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ニキータ・コトフ 3

 セルゲイはニキータが高知能であることを知ると、様々な知育パズルやカードを与えるようになった。父から与えられた課題はニキータにとっては退屈なものだった。

「ニキータできたか? ああ、これは簡単か。次はもっとレベルの高いのを買ってくるよ。ニキータ、お前は天才なんだな。パパはうれしいよ」

 セルゲイの嬉々とした態度にエレーナは腹を立てた。「自閉症の疑いあり」と診断されて、自分は不安になった。だというのに、なぜこの男は一緒に不安がってくれていないのか。

「あなた! 何がそんなに嬉しいのよ! 」

「何を怒ってるんだ。ニキータがギフテッド(天才)だとわかったんだ。こんなに嬉しいことは...... 」

「うちの子は病気なの! 普通の子とは違うの! 」

 このような夫婦の言い争いが度々起こるようになった。ニキータはその度に父の部屋へ行き、数学の本を開いて幻想に酔った。

『ここでこうしていれば、あの不快な音を聞かなくて済む』

『つまらないパズルをやらされることもない』

 ニキータは父の書斎での酩酊を愛していたが、母はニキータが普通の子になるように動いた。

 ニキータを積極的に外に連れ出し、他の子供達と一緒に遊ばせようと考えた。母に公園に連れて行かれたニキータは、誰かと一緒に遊ぼうとはしなかった。それどころか会話すらしなかった。エレーナはニキータの背中を押し子供の輪の中に入れようとする、他の子供もニキータに向かっては行くものの、ニキータは徹底的に無視した。結局ニキータは風に揺れる葉や、飛ばされるゴミをじっと観察するのみだった。こんな息子を前に母はベンチで頭を抱えた。

 家に帰ればすぐに父の書斎に走っていく。これもエレーナを苛立たせた。息子が自分よりも父親の方に懐いている気がしたのだ。

 ある時、エレーナは父の書斎の前を椅子で塞ぎ、ニキータが入れないようにした。ニキータは父の部屋の前で壁にもたれて座り、部屋が開けられるのを待っているようだった。エレーナが様子を見に行くと、ニキータは幼児とは思えない目で睨みつけてきた。そして母にこう言った。

「ここを開けて」

「私に向かってその態度は何よ! 」

 エレーナはニキータの(ほう)を叩いた。ニキータは頬を手で押さえていた。エレーナはニキータが泣き喚くものと思っていたが、ニキータは冷静だった。

「何で痛くするの? 」

 予想外の息子の反応にエレーナは一瞬我に返ったが、こちらを見つめる冷たい目にまた腹を立てた。

「あなたが悪いのよ! 」

「どうして? 」

 間髪を容れずにニキータが言った。

「どうして? どうして? どうしてあなたは久しぶりに喋ったかと思ったらそうなのよ! 」

 感情的になる様を目の当たりにして、これまでエレーナを見ていたニキータの顔が、ついにそっぽを向いた。


 ニキータは3歳になってすぐに公立の保育園に入れられた。セルゲイは気が進まなかったが、エレーナは仕事に早く出たいからと押し切った。

 保育園はニキータにとって少しだけ良い影響を与えた。ここで退屈な絵本の読み聞かせを受けて文字を覚えた。

 スケッチブックとクレヨンがニキータに表現の手段を与えた。他の園児が、何かのキャラクターや、パパママと言って顔から手足の生えた物体を描く中、ニキータは「幻想の酩酊」を描いた。しかし、スケッチブックに描かれたそれは、ただの図形と線形が様々な色で乱れて合わさっているものに過ぎなかった。常人にはぐちゃぐちゃの落書きにしか見えない。ニキータはそれを、

「パパの部屋! 」

 と言って保育士や他の大人に自慢気に見せた。大人達は皆、同じ誤解をし苦笑いした。


 文字を覚えてから、それまでは共感覚の見せる抽象物に頼っていたニキータの思考は具体性を得た。セルゲイの本の内容を真に理解するようになった。目の前に広がる幻想は具体的な形を持ち、様々に変化した。ニキータはこれら数学の論理が幻想を生み出すのだと確信した。

『これでみんなに僕が見てる素晴らしい世界を見せてあげられる!』

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