世界タイトルマッチ挑戦者決定戦 1
2回目のロシア取材から2年が経とうとしていた。以下は真田の最近の記事である。
《チェス世界王者ヴィクトール・ボルザコフスキー、挑戦者アーロン・ガチンスキーを退けタイトル防衛》
『11月から開催されていたチェス世界タイトルマッチで世界王者ヴィクトール・ボルザコフスキー(ロシア)が3勝7ドローで挑戦者アーロン・ガチンスキー(ロシア)を退けタイトル防衛を決めた。アーロンは4年連続のタイトルマッチ出場であるが、いずれも敗れている』
《GMロバート・フリッツ、タイトル挑戦者決定戦出場決める、ノンロシアン選手の出場は10年ぶり》
『アメリカのチェスプレーヤーでGMのロバート・フリッツが、世界ランキングを3位に上げ、ランキングによりチェス世界タイトル挑戦者決定戦への出場を決めた。ロシア人選手以外が挑戦者決定戦に出場するのは10年ぶりだ。挑戦者決定戦は7月にロシアのサンクトペテルブルグで開催される。決定戦を勝ち抜いた者は11月に世界王者ヴィクトール・ボルザコフスキー(ロシア)とタイトルマッチを戦う』
《史上最年少GMニキータ・コトフ史上最年少でチェスワールドカップを制覇!史上最年少で世界タイトル挑戦者決定戦を決める》
『史上最年少の10歳でGMタイトルを獲得したニキータ・コトフ(ロシア)が12歳でチェスワールドカップで優勝し、世界タイトル挑戦者決定戦への出場を決めた。シード権を持たないニキータ・コトフは予選から勝ち上がり、準決勝で世界ランキング2位のアーロン・ガチンスキーを破り決勝に進出。準決勝でロバート・フリッツを破った世界チャンピオンでランキング1位のヴィクトール・ボルザコフスキーと決勝で戦い勝利した。12歳での挑戦者決定戦への出場は史上最年少であり、もし王座を奪えれば史上最年少の世界チャンピオンが誕生することになる』
以下は真田が書いたニキータについてのコラムである。
《やはり天才は変わっている? 史上最年少のGMニキータ・コトフ》
『ロシアのGMニキータ・コトフは10歳の時にGMタイトルを史上最年少で獲得した。これはそれまでのロバート・フリッツ(アメリカ)の13歳の記録を大幅に縮めた驚異的な記録である。
本稿の執筆者である私はニキータが10歳の頃にロシアで顔を会わせている。その他に彼が出場したヨーロッパ各地で開催された国際試合の取材でも彼の様子は確認している。
ニキータは挑戦者決定戦への出場を決めたワールドカップでの優勝が、初のビッグタイトルである。しかし彼がこれまでトーナメントの優勝に縁が無かったことには理由がある。彼はワールドカップ以前の出場した大会はすべて途中棄権しているのだ。チェスの大会は短い期間に何局もの試合を詰め込むため、勝ち抜くには強靭な体力も必要とされる。ニキータは大会中盤で疲れて、いつも父親の判断で棄権していた。
しかし驚くことには、実はニキータはまだ棄権以外での黒星がないのだ。彼は公式戦の対局でチェックメイトされたことがないのだ!
ニキータのレーティングは現在2608であるが、これは正確に実力を反映してはいないと思われ、すでに2750〜2800相当が妥当ではと推察される。
かつて、チェスのマスターであるヴィクトール・コルチノイは「正常なチェスの名人などいない。皆異常さに違いがあるだけだ。」と言ったが、それはニキータについても言えるだろう。彼は時々、その奇行で人々を驚かせる。ニキータはいつも大量のお菓子を持ち歩いている。よほどエネルギーの消費が激しいのか、彼は対局中は常に飴やチョコを食べている。国際試合での対局中に座っているチェアでくるくると回っていて審判員に注意されたこともあった。』
真田は取材で、ニキータが高機能自閉症と診断されたことがあるのを知っていたが、それは配慮からかコラムには書かなかった。このコラムには12歳のニキータの写真が何枚か添えられていた。相変わらずその美少年ぶりは健在で、ひと目、黒髪のショートカットの少女のようにしか見えなかった。長い睫毛は大きな目を縁取り、艶を輝かせていて、青い瞳そして目頭からは鮮やかな紅い肉が覗いていた。身長は160cmあるかどうかと言う程度であった。




