プロローグ
「あんたクビね」
厚化粧で天然パーマのおばさん(バイトの店長)は品出しをしていた俺に突然解雇を言い渡す。
「なんでですか!やっと見つかったバイトなのに……」
「あんた商品の品出しの場所が毎回違うし、無愛想すぎて気持ち悪いのよ」
そんなこんなでせっかく入れたコンビニバイトからもクビにされる始末であった。
俺、普通高校2年の五十嵐遠矢は大学の学費稼ぎをするためにバイトをしていた。
時給はそんなに高くないもののなかなか自分を雇ってくれる店がなかったのでこの店で働いていた。
太陽が沈む頃、俺は頭を垂れて家へと向かっていた。
はあ。
せっかくバイト見つかったのに一ヶ月でクビになるなんて。
ただ単に飲み物の配置を間違えたりしただけじゃないか。
どんだけこの世界は理不尽なんだよ。
このままじゃ大学の学費が全然足りなくなる。
バイト募集してるとことかないかな。
そう考えて歩いていると、電柱の黄色い張り紙が視界に入った。
日が落ちてきてこの位置では見えないため、すぐにその電柱に近づき張り紙に書いてある内容を確認した。
"勇者1名急募!"
"勇者"という単語を強調するかのように見出しが大きく書かれている。
「勇者ってなんだよ」
ふざけた見出しにふと口から言葉がこぼれた。
"勇者として一名だけバイトを募集します!電話待ってます!080-xxxx-xxxx時給100000〜要相談。ラルルより"
えーと。時給がいち。じゅう。ひゃく。せん。まん。10万!?
時給10万からってなに!
そんなバイトがあるわけないよ。
しかも勇者って何。
魔王とでも戦うんですか?
これって危ない仕事なんじゃないの?
どう考えても時給が高すぎるでしょ。
バイト見つかってないし、電話だけかけるってのもありなんだけど。
てかラルルって誰!
外国の女の子?
時給10万というバイトへの好奇心と、危ない仕事をするのではないかという不安が俺を迷わせる。
勇者というのはこの張り紙を目立たせるための見出しだと思ったからなんも勇者に関しては感じてない。
まあ電話かけるだけだから、大丈夫でしょ。
住所特定されるわけじゃないと思うし。
家に帰ってから電話してみよう。
周りを見渡して誰もいないのを確認した後張り紙をはがし、自分の家へと足早に向かった。
「ただいま」
この家に今いるのは俺1人。
お父さんは仕事で九州の方へと出張をしている。
お母さんはそれの付き添いでいない。
水道代、電気代、食事代は俺の口座にお母さんが預金してくれている。
鍵を閉めた俺はラルルさんに電話するべく自分の部屋へと向かった。
さてさて、電話でもしてみるかな。
張り紙に書いてある番号を携帯に打ち込む。
番号にかけると回線が繋がっていき、少し間をおいてコール音が始まった。
俺からの電話を待っていたかのようにすぐにつながった。
「もしもし。張り紙を見たものですけど……」
通話中と表示され確繋がっているのだが相手の声は聞こえない。
やはりこれは詐欺的なやつなのかな。
「あの!バイト募集してる張り紙見て電話を―」
「どうも!ラルルだよ!」
俺が話しているのにもかかわらず、それを無視して自己紹介をした。
ん?
この子無駄にテンション高くないかな?
「ラルルさん?五十嵐と申します。バイトの件なんですけどどういった仕事なんですか?」
「その前にざっと面接しますねー!好きな食べ物は?」
いや、なんで無視するの。
仕事の内容を教えて欲しいんだけど。
あきらかに時給10万っておかしいよ。
これは完璧に詐欺だ。
携帯を耳から離し、通話終了ボタンを押した。
明日になったら普通のバイトでも探すか。
好きな食べ物は?ってどう考えても面接じゃないだろ。
俺が深く息を吐いた瞬間に、携帯電話が鳴り響いた。
"080-xxxx-xxxx"
おい。さっきの番号だぞ。
怖いんだけど、掛け直してくるってどういうこと。
俺は携帯電話が鳴り止むまで待った。
間違えて俺に電話をしただけだよな。
メールを受信した。メールを受信した
ダンディな男の声が俺の部屋に響き渡る。
これが俺のメールの受信音です。
メール?
誰からだ。お母さんからかな?
携帯を確認してみるとショートメッセージの通知が来ていた。
ショートメッセージ?
俺は恐る恐るメールの中身を確認した。
"電話に出ろ"
俺の全身にナイフを突きつけられたような感覚が襲う。
突然電話が鳴り出し俺は飛び跳ねた。
さっきと同じ携帯番号だ。
出なかったらどうなるんだ。
考えるだけで恐ろしい。
ここは電話に出てしっかりと謝ろう。
「もしもし、五十嵐です」
「間違って切っただけですよね?」
はきはきとした女性の声であるのにも関わらずどこからか殺意を感じた。
「は、はい……」
「それでは面接しまーす!好きな食べ物は?」
だから、なんで面接で好きな食べ物を聞くの。
好きな食べ物ぐらいなら答えても大丈夫だよね。
それを答えたらもう謝ることにしよう。
そうしよう。
「リン―」
「はーい!採用!」
ちょっとまって。
リンゴって言う前に採用ってどういうことなの。
好きな食べ物で採用なんておかしいよ。
時給もおかしいし、面接もおかしい。
もう全部がおかしいよ。
「なんで時給が10万からなのかと、勇者急募について聞いていいですか?」
「詳しい事情はこっちで話すよ!」
詳しく事情?
こっちで話す?
俺は家のすぐ外に電話をしている相手がいるのではないかと思い、恐る恐る窓を開けて外を見た。
誰もいない。
なんか怖くなってきた。
なんで俺電話しちゃったの?
今になってかなり後悔してます。
「あの、俺バイトやるって言ってないんですけど」
「それじゃあこっちまで呼ぶね」
なにこれ。
俺の話なんて一切聞く耳を持たないんですけど。
「今日は遅いんで寝ま――」
電話が突然切れる。
待ってくれ。
本当にこれはこわい。
窓ガラス割って家の中きたらどうしよう。
俺は震えながらベッドに入り外の世界と自分の世界を厳密に隔てるように、掛け布団を首まで引っ張り上げた。
まって。本当にこわい。
これがヤミ金なの?
だれか、助けて。
まずなんのバイトだよ。
ふと目から涙がこぼれる。
そんなことを考えていると重い鉛のような眠気がやってきた。
俺は寝ていたのか?
目を覚ましてあたりを見回したとき、自分が今どこにいるのかがわからなくなった。
俺の目に映ったのは、俺の部屋とは全然異なった空間であった。
この部屋は白を基調としていて、天井からは派手なシャンデリアが吊られていた。
なんだよここは。
夢の世界なのか?
俺が立ち上がり部屋の探索を始めようとすると扉の開く音がした。
「おい。新人やっと起きたか」
そこには重そうな白銀の鎧を身につけたむさ苦しい男が立っていた。
「えっ」
この状況を全く理解できない。
これはどういうことなんだ?
「今日から勇者としてバイトを始めるお前のためのパレードがあるんだ。早く準備しろ」
勇者としてバイト?
俺はこの時自分の五感全てを使い、前にいた世界とは違う世界にいることを悟った。
そういや。昨日意味のわからないところに電話したんだった。
「ちょっとよくわからないんですけど」
「お前の防具や武器ならそのクローゼットにしまってある。今日は昼の1時からパレードだ。遅れるなよ」
なんで無視するの。
むさ苦しい男はそれだけ言うとすぐに出て行った。
これが俺の電話したバイト?
いやいや、夢だよ夢。
こんな意味のわからないことが起こるとか夢しかないよね。
またも部屋の扉が開く。
「いがらしー!ラルルだよー!おはよ!」
聞き覚えのある元気な声が俺の名前を呼ぶ。
俺が声のする方向を見るとそこには金髪で小動物のような可愛さが滲み出ている少女が立っていた。
この少女がラルルなの?
ラルルと名乗った少女が俺に近づいてきた。
「これからバイトがんばるんだ!」
右手でガッズポーズをする少女。
「これっていったいどういうことですか」
「あの張り紙はね。異世界でバイトをさせるためだったの!」
異世界でバイトをさせるため?
今いるこの世界は異世界ということで俺の前にいた世界には戻れないの?
「あの。バイトやるって言ってないんですけど」
「そんなの知らないよ!勇者としてこの世界でバイトして頑張ってね」
そんなの知らないよ!ってこれもう俺もう拉致されてるんじゃないの?
勇者ってゲームとかでよくあるやつだよね?魔王とか倒したりするアレだよね。
「勇者としてバイト?」
「今、勇者が1人いなくて困ってたの!だからいがらしがいた世界に助けを求めたの」