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ロシアのあとがき 3

 4月になり全米選手権につながる予選の大会がニューヨークで行われた。ロバートはアメリカランキング2位に上がったことにより、予選免除で本戦に招待される。

 ニューヨーク予選では真田は優勝こそ逃したものの、2位となり全米選手権への参加権を得た。


 ニューヨークチェスクラブでは、もうロバートの相手になるプレーヤーはおらず、週末は相変わらず真田とトレーニングをしている。真田はまだ資格こそFIDEマスターにとどまっているが、GM(グランドマスター)と対等の実力を持っていた。


 いつも通りクラブで対局をしていた真田は、ロバートの顔つきがロシアから帰国して以降変わったことに気が付いた。(くぼ)んだ目はただでさえ影を持つのに、彼の目の下にはくまが出来ていて、鋭く見えるようになった。(ほお)はこけ、丸顔だと思っていた彼の顔は、実は面長だということに気が付かされた。

「ロバート、ちょっと散歩に行かないか? 」

 真田はチェスクラブの2階の窓から外を眺めて言った。傾きかけた太陽は砂埃にまみれた通りをあたため、もうすぐ夕日になろうとしていた。

「なんで? 」

 ロバートは頬杖をつき、チェス盤を見つめたまま無愛想に答えた。

「気分転換さ。ハンバーガーでも(おご)ってやるよ。ポテトとコーラ付きでもいいぞ」

「子供扱いしなくていい。お金は持ってる」

 ロバートは大会の賞金や、ロシアであったようなチェスイベントのゲスト、チェス雑誌の連載などで稼いでいた。

「俺が付き合ってほしいからだよ。行くだろ? 」

「わかった。バーガー・ジャックだ」

 バーガー・ジャックとは値段が高めのグルメバーガーを提供する人気店である。

「並ぶんじゃないのか? 」

「気分転換だろ」


 2人はクラブを出て、通りに出た。通りは雪解けによって(あら)わになった(ほこり)とゴミで薄汚れている。

「なぁ、ロバート、いつか日本に来いよ。日本の綺麗な街並みを見せてやる」

 真田が言った。

「そうだな、連れてってくれよ」


 ハンバーガー屋は昼のピークを過ぎ、並ぶ時間はとられなかった。

「遠慮しなくていいからな」

 真田は大人ぶる。もしかしたらロバートの稼ぎは真田よりも多いかもしれない。

「遠慮するつもりなんて始めからないさ」

 真田はハンバーガーとポテトとコーラを頼んだ。ロバートはハンバーガー2つとコーラだった。


「帰国してから頑張ってるな」

「ああ、僕は世界チャンピオンになるんだ」

 ロバートは大きな口でハンバーガーにかぶりついた。

「アレクサンドラが言ってたよ。お前の実績はまるで伝説のチャンピオンの軌跡を聞かされてるようだって。だからロシアは当然マークしてるってさ」

「だろうね。マークされようが、1人1人倒せば良いだけだよ」

 ロバートはハンバーガーを1つ食べ終え、

「やっぱりポテトが必要だ」

 と言って、真田が差し出した5ドル札を取って立ち上がった。


 レジに右手で5ドル札を置き、ジーンズのポケットに左手を入れて待つロバートは、14歳ながら日本人の大人と同等の体格になっていた。アメリカ人のロバートはまだ大きくなるだろう。


 席に戻ってきたロバートに真田が言った。

「ロバート、俺の知識から1つアドバイスだ」

 ロバートは真田の方をチラと見て、ポテトを口に運んだ。真田は言葉を続けた。

「将棋は知ってるだろ? 将棋の名人、つまりチェスで言うと世界チャンピオンに当たる人だ。その人は20年以上将棋界のトップであり続けている。ロシアのヴィクトール・ボルザコフスキーだって10年だ。その名人についてだがな」

 ロバートは黙々と飲み食いしているが、真田の言葉に興味を持って聴いていた。

「名人は毎日将棋のトレーニングと研究をするのは当たり前だが、頭を空っぽにして散歩したりする時間を大事にしているそうだ......ロバート、あまり根を詰めるな」

「なるほど」


 2人は食事を終えた。店の窓から見える通りは夕日に染められていた。真田が店を出ようとすると、ロバートはレジに立った。

「どうした? 」

「同じ部屋の奴らにお土産さ」

 孤児施設で暮らすロバートは、相部屋の子供達のために持って帰るつもりだ。真田は財布から100ドル札を出し、

「何人だ? 」

 と聞いた。

「いや、これは僕が払う。ちなみに......10人だ」

 ロバートは真田に笑いかけた。

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