全米選手権 1
今年の全米選手権はニューヨークで行われる。会場はロバートと真田のホームであるニューヨークチェスクラブだ。ロバートは今まで何度か全米選手権に参加していたが、国内の強豪GM、そして世界ランキングトップ層に名を連ねるブラック・ハーモンに優勝を阻まれていた。ロバートは去年から現在までにGMタイトルを獲得し、レーティングを大幅に上げて世界ランキング上位に食い込んだ。アメリカ国内ではブラックに次ぐ実力者になっていた。
全米選手権はスイス式トーナメントで1週間の日程で行われる。(スイス式トーナメントは複雑な大会方式ですが、正確に説明すると長くなります、簡単に言うと変則的なリーグ戦です)
ロバートとブラックそして強豪GM達は優勝を狙うが、真田は何勝かして中位に入れれば御の字だと考えていた。
会場のニューヨークチェスクラブでは、普段は2階に集まっているマスター達も1階の広い講堂に顔を揃えている。ここで1日2局を1週間続けるのだ。真田は人混みの中、タクティクス問題集でウォーミングアップをしているロバートを見つけた。ブラックもチェステーブルに向かい、目を瞑って神経を集中させていた。ブラックは50代と思われる、白髪混じりの頭をした太った白人だ。
やがて、講堂の壁に対戦表が張り出された。各々が自分の対戦相手と手番を確認する。真田の相手はレーティング2500台のGMだ。全米選手権ともなると、その参加者はほとんどがGMで、その2つ格下資格のFIDEマスターである真田は珍しかった。
「アジア系?いや、日本人かい?」
指定された席に座ったところで対戦相手のGMが真田に話かけてきた。カジュアルな紳士用のスーツに身を包む、40代程の白人男性だった。
「ええ、日本人です」
「将棋の国の人かい。これは恐ろしいね。チェスはいかほどかな? 」
「取った駒を使えれば、世界チャンピオンになれます」
男は軽く笑った。
講堂の奥の一段高い場所に運営スタッフが現れた。腕時計を神経質に見ている。
「時間になりました。対局を始めてください」
スタッフの言葉を合図に一斉に対局が始まった。木製の駒をの盤に打ち下ろす音、駒を盤上を滑らす音そして対局時計のボタンを打つガコガコという音が騒がしく響いた。
対局が始まってからは静かなものである。駒音以外に聞こえる音といえば、男達のため息と時折席を立つ音だ。
しばらくしてロバートが席を立つのが見えた。勝負がついたらしい。真田はというと目の前のGMと持久戦模様となっていた。地味な終盤で勝負を決めることになる。次いで、全米チャンピオンのブラック・ハーモンが勝負をつけて席を立った。
ロバートは講堂の外の廊下に設置してあるベンチに腰掛けていた。腕を組み、足首を交差させて瞑想するように目を閉じていた。ロバートの隣にブラックが座った。
「やぁ、ロバート」
ブラックがロバートに声をかけた。
「何? 」
「私たちはいつ当たるかな? 」
「さぁね」
スイス式トーナメントでは、総当たりリーグ戦とは異なり、勝ち負けによってマッチングがその都度決められる。トップを狙う者同士は勝ち続ければ必ずどこかで当たることになる。
「私は最後がいいな。全勝同士で優勝決定戦をやるんだ」
「僕には関係ない」
ブラックは優しく微笑み、上着の内ポケットからお菓子の包みを取り出した。
「ぶどう糖だよ。いるかい? 」
「サンキュー、もらっとくよ」
真田も対局を終えた。地味な終盤戦を、優位なポジションを得て勝ちを納めた。




