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チェス帝国ロシア 10 ~ロシアンプレー~

 ロバートとアーロンは椅子に座った。テーブルに両肘をつき、盤面を見つめるロバートにアーロンは握手の手を差し出す。ロバートはこれに気づき不器用に応じた。


 握手の後、白を持ったアーロンはe4とポーンを突き出し、対局時計のボタンを押した。ガコっと機械的な音が響く。

 黒のロバートはNc3とキングサイドのナイトを繰り出した。柔らかい木と木が触れ合う音、次いで機械的な音が響く。

 ロバートは、経験とレーティングに勝るアーロン相手に定跡に沿った研究局面で戦うことは不利と判断し、力勝負の局面に持ち込んだ。力勝負であれば、攻撃的コンビネーションを得意とする自分に分があると考えた。


 しかし、アーロンは付け入る隙を見せない。白を持って常に攻守に隙のない手を指し続け、小さな優位を積み重ねていく。ロバートは何十手先を何十手通りも、つまり何千手ものパターンを読んでも攻撃の糸口は掴めなかった。


 ロバートは初めて目の当たりにする、確実な手しか指さないことにより優位を積み重ねる、そして無理な指し回しは決してしない、究極は相手が間違えるまで絶対に自分は間違えないという※『ロシアンプレー』である。ロシアンプレーと呼ばれるこのプレースタイルは現世界チャンピオン、ヴィクトール・ボルザコフスキーに始まる。彼はこの棋風で25歳で世界チャンピオンに上り詰め、35歳になる今までその座を守り続けている。彼が頂点に立ってから10年、このロシアンプレーがロシアチェス界を支配し、世界に占めるロシアの優位性を不動のものとした。今や、ロシアンプレーでなければ世界ランキング上位に入れないというのが通説となっていた。


 ロバートはこのロシアンプレーに真っ向から立ち向かう、逆の棋風だ。ロバートは、こんな地味で臆病な指し手が良い手なわけがないと考えていた。

 現対局でも、ロバートは勝利へつながるコンビネーション、タクティクス(戦術)を探し続けている。しかし、10分切れ負けという時間の制約が彼の読み手を狭めていた。ロバートは思った、

『ロシアめ、僕に時間を与えると守り切れないと考えて、こんな早指し戦にしたのだな。まったく卑怯者だ! 』


 アーロンは得意のロシアンプレーで優位を積み重ねていたが、決して精神的に優位ではなかった。ロバートの指し手のひとつひとつが、ガトリング銃で狙いを定めるようにアーロンを追い込んでいた。1手でも間違えれば(たちま)ち銃弾の雨に(つらぬ)かれるという恐怖があった。それは始め直感的な危険察知であったが、局面を読み進めていくと(いく)つかの分岐した道の向こうに、無残に貫かれた自身の変わり果てた姿を見た。それも1度ではなく、常に選択肢の向こうには複数の遺体が転がっていた。アーロンは自らの遺体に繋がらない道を慎重に選ばなければならなかった。お互いがロシアンプレーで戦う際には感じられない恐怖がそこにはあった。


「リザイン(負けました) 」

 ロバートがアーロンに手を差し出した。ロバートは1手の差を縮められず投了した。

 これでロバートのマッチでの勝利はなくなったが、次は白番を持っての対局であり、1手の差は次はこちらの優位となる。ここで勝てば1勝1敗の引き分けに持ち込める。そう考えた。

 アーロンがロバートの投了を受けて、差し出された手を握った。そして、歓声が沸く中、ロバートの目を見つめてこう言った。

「乱暴なプレーだ。君、友達はいないんじゃないかい? 」

※『ロシアンプレー』というプレースタイルはフィクションです。

※現世界チャンピオンというのは物語の世界でのチャンピオンです。


現実の世界チャンピオンはノルウェーのマグヌス・カールセンというチェスプレーヤーです。

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