第九話 食堂での騒動
クラスメイトの追求を何とか逃れたシゼルは不機嫌になりながらも食堂に向かっていた。
それも仕方ないというものだろう。前世でのクラスメイトはみんなシゼルに悪意のある感情しか向けてこなかったために、クラスで目立つことはイジメの標的にされると同義になっているために誰にも構わないでいてもらいたいのだ。
しかし、そんなシゼルにクラスを出てからもかまってくる二人にさらに不機嫌になる。
「悪かったってシゼル。頼むから機嫌直してくれよ。」
「私たちもさすがにやり過ぎたのは分かるけどそこまで機嫌悪くしないでよ。」
「規則を破って魔術を使うのが悪い。自業自得だ。」
あの時の追求を抜け出そうとするシゼルにクラスメイトは連携して臨んだものの、シゼルがそれをことごとく躱してしまうために魔術を使っての実力行使に出てしまった為にシゼルの逆鱗に触れてしまいほとんどが素手で返り討ちに会い何もできなかったのだ。
ちなみにクラスメイトのほとんどが教室でシゼルに気絶させられている。
「それにしてもすげぇよな。魔術を素手で破っちまうなんてよ。さすが、ドラゴンキラーの弟子だな。」
「確かにね。私もあれには驚いたわよ。」
「僕からすればあそこで気絶してない君たちの方がすごいと思うよ。これじゃあ、また修行のやり直しだな。君たちレベルを気絶させられないようじゃ、まだまだだよ。」
それはシゼルの本音だった。
シゼルはアリスの助けがあったとしても魔領の森で十年間生き抜いてきたために少なからず実力をつけてきたという自負があったために、二人を一撃で気絶させられなかったことに少なからず自信を無くしてしまったのだ。
「おいおい、さすがにそれは酷いぜ、俺はそんじょそこらのへなちょこ貴族とは違って頑丈なんだよ。まあ、反撃されるかもしんねえから前もって魔術で体を固くしてたんだけどな。」
「私は、自分の魔術で無理やり体を起こさしてるけどね。」
「土の初級魔術【ロックアーマー】と雷の初級魔術【ショックボルト】か。前者はともかく後者は無茶をするな。」
二人が気絶を免れた方法にシゼルは納得する。
ブライアは、シゼルの攻撃を体にまとった土の鎧でダメージを減らし、ライラは心臓マッサージの要領で無理やり気絶を免れたみたいだ。
「それでいつまでついて来るつもりなんだ?いい加減に一人にしてくれよ。」
「食堂行くんだろ?だったら一緒に飯食おうぜ。」
「もちろん私も。」
「僕は一人で食べたいんだけど。」
ついて来ようとする二人にシゼルは早歩きで離れる。だが、
「いいじゃねえか。同じクラスなんだからよ。」
「そうよ。せっかく同じクラスになれたんだし、みんなと親睦を深めましょうよ。」
「ああもう、五月蠅い。僕は親睦を深める気はない。」
「いいじゃねえかよ。せっかくなんだしよ。」
「そうよ、そうよ。」
そんな感じで二人はシゼルをさらに不機嫌にさせながら三人で食堂へ向かうのだった。
食堂に来ていち早くに席に座り食事をしているシゼルの所に、
「早いなシゼルは。そんな定食だけで足りるのかよ?」
「あんたの食う量が多いだけでしょ。少しはシゼルを見習えば。」
ブライアとライラが自分の分の食事を持ってきてシゼルが座っている四人席のテーブルに座る。
ブライアが言うようにシゼルは向こうの世界でいうところの定食飯を頼んでいた。
「何で同じ席に来るんだよ。」
「他が開いてないんだからいいじゃねえかよ。それに三人で食ったほうが楽しいしよ。」
「こいつの意見と同意なのは気に食わないけど私も同じかな。」
「・・・はぁ、もう好きにしてくれ。拒絶するのも面倒になってきた。」
二人のしつこさにとうとう折れたシゼルは投げやりになって食事を続ける。
そんなシゼルに二人は笑いながら食事に入るのだった。
「ようやく折れたな。その勢いでこれからも一緒に食おうぜ。」
「いちいち目立つのも面倒だしもういいよ。いろいろと疲れるし。」
「ようやく私たちと親睦を深める気になったわね。」
「それはない。」
そんな会話をしながら食事をとっている光景にシゼルは居心地の悪さしか感じなかった。
今までの人生の中で誰かと一緒に食事をしたことがないためにどうすればいいのか戸惑っているのもあるが、自分がどれだけ此処と不釣り合いなのかが痛感できてしまうからだ。
自分が闇属性と無属性の適性を持つこともそうだが、自分の将来がこんな光景を否定しているために自分が此処にいていいのか疑問に思ってしまっているからだ。
そんなことを考えていると、
「おいシゼル。そんな辛気臭い顔してたら飯がまずくなるだろう。もっと明るく食えよ。」
「そうね、ここで辛気臭いこと考えても答えはどうせ出ないんだし、意味のない事よ。」
二人がし食事の進んでいないシゼルを見かねて声をかけてくる。
そんな二人にシゼルは驚くしかなかった。まるで自分の考えてることが分かったような言い方だったから。
「どうせ自分の属性を気にしてんだろ。だったら今更だぜ。俺だって無属性なんだからな。」
「あんたと違ってシゼルには闇属性も持ってんだからお気楽に考えられないんだよ。まあ、それも仕方ないことだけど食事の時くらいはそんなの忘れなさい。」
そんなことを言ってくる二人にシゼルは何も返せなかった。
二人はシゼルを属性だけで見ないと言っているからだ。
この属性のせいで生みの親から捨てられ、殺されそうになった自分を。
「おいシゼル、まさか俺たちのこと属性でしか人を見れない器の小さい貴族と同じとか思ってねえだろうな?」
「思ってるよ。少なくとも今まであってきた人のほとんどからは、化け物って呼ばれてたから。」
「ならそれは間違いよ。少なくとも私とこいつは属性だけで人を見ないから。」
「せめて名前で呼べ。」
「おかしな奴だな。お前らって。」
シゼルが二人の言葉にそう返すと。
「待てシゼル、俺はお前の方がおかしいと思うからな。」
「それには同感ね。魔術を素手で弾くは、素手で魔術師を無力化するはでそっちのほうがおかしいわよ。」
「その程度の実力がなかったら死んでたよ。僕が修行してた場所は。」
魔領の森では初級魔術がチリのように思えてくるような威力の攻撃を素手で止めてしまうほどの防御力を持つシゼルにとって、あれくらいは造作もない事だ。
「いったいどんなところで修行してたんだよ。」
「普通の人間ならすぐに死ぬところ。」
「だからどこなのよ!?」
そんな話をしていると、
「おい貴様らそこをどけ。これよりここはイグニス家が使う。平民はさっさと消え去れ。」
「何だよいいところなのによ。」
「ほんとにね。いったい誰よ?」
(なんだよ一体?それにイグニス家って・・・)
内心でそう愚痴りながらも声のしたほうを振り向けば、まさに自分中心といった雰囲気を醸し出す、赤髪の男が立っていた。
「我は誇り高きイグニス家の次男、ヘイル・イグニスだ。分かったなら平民よ、その席を譲り消え去れ。」
(火の六大貴族か。確か長男の方は灼熱王って呼ばれていたな。)
六大貴族の突然の申告に戸惑いを見せるブライアとライラは戸惑っているが、シゼルは冷静だった。
「イグニス家かなんかは知らねえがここは俺たちが先に座ってんだ。座るなら俺たちの後にしろよこの傲慢野郎。」
「そうよ。順番も守れないなんてどこが誇り高い貴族なんだか。」
「ほう、平民ごと気が六大貴族に逆らうというのか。」
(やめてくれよ二人とも。僕は目立ちたくない。)
イグニス家の申告に断固反対の意見を述べるブライアとライラの反応にイグニス家は今にも魔術を使いそうな腱膜で二人を睨む。
「もう一度言おう席を譲って消え去れ。さもなくば、痛い目を見ることになるぞ。」
「こっちの答えは同じだ、座るなら俺たちの後にしろ。」
「いい度胸だ。その身をもって後悔するがいい!」
(不味い。)
ブライアガ煽り、イグニス家の方が実力行使に出てしまいさすがのシゼルも慌てる。
何故なら、ブライアとイグニス家の男では実力の差が開きすぎてることが一目瞭然にわかるシゼルが一方的な戦いになると思っているからだ。
どれだけ傲慢な態度を取ろうとも相手は六大貴族なために今のブライアでは全く歯が立たない。
さすがに一緒に食事をとっていて無関係で通せる状況になったシゼルは自分にも火の粉が飛び散ると考えとめようとするも一歩遅く、
「豪炎よ、わが敵を燃やし尽くし、消し去れ。【バーニングバースト】!」
「んなっ!」
火の中級魔術である【バーニングバースト】を放つヘイル。
規則で魔術を禁じられているにもかかわらずに魔術を使ってきた相手にさすがに驚くブライア。よけようとするも間近で放たれた魔術に手も足も出ずにあたりそうになる。
しかし、【バーニングバースト】の激しい炎も、
「六大貴族を無理に煽るなよブライア。いろいろと面倒だから。」
当たりそうになる寸前にシゼルがブライアの前に立ち【バーニングバースト】を片手で弾く。
「な、なんだと!」
「す、すげぇなシゼル。まさかその威力の魔術を弾くなんて。」
「そんなことを言ってる場合かよ。まあ、確かにこのくらいは普通にできるよ。」
火の中級魔術を片手で弾き余裕の表情でブライアの言葉に返事をするシゼル。
そんなシゼルに【バーニングバースト】を放たれた時以上に驚くブライア。
確かにシゼルが魔術を片手で弾くところを何度も見せられ、自分が手痛いしっぺ返しを食らわされてしまった立場ではあるが、まさか中級魔術までをも弾くとは思わなかったからだ。それも相手が六大貴族の魔術ならなおさらだ。
ちなみに初級魔術の威力は人を気絶させる威力しかなく、中級魔術は人を簡単に殺せるほどの威力のために、普通は魔術で防ぐか避けるかの二種類の躱し方しかない。
「き、貴様!一体何をした!?」
しかし、そんな現実を認められないヘイルはシゼルに突っかかる。
「言え!何をした!どうせ魔術でも使ったんだろ!この学園では魔術は使用禁止だぞ!!」
「魔術を使ったのはお前の方だろ。それに自己防衛のためなら魔術の使用は許可されてる。この場合、規則に違反してるのはそっちだ。」
「貴族に逆らう平民が悪いんだ!だから魔術を使ったまでだ!」
「すごい屁理屈だな。それにこの学園は貴族も平民も平等だと規則にはあるが?もちろんクラスによる差別もなしだ。」
「そんなものに意味はない!平民が貴族に従うのは当然の摂理だ!!」
「・・・・・・。」
呆れて何も言わないシゼル。
そんなシゼルを見て冷静さを取り戻し落ち着いていくヘイル。
「ど、どうだ。どうせ罰を受けるのはお前たち平民なんだよ。分かったならさっさと消え去れ!豪炎よ、わが敵を燃やし尽くし、消し去れ!【バーニングバースト】!」
黙っているシゼルにとどめと言わんばかりに火の中級魔術を放ってくるヘイル。
しかし、それがシゼルに届くことはなかった。
「水よ,かのものを守り、立ち塞げ。【アクアウォール】」
「今度は何だ!」
シゼルの前に水の初級魔術【アクアウォール】が立ち塞がり、【バーニングバースト】を相殺したからだ。
「いったい誰だ!【アクアウォール】を使ったのは!」
「私ですよ、ヘイル・イグニス。」
そこに現れたのは銀髪の髪を腰の長さまで伸ばし、まさに水の精霊と思わせるような顔立ちの女子生徒だった。
その女子生徒が現れたことでヘイルの顔が青くなる。
逆にシゼルは、その女子生徒に拭い切れない近親間を覚える。
「あなたの言っていることはまかり通りませんよ、ヘイル・イグニス。そちらの方の方が正当性もあります。それに何よりそちらの方は魔術を一切使っていませんよ。」
「イリス・フロリシア・・・貴様!」
「それとは別にあなたは二つの規則違反を犯しました。この事は私から生徒会長に伝えておきます。」
「そんなことが許される訳ないだろ!平民が逆らうのがいけないのだろうが!!」
「言い訳は生徒会の方で言ってください。もちろんすでに生徒会の方は呼んでいます。」
「もう来てるわよ。イリスさん。」
イリスがそう言うと食堂の入り口から入学式の時に挨拶をしていた人が入ってくる。
「ヘイル・イグニス。あなたを規則違反として生徒会に連行します。」
「ふざけるな!連れていくならそこの平民を連れて行け!!」
「はいはい、五月蠅い。」
そう言ってヘイルを無理やり連行するアリテスを見ているとイリスが近づいてくるのに気付く。
「いったい何の用だ?」
「・・・・・・。」
何も答えようとしないイリスにシゼルの方から質問するもただ見つめられるだけで、
「なにも用がないなら・・・!」
その場を離れようとしたシゼルだがいきなりイリスが抱き着いて来て、
「生きていたんですね、シゼル君。良かったです。」
「はあ?」
そんなことを言ってくるイリスに戸惑うシゼル。
何故ならシゼルが覚えている限りこの女子生徒とは初めて会ったはずだからだ。