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世界タイトルマッチ挑戦者決定戦 8

 大会は3日目を迎えた。ロバートはレオニードとの対局で、地元新聞では『チェス界の若き新星対決』などと書かれた。

 ロバートも対局相手のレオニードに対しては、

「タラスとは違って、彼は急戦調(きゅうせんちょう)のプレーヤーだからね、今日と明日の2日間は早めに決着をつけられるだろう」

 と語っていた。

 真田がいつものように控え室でロバートにコーヒーを差し入れ、廊下に出るとアレクサンドラがいた。

「おはよう真田さん。ゆっくりお休みになられました? 」

「ええ、まあまあですね。観戦記事を書くのに追われてるんで」

「観戦記事......ですか? 」

「ええ、記者ですから」

「どんな記事を書いてらっしゃるのかしら? 」

「日本人向けの簡単なものと、英語で配信する深く掘り下げた記事の2種類です。英語版では指し手の細かな解説まで入れてるので大変ですよ」

「それは、ご苦労様ですわ。あなたは......記事を書くに当たって、ロシア選手達の「検討」を参考にしたのかしら? 」

 アレクサンドラの目は真田を見据えているが、唇はわなわなと震えていた。

「今日はどうしました? いつもと様子がちがいますが......お疲れになってます? 」

「いえ、大丈夫よ。それよりも......記事は......」

「ああ、選手自身の検討は大会終了まで聞けないですからね。これからですよ」

 アレクサンドラは真田がロシアの「検討」知っているのか、知らないのか判断出来なかった。

『知っているなら......何か彼の言葉には私に対するメッセージが含まれているのかしら? 知らなければ、それに越したことはない』


 対局が始まった。舞台上の対局はまた変わった風景を描いた。レオニードが不思議な行動を取ったのだ。ニキータが舞台上をふらふらと歩き回るのはもう観衆にとっては当然だが、レオニードが頻繁(ひんぱん)に席を立ちタラスの対局を見ていたのだ。

 レオニードが腕を組み、監視でもするかのような目でタラスの横に立つと、タラスは彼を見つめ返し鼻で笑った。

 レオニードの不審な行動はもうひとつあり、普段は急戦調(きゅうせんちょう)の彼がここでロバートを相手に持久戦模様に持ち込んだのだ。

 ロバートは腕を組み盤面を見つめ、席に戻ってきたレオニードを(にら)んだ。(にら)まれたレオニードは気まずそうにロバートから目を逸らし、盤面だけを見るようにしていた。


 対局から1時間が経過したころ、ニキータが対局に勝利して舞台を降りた。これには観衆は思わず湧いた。12歳の少年がこの大舞台でトップランカーを相手に5連勝してしまったのだ。それもニキータは1手を指すのに5秒以上考えていない!


 2時間が経過した時、タラスが引き分けを取り、舞台を降りた。それを確認すると、レオニードは席を立つことはなくなり、目の前の盤面に集中するようになった。結果はロバートの勝ちであったが、終局した時はもう午後の対局が始まるギリギリの時間であった。


 真田は午後の対局の始まる頃を、廊下でインターネット中継のモニターを見て過ごしていた。今日は解説にヴィクトールがおらず、ロシアの強豪GM(グランドマスター)が2人で持っていた。

 中継はロシア語だったが、同時通訳で英語の字幕も流れていて、真田はそれを読んでいた。

 そこに例によってアレクサンドラが通りかかった。

「もう午後の対局始まるわよ」

「ええ、ここでしばらく中継を見てます」

「水を差すようで悪いけど、そこの英語字幕、随分(ずいぶん)と端折られてるわよ」

「ああ、やっぱり。そんな気はしてたんですけどね......ロシア語勉強しようかなぁ......」

 真田は顎を指で支えて言った。

「そうだ。レオニードに関してなんですけど......」

 真田の口からレオニードの名前が出て。、アレクサンドラはドキリとした。

「ここに来て得意形(とくいけい)を使わないってのは驚きました。何か新手(しんて)を用意してるのかと思ったんですけど、そういうわけじゃなかったですね。何を考えていたんでしょう」

「あなたは......どうしてだと思ったの? 」

「ううん、若いですからね。ただの気分か、チャレンジ精神を出したか......ですかね」

 そう言った真田は笑っている。


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