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ロシア再び 2

 4月のロシアはまだ雪が見え、冬を引きずっていた。真田がモスクワの空港に降り立つと、アレクサンドラがいた。メールで『私が迎えに行ってあげますわ』などと言っていたが、本当に来るとは思っていなかった。

「おや、女王自らお出迎えですか」

「メールで言ったじゃない。それにあなたと話がしたかったのよ。ちょっとお茶でもいかが? 」

「ええ、いいですね。ウォッカじゃなくて安心しました」

「それは偏見よ」

 2人は笑い、空港内の喫茶店へ入った。アレクサンドラはミルクティーを、真田はコーヒーを注文した。

 真田は熱いコーヒーをひとくち啜り、息をついた。豆の匂いが鼻へ溶け込んでいく。

「それで、話とは? 」

 席についてから真田が先に口を開いた。

「1つはロバートのこと。2つはニキータ。最後にあなたの3つよ。ニキータに関しては、あなたの方から聴きたいでしょう? 」

「ええ。ロバートの話というのは? 」

 アレクサンドラは左手で髪をかきあげ左耳にかけた。

「単純な話よ。ロバートとニキータを対局させたいの。ロバートはあの通り偏屈でしょう? 私達が促したって絶対に拒否するわ。だからあなたから、それとなく勧めてほしいの」

 ロバートの偏屈具合いはこの3年で世界に広まってしまっていた。

「ロシア人の言うことは絶対聞かないでしょうね。こちらとしてもロバートとニキータの対局は見たいので、勧めてみましょう。じゃぁ、ニキータについて聞かせて下さい」

 アレクサンドラは少しニヤついた。

「ただの笑い話よ」

「笑い話? 」

「私はニキータに負けてるのよ」

 アレクサンドラは両肘をテーブルにつき、両手で顔を支えて言った。

「彼ももうGM(グランドマスター)でしょう。レーティング差から言っても、負けたって不思議じゃない」

 真田の言葉にアレクサンドラは首を傾けた。

「私が負けたのは3年前よ。それも完敗」

「えっ」

 真田はテーブルに身を乗り出した。

「ニキータは3年前の......7歳の時点で既に並みのGM(グランドマスター)じゃ相手にならない実力を持っていたわ。それをヴィクトールが毎日のように付き添って指導してるのよ」

「でも、ニキータはこれまで大会では目立った成績は残してませんが」

「全部途中棄権してたのよ。実力があったって、1日に何局も本気でチェスを指すのは子供の体力には不可能だったみたいですわ。いつも途中で疲れて寝てしまってたの。ニキータが世界のトップに立つのも彼の体の成長次第という所ね」

「不思議な子ですね。これだからマインドスポーツの世界は面白いんだ」


 真田はコーヒーを口にして、

「最後に僕についてでしたね」

 と言った。

 アレクサンドラは笑顔で首をまた傾けながら、

「あなた結婚はしないのかしら? 」

 思ってもいなかった質問に真田はコーヒーでむせた。

「あなたもう29じゃないの。お相手はいるの? 」

「まさかの質問ですね。相手も予定もありませんよ。そちらはどうなんです? 」

「ふふふ、秘密よ」

 そう言ってアレクサンドラはミルクティーを飲み干した。

「せっかくロシアまで来てくれたんですもの、私と一緒にちょっとした思い出作りはいかがかしら? 」

 真田は唇を噛み、眉を釣り上げた。

「どのような? 」

「ご安心なさって。一緒に来て欲しい所があるだけよ。あなた......占いはお好き? 」


 2人は空港を出て、モスクワ市内に入った。雑貨屋や菓子屋が並ぶ通りに趣味の悪い、毒々しい色のテントがあった。

 アレクサンドラがそこを指差し、

「あそこよ、テレビで紹介されてるのを見ちゃったの」

 と言った。彼女の目は10代の少女のように輝いていた。女性の占い好きは万国共通らしい。

 中に入ると、宗教的な人形やアクセサリーがテントの中に置かれた棚にたくさん飾られていた。テント内中央には七色の石でできた首飾りをつけ、マントを羽織った老婆が卓に着き佇んでいた。アレクサンドラと老婆はロシア語で何か声を交わした。それから真田の方を向き、

「良かった、見てくれるわ」

「何を占ってもらうんだい? 」

「お互い、結婚を見てもらいましょ」

「通訳頼むよ」


 まずアレクサンドラが老婆の前に座った。ロシア語で話しているので、真田には何を言っているのかわからない。話が終わった所で真田はアレクサンドラに

「何と言われたんだい? 」

 と聞いた。

「そうね、あまり良くなかったわ」

「ずるいなぁ詳しくは秘密なんだね」


 続いて真田が老婆の前に座った。アレクサンドラがまた老婆と声を交わす。そして老婆の話を聞いて、英語で真田にそれを伝えた。

「あなたは精神の塊みたいな人だそうよ。結婚に相応しい人は中々いないって......残念ね」

 そう言うアレクサンドラは笑っていた。

 すると突然老婆が真田の手を掴み、何か大きな声で言った。アレクサンドラはそれを聞いて口をへの字にして、眉を釣り上げた。真田は軽く吹き出し、

「なんて言ってるんだよ」

 と言った。

 アレクサンドラも首を傾げて、

「あなたに......悪魔が憑いてるって......」

 と言った。言い終えて、吹き出した。

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