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ロバート・フリッツ 1

 ロバートが生まれた時、彼は母と倉庫に住んでいた。父親の姿はなく、母も日銭を稼ぐのに忙しく、その間、ロバートは母の知り合いに面倒を見てもらっていた。ロバートは孤独だった。学校に入るまで、彼は同年代の子供と触れ合うことはなかったのだ。小学校に入学した頃、彼の母は社会主義運動に傾倒し、男を作り、ロバートを捨てた。ロバートは施設に入れられた。孤独で育った彼は、施設で他の子供とコミュニケーションを取ることができず、いつも一人でパズルに熱中していた。そんなロバートを見かねて、保母は彼と子供達にチェスを与えたが、ロバートは他の子供を相手にすることはなく、一人黙々とチェスに没頭した。


 ロバートは自身の幼年時代を振り返った手記を残している。

『覚えているのは、せまくて埃っぽい倉庫の中でいつも一人だったこと、母と一緒だったのは寝るとき、それと知り合いに生活費を借りに行く時だけ。それはとても恥ずかしかった。子供心にも自分が惨めな状態に置かれているとわかっていたんです。その頃は本当に、温かいものといえば母と共に入る布団だけでした。やがて母は私を捨てましたが、それで良かったのかもしれません。』


 ロバートがチェスに熱中して半年した頃、保母は彼をニューヨークチェスクラブに連れて行った。同年代ではなく大人相手なら、彼も人と関われるかもしれないと考えたからだ。


 しかし、クラブの者達は誰もロバートの相手をしようとはしなかった。大人達は7歳の子供を恐れた。万が一でも負けたりしたら? 大人の面子なんてあったもんじゃない! ロバートはここでも孤独に過ごすようになった。保母に付き添われ、チェスの本を読みふけっていた。


 ある日、一人の老人がロバートに声をかけた。

「お相手してくれるかな」

 保母は喜びの笑みを浮かべ、ロバートの両肩をつかんだ。

「是非! お願いします。ほら、ロブ、おじいさんがチェスやろうって! 」

 ロバートは恥ずかしそうに頷いて、老人と向かい合った。保母がロバートの肩を触った時、彼の体は熱かった。老人と向かい合っている彼の顔は紅潮している。


 ロバートは人生初の対局を黒星で終えた。

 老人は、彼が負けてショックを受けているのではないかと心配だったのか、彼を必要以上に褒めた。

「いやぁ、危なかった。君、きっとすでにレーティング1500くらいあるんじゃないかな。その年齢でこれはすごいことだよ」

 7歳の少年はこの言葉が聞こえているのかいないのか、ずっと眉間に(しわ)をよせたまま盤上を睨みつけていた。


 そうか1500程度か! いや、少し爺さんの誇張もあるだろうから1400程だろう。クラブの大人達はロバートを恐れなくなった。彼はようやく、このクラブの一員になれた。彼がチェスと出会い1年が経ったころ、彼のレーティングは2000を超えた。ロバートの指し手にはわかりやすいクセがあった。彼は中盤からチェックメイトを狙って無理攻めばかりしていた。これは彼が、もっぱら短手数で終わった棋譜を暗記してチェスを勉強していたことによる。

 彼の対局を見守る大人達はいつも横から口を挟む、

「ロブ、それは無理筋だ」

「それは手が早すぎる! 」

 その度にロバートは机を叩き、子供の高い声で怒るのだ。

「黙っててくれ! これはチェスなんだ! 」

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