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ロバート インモータル 3

 クリフトンは語った。

「私は数年前まで物理学の研究者として、大学に勤めていたんだ。部屋を見れば察っしはついたろう。もう定年しているけどね。今の私はいわゆる名誉教授ってやつだ......」


 彼は若くして教授となり研究に没頭して過ごした。彼の人生は研究と息抜きのチェスで占められていた。そんな彼の研究室にある若い女性が助手としてやって来た。彼女は決して美しくはなかったが、聡明であり、裕福な生まれではないが気品にあふれていた。そんな彼女だが、時々激情に駆られて攻撃的な言動をすることがあった。

 クリフトンはこの激情にもよく耳を傾けた。なんと彼女の言うことは筋が通っていたのだ! 彼は彼女のそんな所が面白く(これはファニー)、また魅力的に思った。魅力を感じつつ、どんな言動にも相手をしてくれる男と女が結びつくのは自然なことだった。


「私にも女性に対する外見的な好みがあったはずなんだがね。まったく、変な所に惹かれてしまったもんだよ」

 クリフトンは微笑して言った。


 彼はその女性と幸福な人生を添い遂げるものだと信じていた。しかし、幸福とは、ロマンスとは、短く限られたものだからこそ幸福であり、ロマンスたりえるのだ。

 女はある日を境に急にそっけなくなった。

「彼女は......別に男をつくっていたんだ。それも、誘われて参加するようになった政治団体でね。彼女はそのまま研究室を去ってしまったよ。その後人伝えに聞いたんだ。彼女が身籠っていたとね。」

 クリフトンは新聞を見てチェスの棋譜を並べながら話した。

 ロバートは二杯目のコーヒーをかき混ぜていた。

「それでも彼女が幸せなら良かった。しかし、男に捨てられ子供を抱えてホームレス同然の生活をしてると知ってしまったんだ。男ってのは不思議なものだよ。自分を捨てた女だというのに......彼女を守らなくてはならないと義務を感じてしまうのだから。ふむ、これは生物のオスに組み込まれる利他行動遺伝子のせいかもしれない......(おっと脱線)。

 私は、貸し倉庫を寝床に寒さに震える親子の前に現れることで、彼女らの守護天使になりたいと願った。彼女らを愛することで、私が愛されたい。そう思ったんだ。しかし私の現実は芸術として創作されたロマンスをなぞることはなかった。私は経済的援助を申し出た。ここからが可笑しいんだ。なんとだ。私に接近禁止命令が出たんだ」

 ロバートはテーブルから体を逸らしながらも、喉を鳴らして笑った。老人は話を続けた。

「可笑しいだろう? しかし人生が創作物を、芸術を模倣する瞬間とは、決して恋愛とは限らない。これまでドラマティックな戦いの人生を歩んできた君ならわかるだろう。

 私の劇場の舞台は、遠くから見守ることだった。未だに私は守護天使でありたいと願っているのだ......。

 君の......、栄光の天才児、チェスGMロバート・フリッツの棋譜を並べ、あれは、そうだ......全米王者ブラック・ハーモンを鮮やかなクイーンサクリファイスで下した試合。あの時に、君にチェスに魅了された男がいた。その男はロバート・フリッツの母の名を知ってさぞ驚いたそうだ」


 ロバートは全てを察したが、どう反応するでもなかった。半開きになった口を神経質に引きつらせ、眉を吊り上げて、テーブルを怠いリズムで指で叩いた。

 彼は自身の心が何も反応しないことの方に驚いていた。

『凡庸な創作物.......。まさに今がそうだ。俺の人生は今まさに芸術をなぞった。しかし、なんて凡庸で、陳腐で、薄っぺらい、独創性に欠けたドラマだろう。人間の本能は凡庸な創作に惹かれると聞いたが、天才の俺は惹かれないようだ。さてクリフトン......お前はどんな反応を望んでいる? 少なくとも、今の俺の表情ではないだろうが』


 手持ち無沙汰な沈黙に、クリフトンは新聞に目を落し棋譜の通りに手を指した。それはヴィクトールの指し手だった。

「難しいものだね。私の凡庸な棋力では一手一手の意味がわからんよ。これから先の展開も」

「今のが敗着だ。ヴィクトールのその手は間違ってる」

 老人は目を上げた。

「ほう。私はここでGMロバート・フリッツの講釈が聴けるわけだね」

「ああ、教えてやるよ。一回五十ドルだ」

 ロバートは無邪気に笑って言った。そしてチェスの駒を動かした。

「ニキータはこう返すだろう。続いてこう。別にニキータだからという訳じゃない。これが最善手で最善の手順なんだ。まあ、ヴィクトールがまた間違えてなければの話だが」

「ああ、その手順で進行してるよ。ふふふ......さすがロバート・フリッツだ」





 真田とラモスには、ロバートの行方の見当がつかなかった。彼らは念のためアメリカ国内のチェス大会の記録を調べたが、当然ロバートの参加した形跡はなかった。彼の育った孤児院も現在の居場所は把握していなかった。携帯電話会社から彼を辿ろうとしたが、彼の携帯電話は警察が持っていた。

「これかい? へぇ、持ち主はロバート・フリッツって言うの。あんたらは何? 本人? 違う? じゃあダメだね」

 警察はクソの役にも立たなかった。

 ラモスが声を荒げて、

「いいか。私は弁護士だ。乱闘騒ぎの被害者と碌に話もせずに帰して、回収した携帯電話を放置したままだったのか? これは問題だぞ。それに君は! アメリカが誇るGMロバート・フリッツを知らないのか!」

 と警官に詰め寄ったが無駄だった。


 真田とラモスは喫茶店でロバートの行方を探る方法を考えていた。

「俺の知らない、ロバートの知り合いがいるのか? あいつと仲の良いチェス棋士なんて海外にいるわけないだろうし......」

 と真田。

「アメリカ、いやニューヨーク市内ですら仲の良い棋士なんて限られてる」

 とラモス。

 二人はため息をついた。

『ロバート、ロバート、あいつは海外ではいつも一人だったはずだ......アメリカでさえ親密なのは俺くらいだったはず。アメリカでなら一緒にいれたが海外では......、あ!』

 真田はコーヒーを飲み干し、ポケットに入っているドル紙幣をまさぐった。ここで彼は思い出した。世界中でロバートと行動を共にしていたある連中を......。

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