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世界タイトルマッチ挑戦者決定戦 3

 選手達は舞台に揃い、それぞれが指定された席に着いた。テーブルには高級なチェスセットと対局時計とスコア(棋譜を記録する用紙)の他、選手のチェス国籍の国旗が掲げられている。(国籍とチェス国籍は別である。真田は日本国籍を持つ日本人であるが、チェスではアメリカの協会に所属しているのでチェス国籍はアメリカである。国際試合に出場する場合真田は日の丸ではなく、星条旗を背負うことになる)

 はためく国旗は1枚の星条旗を除き、全てが白、青、赤の「スラブ三色旗」と呼ばれるロシア国旗であった。


 テーブルに着いた選手達を報道陣のフラッシュがけたたましく照らした。ニキータが顔を伏せている以外、ロシア人選手達は、フラッシュを誇らしげに受けていた。ロバートはフラッシュがやかましいのか目をつぶっている。報道陣のカメラは1分経っても止まない。ロバートは目をつぶったまま、観覧席とは反対方向に顔を逸らした。

「フラッシュは嫌いかね? 」

 ロバートと向かいあって座る対局者のタラス・ブットが掛けている眼鏡を上げて言った。すでに年齢は50近いだろう。7:3に分けられた黒髪には所々白髪が目立つ。ふくよかな体と少し(たる)み赤みがかった(ほほ)は彼の酒好きを物語っている。だらしなく見えるこの中年の男、これでも世界ランキング6位のトッププレーヤーなのだ。

「嫌いだね」

 ロバートは目を開けずそっぽを向いたまま答え、言葉を続けた。

「網膜にフラッシュが焼き付くと、手を読むのに支障をきたす」

「君は完璧主義者なんだね。若いね」

 タラスのこの言葉に、ロバートはテーブルを指でトンと叩いた。老人特有の若者を見くびった言動が気に障ったのだ。

『この老人はここで叩いておかなければならない。叩いて叩いて、地中深くにうずめてやる! 』


 フラッシュが止んだ。ロシア語と英語で対局開始のアナウンスが聞かれた。

 ロバートは黒番を持った。白番のタラスの攻めを受ける1局になる。

 タラスはe4と初手を指した。ロバートはc5と返した。

挿絵(By みてみん)

 初手e4,e5と始まる戦型は研究がすすんでいて、マスター同士だと黒が引き分けを取れれば御の字と言われている。ロバートは引き分けなんかじゃ満足しない。初手e4,c5で始まるオープニング、シシリアン・ディフェンスは黒にも対等に勝機がある。ロバートはこの手で貪欲に勝ちを目指す意思表示をした。


 対局を見守る観覧者達は世界トッププレーヤー達の繰り出す1手1手を真剣に見ていた。真田は棋譜をメモするのに追われていた。同時に4局の対局を記録しつつ記事に書けそうな内容もメモする。記録に忙しいのは4局のうち1局が異様な進行をとっていたからである。

 ニキータ・コトフ対レオニード・ザハロフの対局である。レオニードはこの1年で急激に力をつけて世界ランキング5位に昇りつめた若き新星である。まだ24歳のこの青年は本来ならスタープレーヤーとして扱われてもおかしくはないが、ロバートとニキータの影にかくれてしまっていた。

 若い青年は苦しんでいた。輝く金髪を何度も手でかきあげ、白い大理石のような肌には汗が浮いていた。

 目の前の少女のような美少年は、椅子に退屈そうに踏ん反り返っていた。口からはキャンディーの棒がとび出ていて、その棒は美少年の舌の動きに合わせ震えている。レオニードが手を指せば、ニキータは秒もおかず瞬間で手をかえした。ニキータは1時間半ある持ち時間の内、まだ1分も消費していなかった。レオニードが考えている間、ニキータは対局者のレオニードはおろか、盤面も見ていなかった。彼はロバートを見つめていた。


 対局から1時間が経過した頃、レオニードは投了した。1回戦から大番狂わせが起きたと観覧者達は思った。しかし、これはモニターで対局を見守るヴィクトールには当然のことと思われた。観覧席に1人、声を出さず静かにガッツポーズをしてる男がいた。ニキータの父、セルゲイ・コトフである。

 レオニードは頭を抱え、うつむいて舞台を降りた。ニキータはキャンディーをくわえたまま、ロバートとタラスのテーブルに近付き局面を見て、首を傾げた。

 チェスの大会では対局者が席を立ち、他の対局を見物することは容認されている。しかし、首を傾げた行為がロバートをイラつかせた。

『おかしなガキが、なんのつもりだ』

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