全米選手権 3
展開はブラックに有利なものとなっていた。ロバートはカウンター攻撃を狙うタイミングを窺っていたが、ブラックの攻めは止むことがなかった。ブラックはBc5とロバートのクイーンに攻撃を当てた!
チェスはキングを取られれば負けであるが、最も強力な駒であるクイーンをタダで失うことも負けと同義である。とにかくクイーンを逃げなければならぬ! しかし、ここでロバートは信じられない手を指した。Be6!である。
ブラックは身を乗り出した。目の前の対局相手が常識では考えられない手を指したのだ。量の少ない髪をかきあげ、テーブルに肘をついた。ロバートを見た。致命的なミスをして焦っている......ようには見えない。クイーンをこの局面で失って良いわけがない。ブラックは手の震えを抑えて、黒のクイーンの頭を掴んだ。ロバートの顔は変わらない。黒のクイーンを盤から除外し、そこには白のビショップが居座った。
ロバートは間を置かずにBxc4+!(ビショップテイクスシーフォーチェック)と手を返した。クイーンとビショップの交換になった。チェック(王手)をすることで攻めの手番がロバートに移ったが、クイーンという強力な攻め駒を失ったゆえに、攻めの手は続かないとブラックは考えた。
『攻め駒が少ない。もはやガトリングなどではなくなった。ただ何丁かのピストルを持っているに過ぎない。少年よ、私の勝ちだ』
ブラックはロバートのビショップでの王手から逃げた。ロバートはNe2+とナイトでブラックのキングを追いかけ、またチェックした。キングの逃げ道は一箇所だ。そしてさらにチェックは続くだろう。
『しかしチェックメイトまで続くわけがない。大丈夫だ。逃げ切れば私の勝ちだ』
また、ロバートを見た。表情は変わらない!
『虚勢を張るのはやめたまえ!少年! 』
チェックの嵐は収まらない。ブラックは言い知れぬ不安に襲われる。これが詰み筋なわけがない。そう言い聞かせる。
『チェスで最も難しいのは有利な状況で勝ちきることなのだ。私は試されているのだ』
チェックの嵐が止む。渡された1手で攻める。しかし届かない。ロバートのキングは最序盤に守りを固めていたからだ。ブラックの攻撃は空振りに終わる。そしてまたロバートの攻撃が始まる。ここで、ブラックの読みはロバートに追いついた。
『ああ、彼のガトリングは失われていなかった。読みは私の何百手先も行っていた。罠にかかったわけじゃない。最初からここまで、私は彼の手の平の上だったのだ』
ロバートとブラックが握手をして席を立った。選手達の目は講堂を出て行く2人を追っていた。2人の姿が消えたところで、選手達は自分の対局を放り出して席から立ち上がり、ロバートとブラックの終局図を見た。
「信じられない! 」
「黒のクイーンはいつ消えたんだ! 」
「どうしたらこうなる! 」
「ロバートがやったぞおおお! 」
会場が騒がしくなった。このままでは対局が止まってしまうと、運営スタッフが選手達を対局席に押し戻した。
対局を終えた真田はロバートとブラックの終局図を見た。見事なチェックメイトである。
全米選手権は最終日すべての日程を終えた。ロバートはその後も勝ち続け、全勝で優勝した。史上最も若い全米チャンピオンの誕生である。
表彰式を終えて、インタビューと撮影から開放されたロバートにブラックが駆け寄った。
「おめでとう。チャンピオン」
「まだだよ。まだチャンピオンじゃない」
そう言うロバートの顔は満足気だ。
「そうか、これからだな」
真田は参加者40人の内13位と堂々の結果を残した。
ロバートの優勝を決めたこの1局は後々、「世紀のゲーム」として語り継がれた。




