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世界タイトルマッチ挑戦者決定戦 2

 挑戦者決定戦は8人がそれぞれ総当たりを4局戦う。つまり1人28局戦うのだ。1日2局を2週間という短期日程に詰め込むため、勝ち抜くにはタイトルマッチ出場に相応する実力は当然のこと、強靭な体力も必要とされる。

 各種メディアやブックメーカーなどの予想では、勝ち抜くのはアーロンかロバートのどちらかであろうとされた。ニキータは確かに、ワールドカップ覇者であり挑戦者相応の実力はあるかもしれない。しかし12歳の彼はいつも通り途中棄権するだろうと予測された。真田は英語版と日本語版共に、ロバートを応援するような記事を書いた。その記事には、「最大の敵はアーロンではなく、ニキータだ」とも書かれていた。


 挑戦者決定戦の会場はまるで演劇の舞台である。映画館のような観覧席にはやわらかなシートが用意されていて、そこに座ると舞台の上に並べられた4つのテーブルに着く対局者と、壁にベタベタと貼り付けられたスポンサー企業ロゴ、そして見上げればデジタル画面で表示される局面図を拝むことができる。

 真田は記者としてこの場に来ている。アメリカのロバートが参加するということで会社側は、決定戦の全日程を取材することを許した。

 真田は選手各々に与えられている控室のロバートを訪ねた。その際にロシア人選手の控室に何人もの人間が出入りしているのを見た。控室のロバートは意外にも落ち着いていた。

「やぁサトシ、コーヒーでも飲んでいくかい? 」

 控室にはコーヒーメーカーが置かれていた。ロバートはコーヒーメーカーを持ち上げ、様々な角度から覗いている。

「ここはロシアだ。スタッフもロシア人ばかりで信用ならないからね」

「俺は毒味係りかよ」

 そう言って真田は喫茶店で買ってきたテイクアウトのコーヒーをロバートの前のテーブルに置いた。ロバートから事前にコーヒーを買って来てくれと頼まれていたのだ。

「ロシアにもアメリカンコーヒーがあったぞ」

「助かるよ」

 ロバートはコーヒーをひと口飲み息をついた。

「緊張してないか? 」

 真田が言った。

「ああ、大丈夫さ。ヴィクトールとは五分五分の戦績だが、それ以外の奴には勝ち越してるからね」

「ニキータとは公式戦で初対局だろう? 」

「そうだな、2年前に相手しただけだからな。だけど大丈夫さ」


 真田は控室を出て、会場の記者用観覧席についた。観覧席は記者の他、著名なチェスのマスター達も多勢来ている。

 やがて、舞台上に女子世界チャンピオンのアレクサンドラが上がった。彼女は今年の女子タイトルマッチでウクライナ人女性選手の挑戦者を退けていた。彼女は簡単に開会の挨拶をした。

 その後、世界チャンピオンのヴィクトールが壇上に上がり、また簡単な挨拶をした。挨拶の中でヴィクトールは、

「この場でこうやって話すのも......これが最後だとうれしいのだがね」

 と冗談とも本気ともつかないようなことを言った。観覧席の者は冗談ととらえたらしい、軽い笑いが起きた。


 2人のチャンピオンが挨拶を終えると、選手が入場した。ロシア人選手はこの場に慣れているのだろう、堂々たる落ち着きぶりだ。ニキータも緊張していない様子だった。彼の上着のポケットが大きく膨らんでいた。チェスは基本的に対局中の飲食は自由であるが、舞台上にもニキータはキャンディー類を持ち込んでいるらしかった。ロバートも初参加だが、その歩き方からは絶対の自信がうかがえる。

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