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ロシア再び 1

 ロバートがアメリカを旅立ってから3年、彼は18歳になった。ヨーロッパ各地の国際大会で活躍し、全米選手権は3連覇していた。レーティングは2800に乗り、世界ランキングは11位まで上げた。アメリカに残る真田はと言うとレーティングを2500に乗せGM(グランドマスター)タイトルを得たが、そこで伸び悩み、停滞していた。

 この3年間、アレクサンドラとはメールの遣り取りと、女子世界タイトルマッチの取材でしか顔を合わせていない。そのタイトルマッチも開催は中国、イギリス、フランスとロシア国外であり、真田はあれから3年、ロシアには足を踏み入れていない。そんな時に、アレクサンドラからのメールが真田にロシア取材の口実を与えた。


『あなたがロシア語に堪能ならば既に知っているかもしれないけれど、一応私からもお知らせしますわ。史上最年少IM(インターナショナルマスター)だったニキータ・コトフが今日のトーナメントの結果でGMに内定しましたわ。10歳でのGMタイトル獲得は、ロバートの記録を覆して、これも史上最年少よ。今度ロバートがモスクワに来るのは御存知でしょう。ニキータとロバート2人が揃うのよ。ロシアまで足を運ぶ良い口実になるんじゃないかしら? 』


 真田は早速、ロシア取材の許可を会社から得た。


 この3年でチェス界にはアメリカのロバート、ロシアのニキータと新星が登場し、チェス帝国の行方に注目が集まった。3年で変わったのはチェス界だけではない。アメリカとロシアはウクライナの資源を巡って対立を深め、武力の衝突こそないものの、経済、サイバー、情報などあらゆる分野が戦争状態とも言えた。この対立の様相はチェス界にも持ち込まれた。ロシア代表と戦う世界代表はロバートやブラックなどのアメリカ人、その他にはイギリス・フランス・イタリアなど西側諸国が名を連ねていた。それはまさに西側と東側の戦争であった。ロバートは自分はロシアと戦う英雄だと考え、この代理戦争的な様相に満足していた。しかし、ロバートの思いとは裏腹に、この国家間の争いは彼の未来にとって暗い影を落としていた。

 ロバートは定住先を持たずに世界各地を飛び回っている。身元の保証は彼が過ごした孤児施設がしていた。この国際情勢の中、社会主義者の母を持ち、ロシアを中心として世界各地を回り何ヶ国語も堪能に操るロバートは政府からスパイではないかと疑われた。そして、彼が常人とはかけ離れた高い知能を持っていることも、警戒される要因の1つとなった。

 ある時、ロバートがロンドンのカフェにいると、いつも同じスーツ姿の男2人組がいることに気が付いた。ロンドンにいる時はいつも同じカフェでランチを摂ることが半ば習慣になっていた。男2人は紅茶を飲み、ロバートを横目でチラチラと見ていた。ロバートは席に座ったままスーツ上着の内ポケットからお金を取り出し、店員に代金とチップを渡し立ち上がった。すると男2人もロバートを見て、ポケットからポンド札を取り出した。ロバートはそれを見て、男2人と同じテーブルに体を滑りこませた。

「やぁ、アメリカ人だろ? 」

 ロバートが男2人に声をかけた。男は驚いた様子だったが、

「いや、私達はアイリッシュだが」

 と気取った英語で言って紅茶を(すす)った。

「嘘をつくんじゃない」

 そう言って、ロバートはテーブルの上に置かれたしわくちゃのポンド札を指差した。

「品の無いアメリカ人に、紳士は演じられないよ。本当はコーヒーが飲みたいんだろう。奢ろうか? 」

「いや、結構だ」

 今度はクイーンズイングリッシュの真似事はやめて、アメリカ英語で答えた。

「どこの捜査官かは知らないが、僕は母とは違う。星条旗を掲げてロシアと戦っているんだ。君達と同じだよ」

「戦ってるだって? 」

 男2人はニヤけた顔を見合わせ、

「チェスをやってるだけだろう」

 この言葉にロバートはテーブルを叩き、立ち上がった。

「僕をつけまわすなら、もっと知性のある捜査官を頼むよ」

 そう言ってロバートはカフェを後にした。彼の周りにはいつも捜査官の影があり、チェスの出来ない人間以外は怪しいと決め付け心を開かなくなった。

『僕が世界チャンピオンになれば! 僕がロシアを倒せば! みんな僕をアメリカの英雄と認めてくれるはずだ! 』

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