ワシントン公園 3
黄色く染められていたアスファルトは、赤く色づいた。秋の風が男たちに花粉や砂ぼこりを吹き付ける。
局面は進み、真田は優位を拡大していた。指し手こそ遅いもの、この将棋指しはまだミスらしい手は指していなかった。それに対して相対しているみすぼらしい考えることを知らない男は、悪手を繰り返していた。中盤から終盤にさしかかる。将棋指しの魂は呼びかける、「詰みを探せ!最短で寄せ切れ!」真田が指した手は13手目、Bxh6!ビショップで黒のh6ポーンを取り、黒キングに攻撃を迫った。後ろにはビショップ、ナイト、クイーンが控えている!
観衆は息を飲む。チェス経験豊かな公園の「講師」は、アジア系と思われる、チェスが初めてだと言う青年にチェックメイトされようとしている!「講師」は突然両手で駒をぐしゃぐしゃに崩した。
「ここまで!終わり。無料はここまで! 」
観衆は2人を交互に見て意地悪に笑う。真田は手を男に差し出した。
「ありがとう、良いレクチャーだった」
男はフンっと鼻を鳴らしながら握手を受け入れた。
「あんた、初めてなんて嘘だろ。初心者がこんなに指せるわけねぇ」
「本当に初めてですよ。日本で似たようなゲームをやってまして、その影響でしょう」
真田は社交辞令的笑みを作りながら言った。真田は「将棋」とは言わなかった。
男は将棋の存在は知らないと見えたが、タイには「マークルック」、中国には「シャンチー」などのチェスのようなゲームが様々存在することは心得ていたらしい。「そうかい」と一言呟き、
「また来てもいいぜ。ただし、次は有料な」
「是非」
真田が平日の午後を公園で過ごしていたのにはわけがあった。真田は日本向けコラムの執筆を任されていたが、書くネタがなかった。ネタ探しのために彼は公園をホームレスと共にさまよっていた。ニューヨークの安アパートに着いて、パソコンを開いた。ワシントン公園での出来事を綴った。そのコラムに『ワシントン公園のチェステーブル』と題した。
『平日の午後、ワシントン公園のチェステーブルには大勢の男達が集まる。彼らが何を生業としているのかは不明だ。決して見なりが清潔とは言えない彼らには、誰にも負けないと自負する特技がある。それがチェスだ。彼らはチェステーブルにプラスチックの駒を打ち付け、公園に乾いた音を響かせる。タバコの煙を吐き出しながら対局相手に悪態をつく彼らに、周りは眉をひそめるだろう。しかし、彼らの顔は日々ストレスに曝されているビジネスマンとは違い、趣に満ち溢れている。日本にも…… 』
ここまで書いて、彼は日本に触れるのを辞めた。そう書くと、否が応でも将棋を語らねばならないから。
その夜いつもの夢を見た。見渡す限り真っ白な空間、依然として存在する大きな盤。彼は20年程無視していた盤を上から眺めた。白と黒の2色のマス目が並んでいる。8×8の64マス。チェス盤だ!彼はずっとチェス盤と共にあったのだ!その時、子供の声が聞こえた。
「やっとこっちを見た。」