表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/101

チェス帝国ロシア 9 ~ロバートとアーロン~

 ロバートはスタッフ控室で椅子に腰を掛け、目を(つぶ)っていた。これから迎えるエキシビションマッチは、観衆からすればただの興行的な対局に過ぎない。アメリカの天才少年がロシアの、いや、世界的強豪相手にどんな一戦を見せるのか。ただ、それだけだ。

 しかし、ロバートにとっては違う。悲惨な幼少時代、不遇な少年として孤児院で生活する現在。この不遇はすべて社会主義運動なる、理性的思考とはほど遠い、凡俗な人間感情に母を奪われたことが原因なのだ。この「凡俗」を振り撒く我が敵ロシアに噛み付くことができる大きなチャンスである! 絶対に勝たなければならない! それも、先刻、ロシアの雑兵たちを屈辱的な方法で葬ったように、徹底的に。

 あの多面指しは良いウォーミングアップになった。ロバートにとっては、複数人と対局しているというよりは、次の1手問題を何度も解いている気分だった。

 調子は良い。体調も万全である。海外は初めてだが、あの日本人が世話をしてくれているので、余計なことは考えずに済む。ロバートはこの一戦、アーロン・ガチンスキーを叩きのめすためにロシアまで来たのだ。

 ロバートはスタッフに会場に来るように呼ばれた。


 トレチャコフ美術館内のひときわ大きなホールに対局上がセッティングされていた。一段高いステージの上にテーブルと椅子、そして高級そうなチェスボードが用意されている。観客席から見ると、真っ白で箱型のテーブルの側面には数々のスポンサー企業のシールが貼ってある。ロバートとアーロンはステージに展示されている、ヴルーベリ作『幻の王女』の絵を背景に対局するのだ。


 観客達とテレビカメラは2人の登場を今か今かと待ち望んでいた。観客の目はステージに据えられた高級チェスセットと、『幻の王女』の両端に取り付けられたスクリーンを交互に見合っていた。これに対局の盤面が映し出される。1人のスーツ姿の白人男性がステージに上がった。マイクを使いロシア語で何やら話しているが、おそらく開始のアナウンスだろう。やがて、数名のスタッフに囲われたロバートとアーロンが会場に入り、大量のフラッシュがこれを迎えた。2人がステージに上がったところで、アナウンスをした司会の男が2人の紹介を始めた。今度は送れて英訳アナウンスも流れた。

「皆様お待ちかねの、今日のメインイベントのマッチです。もう御存知かとは思いますが、改めて両対局者の紹介をさせていただきます。まずは我らがロシアの若き英雄、アーロン・ガチンスキー! 」

 ここで拍手が起きた。

「アーロン・ガチンスキーGM、26歳、レーティング2750、ロシアランキング11位、世界ランキングは16位です! 彼は、ロシアの誇る世界チャンピオン、ヴィクトール・ボルザコフスキーのような精確で堅実な指し手が特徴です。ヴィクトール同様『負けないチェスを指す男』として有名です」

 アーロンはマイクを手渡され、

「尊敬する世界チャンピオンになぞらえていただき光栄です。皆様の期待に沿えるような素晴らしい芸術的な対局をお見せしたいです」

 と歓声にこたえた。

「続いては、アメリカの天才少年、ロバート・フリッツ! 」

 ここでも拍手が起きた。ロバートはそれに対し、なんのリアクションも見せなかった。

「ロバート・フリッツGM、14歳、レーティング2650、アメリカランキング2位、世界ランキングは98位です! 彼は13歳でGMタイトルを獲得し、これは世界最年少記録です。その棋風は超攻撃的コンビネーションが特徴です。駒損も(いと)わないその指し手はアーロンのものとはまるで逆! 楽しみなマッチです」

 マイクを渡されたロバートは英語で一言、「よろしくお願いします」とだけ言った。


 対局はお互い白番と黒番を入れ替えて2局、持ち時間10分切れ負けで行われる。第1局は白の先手アーロン、黒の後手ロバートで行われる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ