第1話「賢者と変態勇者な俺」
「時給10万ってのはほんとですか?」
「まあ……一応!」
不敵な笑みで俺を見ている少女。
なんだこの不敵な笑みは。
もう帰って普通のバイトを探そう。
前にいた世界に戻ろう。そうしよう。
「前にいた世界に戻らせてください」
俺は頭を深く下げる。
頼むから俺を帰らせてください。
もう無駄に高い時給のバイトになんて手を出しませんから。
返事が聞こえないため、俺は顔を上げ少女の顔を見た。
「それじゃ、詳しいことは後で話すねーー!」
それだけ言うと少女はこの部屋から出た。
なんでまた無視するの。
この世界の人は話が聞けないの?
とりあえず、この部屋を探索してみよう。
元の世界に戻るゲートのようなものがあるかもしれない。
おいおい。
ゲートだの異世界だの常識範囲外だろ。
騙されたら負け。
今はドッキリを受けてる最中なんだ。
素人も巻き込むドッキリなんておかしいよな。ハハハ。
こんな考えしか出てこない自分が恥ずかしい。
いや待って。
一応バイトってことだから仕事手が足りてないとか?
鎧をつけたおじさんがパレードがあるとか言っていた気がする。
お前の防具や武器ならそこにある?1時からパレード?
今から何が起きるんだよ。
俺は国を守るための超国家秘密のバイトをしようとしているの?
誰かまともな人、俺に今起きていることを説明してください。
「あの!勇者のバイトさんいますか?」
扉越しから綺麗な女性の声が聞こえる。
勇者のバイトさん?
俺のことなのかな。
「はい!いますよ!」
扉が開き、黒髪ロングで容姿の整った女性が入ってきた。
その女性は両手でいかにも魔法が使えそうな杖を持っている。
「な、何の用でしょう」
突然の美人の出現に俺は動揺を隠せない。
同い年にも見えるが年上にも見える。
「私も今日から賢者としてバイトをするので、挨拶に来ました」
賢者としてバイトって何。
もしかして、俺と同じ境遇の人なのか。
もしそうならここから出る方法を共有しているのかもしれない。
この美人だっていきなりすぎて訳がわからなくて俺のところに来たんだろう。
俺はゾンビのような足取りで美人に近づいた。
「あなたもこの異世界に飛ばされて来たんですか!?」
俺が近づいていくと美人は顔を引きつらせながら俺の歩数に合わせて後ろへと下がる。
これって俺避けられてない?
俺が一歩進むと一歩下がっていくんだけど。
「なんで俺から避けるの!」
「その、変態みたいな歩き方で近づいてこないでください!」
目を瞑り杖を前に突き出して俺を完全に拒否する美人。
ただ俺は仲間がいると思って近づこうとしただけなのに。
絶対変な勘違いされたよ……。
「何もしないから大丈夫!とりあえず動かない」
俺は西洋にある石像のようなポーズをとった。
とっさにでた考えがこれなんだ。
言葉よりも、行動に出たほうが動かないを信用してくれるかと思ってね。
引きつった表情からまるで凍りついているかのような表情へと変わる。
そんな冷たい目で見ないで。
ほんとに変態じゃないんだ。
すると美人は俺に背を向けて、何も見ていなかったかのようにこの部屋から出ようとした。
このままこの部屋を出られたら俺の変な噂が流れるって。
仮にこの世界で勇者になるかもしれないんだからそんな噂が流れたらまずいことになるよ。
動かないって言ったからこのままのポーズで言うしかない。
「ちょっと、まって!」
ポーズを全く変えずに部屋から出ようしている美人を呼び止めようした。
美人は歩くのをやめて後ろを振り向き、俺の方向を見た。
良かった。わかってくれたのか。
呆れた様子の顔で俺を見た後すぐに前を向いて歩き出した。
ちょっ。
わかってくれたんじゃないの。
これは強行手段しかない。
俺は華麗にスタートダッシュを決め、美人めがけて走った。
俺たちの距離は約5メートル。
スタートダッシュを決めた時、美人は突然振り返った。
「動かないっていいましたよね…」
もしかして、これで俺を試していたのか。
勇者としての器があるかどうかを……。
この短い距離を止まれるわけがない。
このままだったら、美人を怪我させてしまう。
なんで何も考えずただ走ったんだ。
あー。つくづく自分が嫌になる。
どうする。
脳で止まれと命令を出しても体が言うことを聞かない。
変態で体当たりしてくるって噂がたったら一気に俺の人生終了ですね。
どこいってもネタキャラとしていじられそうだ。