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チェス帝国ロシア 11 〜揺るぎない帝国〜

 アーロンの言葉にロバートは答えなかった。事実、ロバートにはチェスクラブでの仲間はいるものの、学校に友達と呼べる人はいなかった。それは彼がチェス以外には何も興味を持っていないことと、いつも他人を見下したような顔と態度をとるからだ。


 白番と黒番を入れ替え、第2局が始まった。

 14歳のロバートにも、アーロンがあの一言を放った理由はわかった。余裕がなかったのだ。第1局、アーロンは実力というよりは、白番を持ったアドバンテージに救われたに過ぎなかった。では第2局、ロバートが白番を持ったら?

 アーロン自身もそれをわかっている。第1局でいくつもの自分の遺体を見せつけられたのだ。それをギリギリの所でかわしてきたが、次はどうだろうか?チェスは将棋以上に先手と後手の差が大きい。展開の主導権を握ったロバートの攻撃はタダでは避けられらない。子供相手に、そんな余裕のなさから出た一言だった。


 一流のトップ棋士と言えど、子供の心は弱いもので、アーロンの盤外戦術は絶大な効果をもたらした。主導権を握っているはずのロバートのタクティクスは精細を欠き、ミスをおかした。第2局は引き分けた。


 チェスでは、勝ちを1点、引き分けを0,5点、負けを0点とカウントしてマッチの勝敗を決める。つまり、このエキシビジョンマッチの結果はアーロンが1,5点、ロバートが0,5点でアーロンの勝ちとなる。ロバートは負けたのだ。


 ロバートはテーブルに両の拳を押し付けて、怒りの発散を試みた。

『卑怯者め! 卑怯者め! 卑怯者め! 何がロシアンプレーだ! ただの卑怯な臆病者のプレーじゃないか。これはチェスなんだ! 1対1の知性をぶつけ合う、純粋で理性的な戦いなんだ。ロシア人共は正攻法じゃ僕に勝てないんだ! 』

 ここまで内心叫んだ所で、ロバートは自身がチェス盤上に怒りを持ち込んでいることに気が付いて、深呼吸をした。


 2人は軽い握手をかわし、観衆は拍手で対局者を讃えた。

 ロバートはインタビューを受け、

「早指しではなく、クラシカル(持ち時間の長い対局)でじっくり指したかったですね」

 とだけ答えた。


 その夜、ロバートはホテルの部屋でポータブルのチェスセットで今日の2局を真田と共に振り返った。

「せっかくの白番で、タクティクスが空振りしちゃったな。こうやって形作りが必要だったんじゃないか? 」

「あぁ、わかってるよ」

 無愛想にロバートは答える。

「なぁ僕はあんたのことをどう思えばいい? 保護者か? 」

 ロバートは唐突に、予期しない質問を真田にぶつけた。

 真田はロバートの顔を見て、少し考え、答えた。

「昨日、保護者気取りかなんて悪態ついてたろ。友達だと思ってくれていい」

「そうか、友達か」

 ロバートは鼻で笑うように答えた。

「あんまり生意気だと怒るけどな」

 真田は大人らしく一言付け加えた。


 結局、ロシア代表対世界代表はマッチの結果で9勝1敗でロシアが勝利した。

 ロシアに唯一泥をつけたのは、全米チャンピオン、ブラック・ハーモンであった。

 ロシア選手団主将で世界チャンピオンのヴィクトール・ボルザコフスキーは記者会見でこう語った。低く消え入るような声だった。

「ひとつ、黒星がついてしまったが......我々ロシアの......世界のチェスに占める優位性は、まだまだ揺るぎない。この座を簡単に......明け渡すつもりはない。ロシアの、いや、世界のジュニアたちは......頑張りたまえ」

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