第十話 悲しき再開
いきなり抱き着いてきたイリスにしばらくの間何も考えられなくなるシゼル。
何故ならシゼルが覚えている限りイリスとは初めての邂逅だからだ。
「なんでいきなり抱き着くんだよ?」
やっとの思いでシゼルが出せたのはそんな疑問だったが、イリスは迷うことなく答える。
「だって、十年間待っていたんですから。またシゼル君に会えるのを。」
(十年間か・・・。だからこの子は僕に抱き着いてきたのか。)
いきなり抱き着いてきたイリスに拭い切れない近親間があったことにようやく納得するシゼル。
しかし今のシゼルには十年前のことなどほとんど覚えていなかった。
「いい雰囲気のところで悪いけど、そろそろこっちに戻ってきてくれる?」
なかなか離れない二人を見かねてライラが呼びかける。
今この食堂にはたくさんの生徒がおり、先程の騒動からシゼルたちは注目の的になっているためにイリスがシゼルに抱き着く所までが見られてしまっている。
「え・・・?あっ!はぅ、えっと・・・あの・・・その・・・。」
今まで注目されていたことにようやく気付けたイリスはようやく離れたが、耳まで真っ赤にしており先程とは違いすごく慌てておりオドオドとしている。
「せっかくだし一緒に座りましょう。いろいろと聞きたいこともあるし。・・・特に二人の関係とか?」
「・・・お願いします。」
ライラがそう提案しイリスが弱弱しくもそれに乗る中シゼルは一人先程のイリスの言葉について考えていた。
(十年前のことはもう憎しみしか残ってないからいまさら意味のない事だ。もう僕は、あのころとは違うんだから。)
そう思いながら、食事の続きを食べに席へ戻る。
「んで?二人の関係は?婚約者か何か?」
「違うよ。絶対に有り得ないから。」
シゼルたちの席にイリスが加わってしばらくしてようやく食堂が落ち着いたころにライラが唐突に質問してくるもあっさりとシゼルに否定されてしまう。
「でもでも。さっきの素振りからイリスがシゼルに対して特別な感情を抱いてるのは確かだよね。」
「えっ!?えっと・・それはその・・・。」
ライラの指摘にイリスは顔を赤くしながら慌てる。
「糞、何だってんだ。いきなり抱き着かれやがって。」
先程の騒動から一人置いて行かれたブライアは機嫌が悪かった。
自分が一番あの騒動にかかわっていたが、後から出てきた二人に何もかもを持っていかれてしまい何もできなかったのだ。まあ、あそこでシゼルが出ていなければ今頃はごろ火だるまだったことは一番わかってはいるのだが。
「処でホントどんな関係なのよ?さっきは十年ぶりだとか、生きてたとか何とかいってたみたいだけど?」
「そのままの意味だと思う。僕とイリスは十年前に会ってるみたいだし。」
「え?覚えてないの?」
「そんな・・・。」
シゼルが十年前のことを覚えていないことに疑問を抱くライラとショックを受けるイリス。
「おいおいシゼル。さすがにそれはないだろ。隠すにしてももっとましな言い訳を考えろよ。」
シゼルが面倒ごとを避ける性格だという事を短い期間で理解したブライアはまた面倒ごとを避けるために嘘を言ってると思いシゼルにもっと深く聞いてみるが、
「ブライアの考えてることも判るけど今回は本当だ。僕はイリスを知らないし、会った記憶もないよ。」
ブライアが少なからず自分のことを理解してると見抜いたシゼルはありのままの真実を言う。
シゼルの言う通り今回は何も隠し事をしてないと理解するもどこかおかしく思う二人だがこれ以上聞いても何も答えないだろうと分かっているために何も聞いてこない。
しかし、ここにはそれを理解していないイリスがいて、
「シゼル君。嘘ですよね、私のこと覚えてないなんて。お願いです、嘘だと言ってください。」
この十年間ずっと待ち続けたイリスはやっと再開できた自分の思い人に覚えて居られてないという現実を受け入れられず、否定の言葉を待つも、
「悪いけどホントだよ。十年前の記憶はほとんどなくなっているからどれだけ否定しようとも無意味だよ。」
「そんな、だったら私たちが初めて会った時のことは?」
「すまないが、あの家にいたときの記憶はもう僕の中にはほとんどないよ。君がどれだけ思い出を語ろうとも僕は思い出すことはないよ。」
「そんな・・・。うそですよね・・・。」
シゼルの答えを聞き、今まで自分が大事にしてきたことのすべてを否定されたような気持になるイリス。せっかく強くなってきたのにそれがすべて無駄だったと言われたような気分だった。
「ん?シゼル、あの家ってどこだよ?」
イリスがショックを受けてる中でブライアが疑問に思ったことを質問する。
「お前ってエトワールだよな?前は別の名前で呼ばれてたのか?」
「あんたねぇ。少しは空気を読みなさいよ。それにそんなことシゼルが答えるわけないじゃん。」
ブライアの空気の読めない質問にライラが呆れてごみを見るような目だ睨む。
「少しはイリスのことも考えてあげなさい。シゼルが覚えてくれてなかったことにかなり傷ついているんだから。」
「仕方ねえだろ、気になっちまったんだから。それにいい気分転換にもなると思ったんだよ。」
ライラが落ち込んで入りイリスに気を遣うように言いかけるもブライアもブライアなりにイリスを気遣っていたらしい。
「別に話すのは構わないが、別の意味で暗くなるしところどころあやふやだぞ。」
「「えっ?」」
シゼルが面倒を避ける性格なのを理解している二人からしても、今のシゼルの答えは意外なものだった。
「でしたらお話しください。それで、私も確かめたいことがあります。」
さっきまで落ち込んでいたイリスもシゼルの昔の話をするという事で自分で確かめたかったのだ。
昔の自分がどれだけシゼルのことについて何も知らなかったのかを。自分がどれだけ無力だったのかを。自分のやってきたことが無駄に終わってしまうのかを。
「いいけど、あまり聞いてて面白くもないから寝ててもいいぞ。」
そう言ってシゼルは語りだした。
自分がシャインゼル家の次男として生まれたこと、自分が正妻の子ではないこと、閉じ込められるようにして育ったこと、期待もなにもされずにただ虐げられ続けたことを、属性の儀で闇属性と無属性の適性が一番あった事、それが理由でシャインゼル家から捨てられたこと、そして自分が殺されかけて転移石で飛ばされたこと、飛ばされた先で死に物狂いで生き残ったこと。
シゼルが生まれてから十年前までのことを今覚えてる限りで包み隠さずに伝える。
そしてそれを三人は何も挟まずにすべてを聞き取り、
「これが僕が生まれてから十年前までの覚えていることだ。これで満足か?」
全てを語り終えたシゼルが三人に質問すると、
「最初に言えることがある。シゼルを生んだ貴族はクズ以下の野郎だってことだな。」
「そうね、私もそんな奴が親だなんて死んでも認めたくないね。」
「・・・・・・。」
ブライアとライラはシャインゼル家を非難するも一番聞き入っていたイリスが無言のまま俯いているだけだった。
「イリスはなんか思うとないの?シゼルの話を聞いてる限り最低の奴だよシャインゼル家って。」
「本当にそうですね。」
「イリス?どうしたの?」
「いえ、何でもないです。ただ、自分があまりにも何も知らなかったとがあったので自分の無力さに後悔していました。」
うつむいていたイリスが顔を上げると、目に涙を溜めていた。
「それでもやはり、私の努力が無駄ではなかったと思いました。そして、私の決意も変わらないことが確かめられました。」
「ならいいのよ。」
イリスが涙をこらえながらも自分の答えを出したことにライラは一安心する。
「でもよ、結局イリスちゃんは出てこなかったし、シゼルが覚えてる記憶もなんかその家に対する憎しみの部分が多かった気がするんだが?」
「お前は馬鹿なくせに変なところで鋭いな。」
ブライアが疑問に抱いたことにイリスとライラも気づく、
「そう言えばそうですね。なんでなんですかシゼル君?これにはしっかり答えてください。」
「そうね、イリスのことは覚えてないくせになんでそんな事だけ覚えているのか答えなさい。」
シゼルに答えを迫る。
そんな三人にシゼルは答えようかどうか迷っていたが答えるしかないと思い
「答えるが、あまり深くは聞くなよ。」
「それでもいいです。」
仕方なく条件付きで答えることを提案し、それをイリスが承諾する。
「簡単なことだよ。生き抜く力を得るために生まれてから十年前の憎しみ以外の記憶を捨てたんだよ。」
「「「・・・・・・。」」」
シゼルが言ったことがあまりにも出鱈目すぎたために何も言えなくなる三人。
「な・・・なあシゼル。さっきシャインゼル家に転移石を使われて飛ばされたって言ってたよな?いったいどこに飛ばされたんだ?」
「・・・・・・。」
「もしかしてイリスは知ってるの。シゼルが飛ばされた場所。」
「はい。」
ブライアがシゼルの飛ばされた場所を恐る恐る聞くとイリスが俯いてしまいそれに気づいたライラが疑問に思いつつも尋ねてみると工程の言葉が返って来てその後に、
「シゼル君は五歳の時に魔領の森に飛ばされました。」
「「はあ?」」
イリスが答えた場所に二人は何も返せなかった。
二人も魔領の森がどんな所かを知っており、そんなところで十年間も生き抜くことがあり得ないことだと理解しているために何を返したらいいのか分からないのだ。
そんな二人に追い打ちを掛けるように、
「まあ、何度も死にかけたけどあそこで得られるものも多かったよ。それに、かけがえのないものも得られたからよかったけど。」
「「ありえない!」」
シゼルが魔領の森を懐かしそうに思い出しているとようやく復活した二人に反論される。
「シゼル!てめぇ魔領の森なんて冗談吐くなよ!あそこは生きたものは二度と出られねぇ森なんだぜ!」
「そうよ!あそこは死の森とまで呼ばれているのよ?一体どうやって十年間も生きたのよ!?」
「はぁ・・・だからあまり言いたくなかったんだよ。」
二人の慌てぶりに予想を立てていたシゼルは溜息を吐くも、
「確かにそうですシゼル君。この際どんな力を得たのかは気にしませんが、一体どうやって十年間も生き抜いたのか教えてください。」
真剣なまなざしで迫ってくるイリスはシゼルに近づきながら問いかける。
「どうせそれも答えさせられると思っていたよ。だから座ってくれ、周りの視線が目障りだから。」
「え?・・・はっ!す、すみません。」
ここが食堂だという事を忘れてシゼルに迫っていたイリスは周りの視線に気づきまたも顔を真っ赤にして席に座る。
シゼルは覚えていないがイリスは十年前とは比べ物にならないほどに成長しており、抜群のスタイルと制服越しでその存在を漂わす胸はあまたの男を魅了しており、シゼルは嫉妬のまなざしで刺されている。
そんなことになっているとは知らずにイリスは一人落ち着きを見せたところで、
「すみません。続きをお願いします。」
「分かった。」
シゼルに話の続きを求める。
「僕は転移させられた場所で師匠に会って、弟子にしてもらったんだよ。」
「それってまさか・・・、」
「ブライアの想像通りの人だよ。」
「いったい誰なんですか?」
ブライアとライラはシゼルが教室でシゼルの師匠がアリスだと知っているが、イリスは知らないために聞いてしまう。
「驚くなよイリスちゃん、シゼルの師匠は・・・」
「それ以上言ったらぶっ飛ばすぞ。」
「・・・・・・。」
ブライアがイリスに答えを言おうとするもシゼルの本気の脅しに何も言えなくなってしまう。
「イリス、ヒントは今回の推薦枠だよ。」
「推薦枠ですか。それってまさか・・・。」
「それ以上は口にしないで。教室での再現になりたくないから。」
そんな二人に見かねたライラがイリスにヒントを出し、そのヒントをもらったイリスもシゼルの師匠が誰なのか気づき名前を上げようとするも止められてしまう。
こんな人の多い場所でシゼルの師匠が誰なのか言ってしまえば大騒ぎになってしまい気絶だけではすみそうにない可能性をライラは警戒し、恐れたのだ。
「確かに今までの話を聞いている限りあまり広げるのもシゼル君に悪いですね。」
「そう言うこと。」
それを理解したイリスもシゼルにおびえるブライアを見て笑っている。そんなイリスに笑いながら答えるライラもまたブライアを見て笑っている。
「さて、食事も済んだし、寮に戻るか。」
「そうですね。また一緒に食べましょう。」
「そうね、長居は邪魔だしね。」
「それならこれからも四人で飯を食おうぜ。」
食事がすんだことで帰ろうとする四人
今日はこのまま寮に帰って寝るだけだと思っていたシゼルだが、
「まさか貴様が生きているとはな。この死にぞこない化け物が。」