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真田智史 6

 真田は会場を出て宿泊先のホテルへ戻った。部屋に戻ると真田はPCを開いて、チェスワールドカップのインターネット中継の録画を見た。画面には司会の出場かなわなかったロシアのFMと解説に世界チャンピオン、ニキータ・コトフと元世界チャンピオンのヴィクトール・ボルザコフスキーがいた。放送開始直後、ニキータは画面に向かって笑顔で手を振った。愛想を振るという行為を覚えたらしかった。おそらく、ヴィクトールかアレクサンドラが教えたのだろう。ニキータの笑顔に細められた目は長いまつ毛に輝き、小さな真紅の唇が口角を上げた可愛らしさと言ったらなかった。チェス界を知らない人間がこの放送を見れば、美しい女優がゲストに迎えられていると思うに違いなかった。誰もこの美しい少年が無慈悲に、鋭利に、残酷に、対峙する相手を切り伏せるとは夢にも思うまい。

 解説のニキータとヴィクトールはシードで三回戦からの出場だった。三人はテーブルに着いて、モニタに映される一回戦の対局を任意に取り上げ、コメントしていた。あるFMとGMの対局が取り上げられる。司会の男が「GM相手に中々善戦していますね」と言う。すると、ヴィクトールがクックと笑いながら、

「何を言っているんだね。ここからこういう手順で...... 」

 と言ってGMの勝ち筋を示したりした。

 ニキータは頬杖を付いて退屈そうにキャンディーを口の中でころがすだけで、ほとんど喋らない。

「ニキータちゃん、ご機嫌ナナメかな? ハハハ」

 司会の男がそう言って、

「他の対局を見てみよう」

 と、モニターに映し出される盤面を次々に切り替えていった。

「ロシア代表は皆、調子がいいね」

 ヴィクトールが満足そうに頷いて言った。

「あ、でも、このIMが負けそうですね。えー、相手はアメリカのGM...サトシサナダ... 」

 司会がそう言って映した画面を見て、ニキータは目を見開いた。顎に力が入って口に舐め始めたばかりにキャンディーを噛み砕いてしまった。

「初手から見せて」

 ニキータが言った。

 司会がモニターに映る局面図を操作して、真田とロシアのIMとの対局を初手から並べた。画面に釘付けになるニキータにヴィクトールが声を潜めて耳元で囁いた。

「彼はロバートのセコンドに着いていた男だろう。何かあったか? 」

「指し手が......ロバートに似てる気がして......」

「そうか」

 ヴィクトールにとって、真田がアメリカ代表で出場していようと、それはタダのアメリカ代表に過ぎず、注目するような存在ではなかった。

 画面に再現される対局を見て、ヴィクトールは、確かにロバートの指し手に似ていると思った。とにかく攻める超攻撃的な棋風。とにかく引き分けを嫌い、複雑な泥沼化した局面に引きずりこんででも雌雄を決しようとする棋風。

「サナダくんはそんなに注目する対象かね?ニキータ」

「相手の手がぬるくてわかんないや」

 ニキータは片方の眉と口角を上げて冷たくそう言った。

 確かに元世界チャンピオンのヴィクトールから見てもIMの手はぬるかったが、真田の手は明らかにタダのGMの手ではなかった。

『ロバート程ではないが......SGM(スーパーグランドマスター)並みの指し手が随所に見られる......この短期間で棋力を上げたのか?』

 ここで確かなことがひとつだけあった。ニキータの機嫌が良くなったということだ。


 真田はパソコンのモニターを閉じた。チェスタクティクスの問題集を片手に、ベッドに仰向けに倒れこんだ。天井はマス目模様になっていて、そこにチェスの駒が映し出されるように思えた。

『ニキータが俺を意識した。俺が相手になってやるぞ...... 』

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