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世界タイトルマッチ挑戦者決定戦 6

 若き新星レオニード・ザハロフの2連敗に観衆は驚いた。いくらニキータがワールドカップの覇者とは言っても、世界トップランカーのマスター同士でレーティングもランキングも一回り以上格上の相手に連勝するのは滅多にないことである。観衆だけでなく、対局中の選手達も、これは意外だという表情を浮かべてレオニードを見た。

 レオニードは投了してすぐ、逃げるように舞台を降りていったが、ニキータはまたロバートの局面を一瞥してから舞台を降りた。


「やっぱりニキータはやりますね」

 モニター越しにその様子を見ていた真田が言った。

「......そうね」

 アレクサンドラが小さな声で答えた。

「ニキータのレーティング、どう思います? 日本人向けの記事には書いたんですがね。彼の2608という数字はまだ本当の実力を反映してはいませんよね。これまでは大会の中盤で途中棄権してたために、トップクラスのGM(グランドマスター)に当たる前に中堅マスターだけとしか公式戦では対局していない。つまり、手合い違いばかりだったために正確な数字が得られてないんだ」

「その通りよ。公式戦でヴィクトール相手に1勝を奪える時点で、彼のレーティングは少なくとも2700は超えてるわ」

「俺は2800相当と予測しますね」

「それじゃロバートとアーロン並じゃない」

 アレクサンドラは笑った。

「ええ、この3人で挑戦者争いをするでしょうね」


 舞台では残る3組の対局が続いていた。

 アーロンは勝勢を築いていた。彼も2連勝で1日目を終えるだろう。ロバートも優勢ではあるものの、中々決め手を見つけられずにいた。

『ジジイのくせに粘りやがる』

 これがロバートの感想だ。

 持ち時間を使い切った頃、アーロンが勝って舞台を降りた。次いでもうひと組も決着がつき舞台から去った。またもロバートとタラスが残った。2人は持ち時間を既に使いきり、秒読みに入っていた。局面はロバートの勝利がほぼ決まっていたが、実際に勝つまでにはまだ長い手数を必要とした。

 日が完全に沈んで、ロバートはようやく勝利を収め、2連勝で1日目を終えた。午後のロバート対タラスの対局はタラスの投了まで120手(将棋で言えば240手)を要した。チェスは1局平均50手程度で終わる。これを考えれば、老年のタラスがどれほど執念深く粘ったかがおわかりだろう。


 真田は控え室に戻ったロバートを訪ねた。ロバートは椅子に座り、机に突っ伏していた。

「お疲れさん。2連勝、さすがだな」

 真田の言葉にロバートは顔を上げた。真田は朝と昼同様にコーヒーを差し出した。

「サンキュー、サトシ。しかし、あまりにつまらない対局だよ」

 ロバートはまだ湯気の立つあたたかいコーヒーの香りを味わい、ため息をついた。

「アメリカへの対抗心があるのはわかるが、初日からあんなお互いに体力を削りあう対局なんか続けてられないぞ、全く。あのジジイは僕に対するサクリファイス(捨て駒)かよ」

「タラスが捨て駒か......じゃぁ本命馬は誰だと思う? 」

「さすが、サトシは記者だな。さりげなくインタビューなんて。サトシは誰だと思うんだい? 」

 ロバートは笑った。

「やっぱり、ランキング2位で連続で挑戦者になってるアーロンかな」

 真田は心にもないことを言った。

「アーロンだって? あいつは結局ヴィクトールの模造品さ。何回挑戦したってオリジナルは超えられないさ。それなら若い分あのレオニードとか言う小僧のほうがマシだよ」

 ロバートはコーヒーをひと口飲んで、またため息をついた。

「僕以外に可能性があるなら、ニキータさ。今日はあのガキのせいで随分(ずいぶん)気が散ってしまったが。明日は対局開始前に抗議を入れておかなきゃ」

「だいぶ疲れたみたいだな。さっさとホテルに戻ろう」

 ロバートは真田の言葉を聞き、軽く返事をした後にゆっくりとコーヒーを飲み干した。

「すまないが、サトシ。先に出て待っててくれ。ここで10分程横になりたい」

「ああ、わかった」

 真田は控え室から廊下に出た。するとニキータを除くロシア選手達がぞろぞろとアーロンの控え室に入っていくのが見えた。

『今日の対局の検討でもするのか? 』

 真田はそう思った。

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