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ロシアのあとがき 2

「この距離は何だと思う? 」

 少年は真田に問いかけた。

「さぁ......実力かな」

「そうかもね」

 少年はガラス越しに笑顔になった。

「じゃぁ、このガラスは? 」

 少年は右手の人差し指でガラスをつつきながら、また聞いた。

「俺の実力は......ここで頭打ちということか? 」

「違うよ」

 少年は口をへの字にして、真田のことを舐めるように見た。そして小さな紅い口を動かした。

「君の魂は異質なんだ。僕達とは少し違う。でも......その魂は今、眠っているみたい」

 そう言いながら、少年は(ひたい)をガラスに当てていた。

「君は誰だ?俺達はどこかで会っているのか? 」

 真田がこう聞いた時、少年は相手の話に聞き飽きた女性が枝毛を探すように、自分の髪の毛を弄っていた。

「ちょっと、君! 」

 真田はガラスの壁をノックして呼びかけた。

「何?」

 少年は顔を上げた。子供の不思議な行動を目の当たりにした大人がそうするように、真田は微笑みながら、

「君は何者なんだい? 」

 と聞いた。

「あのねぇ、これのすべてを......見せるみたい」

 要領を得ない返答をした彼の手に小さなチェス盤が現れた。

「すべて? 」

「そう、すべて」

 そう言う少年の手に乗っているチェス盤上の駒は目にも見えぬ速さで動いていた。

「チェスのすべてを見せるだって?君は※悪魔メフィストかい? 」

「そうかも、でも僕だけじゃない。1人じゃチェスは見せられない。もう1人必要なんだ」

 少年はガラス越しの真田と、ロバートを笑顔で交互に見た。

「俺か、ロバートのどちらかが君の相手をするということか? 」

「さぁね」

 真田はさっきから明確な答えを返さない少年が不思議でならなかった。

「君も夢を見ているのかい? 」

 真田は少年に聞いた。

「僕は違うよ」

「君は誰だい?僕と会ったことがあるのか? 」

「会ったこと......あるよ」

 少年は真田とあったことがあるらしい。

「どこで?いつ? 」

 真田はガラスの壁に両手をつき、必死に問いかけた。しかし、ここで彼の夢は終わった。


 目覚めた真田はあの少年とどこで会ったのか、もしくは見たのか考えた。

 まず、あんな美しい人に会っていれば、女性だと思っていても憶えているはずである。それが男性だったとあれば尚更だ。

 そして、透き通るような白い肌に青い瞳から彼が白人であることは確実である。


 真田が海外に出たのは26歳で奨励会を退会してアメリカに来たのが初めてである。アメリカであんな美人に出会ったことも見たこともない。もし、日本で会っていたならおぼえているはずだ。それに日本とアメリカで真田と顔見知りのチェス関係者は限られている。


 そうなると、(おの)ずとロシアが頭に浮かんだ。

『まさか会場のトレチャコフ美術館にいたのだろうか?「会った」と言えるような人はそう多くない。その中に14〜15歳程の少年はいなかった』

 真田はあの夢の中での年齢はあまり意味がないことを思い出した。

『あの少年は最初10歳か、それに満たない程の姿をしていたではないか。それに時々見えるロバートだって、幼く見えていたことがあったじゃないか!』


 真田は1人の少年を思い出した。

『ニキータ! 』


 公園で出会ったニキータという少年は青い目をしていた。ロシアはまだ冬であったために、上着のフードをかぶり、マフラーで顔の下半分は見えていなかった。フードからは黒い髪がのぞいていた。


『しかしだ、顔を全部見てはいないのに何故、夢の中では顔が見えていたんだろうか?』

 真田は自分の夢で起きている矛盾は、自分が勝手に付け足した記憶だと決めつけた。


『もしかしたら......遠い昔に映画で見た女優かもしれないじゃないか。真面目に考えることじゃない。』

※悪魔メフィストとはゲーテ著『ファウスト』の中に登場する悪魔です。

メフィストは、飽くなき知識欲と探究心を持つファウスト博士に「この世界の、宇宙のすべてを見せてやる」とファウスト博士を誘惑し、代わりに魂をもらう取引をします。


『ファウスト』は名作文学なので小説好きの方は是非読んでみてください。

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