスがそれを認める。
「あんな奴が生徒会で務まるんですか?」
「頭の痛い話ですよ。六大貴族の名を使い無理やり生徒会に入って好き放題やっているので生徒会の方でも目を光らせていました。今回の件で彼が君を陥れるために無理やりの独断専行をしたのです。まあ、今回の件で彼も生徒会からの除名は間違いないでしょう。」
どうやら、生徒会としてもフィーゼルの行動は目に余っていたようだが生徒会の中身がまともな判断力ができない者たちばかりで苦労していたようだが、今回の件で流石にかばいきれなくなり除名処分を食らうようだ。
「あのー、今回の件ってもしかして、教室の事ですか?」
そんな話をしているとライラが恐る恐るアリテスに話の内容を聞いてくる。
「はいそうですよ。ちなみに私が此処で待っていたもう一つの理由ですよ。あの時は早急にヘイルを連行すべきと判断したために見逃しましたが生徒会長が取り調べを代わってくれましたのであなたたちを連行しに来ました。」
「ですよね~。」
「まあ、分かってはいたが少しな。」
アリテスが待っていたのが自分たちを連行することだと理解した二人は、大人しく連行される。
「まあ落ち込むことはありませんよ。処罰すると言っても今回は軽いものになりますから。」
「何でだ?」
本来、学園内での魔術の使用は禁止されておりこれに対する処罰は謹慎処分が出され、ことによっては退学もあり得るためにいろいろと覚悟していた二人だが、アリテスの言葉に疑問を隠せなかった。
「それは、あなたたちが使った魔術が初級魔術であったこと、シゼル君がほとんどを気絶させ大した問題にならなかったこと、あとはあなたたちの担任の先生からの要請があったこと。」
「アンジェリカ先生からの要請?」
「ええそうですよ。先生はあなたたちの教室で魔術が使われるが大ごとにならないからできるだけ処罰を軽くしてほしいとの事でしたので。」
どうやらあの騒動をアンジェリカは予想しており生徒会にクラスメイトの処罰の軽減を要請していたようだ。
「分かってたら止めてもらいたかったですよ、あの職務怠慢教師め。」
「教師としては優秀な先生なんですが、何分面白いことが好きな性格なので。」
「ようは僕の実力を図りたかったて所ですか。迷惑な話ですよ。」
「ですがとても面白そうな先生ですね。」
シゼルはアンジェリカに対する評価が下がり、イリスは会ってもいないもに評価が上がってしまっている。
「では、当初の予定通り二人を連行しますね。」
「「・・・分かりました。」」
処罰が軽くなるとはいえ自分たちもさすがにやりすぎだと分かっているために大人しく連行されるブライアとライラ。
「シゼルー。今度は、決闘申請を出して手合わせしようぜー!」
「その時は私もねー!」
連行されつつもそんなことを言ってくる二人に手を振りながら見送ると
「さてと、そろそろ本当に寮に戻りたいな。」
「ええ、そうですね。」
イリスと二人で廊下を進む。
「じゃあここでお別れだな、また明日な。」
「待ってくださいシゼル君、少し話したいことがあります。」
男子寮と女子寮の分かれ道で別れようとするシゼルにイリスが呼び止める。
「何だよ、こっちは部屋に戻って寝たいんだよ。」
「それでも待ってほしいんです。シゼル君に聞きたいことがあるんです。」
そう言ってイリスはシゼルの前に立ち、
「シゼル君がこの学園に来た理由を教えてください。」
「それを知ってどうするんだよ。」
シゼルがこの学園に来た理由を尋ねると、シゼルはイリスから目を背け、脅すような口調でイリスに聞き返すと。
「どうもしません。ただ私が知りたいだけなんです。」
イリスがむける真剣なまなざしはたとえ何を言われようともすべてを受け入れる覚悟があるまなざしだと理解したシゼルは同じように目線を向けて、
「僕が此処に来た理由は三つだよ。」
自分が此処に来た理由を語る。
アリスに誘われて入学を決めたこと、知りたいことがあり、それを調べるために此処に来たこと、そしてイリスが一番言ってほしくない理由を。
「三つ目の理由は復讐だよ。」
「・・・・・・。」
イリスにすべてを語り終えても、まだ視線はそらさずしばらくの沈黙が続いたが、
「やはり、そうなんですね。それでは、私が強くなったことは無駄ではなかったんですね。」
ようやく絞り出した言葉を、泣きそうになりながら語るイリスに、
「これでわかっただろう。イリスが知っているシゼル・シャインゼルはもうこの世にいないってことが。今イリスの目の前にいるのはシゼル・エトワールだ。イリスがいくら十年前まで様に接しようともそれを僕は覚えてもいないし、接するつもりもない。それでも尚、イリスが知るシゼルとしてみるのは好きにしたらいい。」
シゼルは冷たく語る。今の自分が昔と違うことを。
きっとイリスにはわかっていたはずだ。それでもなお聞かずにはいられなっかのだろう。
シゼルが復讐のためにこの学園に来たことを否定して欲しかったのだろう、しかしそれを肯定されてしまったイリスは、
「それでも私はシゼル君と関わるのをやめません。たとえ忘れられてしまっていても、これからの私を覚えてもらうために。シゼル君がいなくなってしまって時に決意したこと、シゼル君の助けになることを諦めません。そして、シゼル君を止めてみせます。絶対に。」
昔に決意したことを言葉にしながら手を伸ばすイリスに向けて、
「叶うといいな、その決意。」
シゼルも同じように手を伸ばす。
「ええ、叶えてみせます。」
伸ばされた手を握り締める。お互いの目的を叶える決意とともに。