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チェス帝国ロシア 7 ~заткнись!~

 ロシアの子狼達はロバートへの怒りを示すように、駒をボードに力強く打ちつける。怒りを示しながらも、彼らの目は盤上を縦横無尽に走り回っていた。思考は平静を保っているのだ。さすがチェス学校の精鋭と言ったところである。むしろ平静を保てていないのは観衆の大人たちであった。見物人はどよめき、記者はノートに何やら走り書きをしつつ、顎と肩に携帯電話を挟んで通話していた。ロバートは30枚のチェス盤をそれぞれひと目見て、瞬時に次の1手を指していく。考えるよりもそれぞれの対局相手の間を移動する方が彼にとっては大変な作業であった。


 本来、このようなサービス対局は相手に合わせて手を緩めたりするものだ。現に、アレクサンドラは相手の誘導した定跡に乗り、手を緩め、時には相手に笑顔で声をかけたりもして対局をできるだけ長引かせようとしている。


 しかし、ロバートは真剣だ。緩手を認めればすぐに相手の首を取ってしまうだろう。30人の内の1人が自身のキングを勢いよく倒し、ロバートと軽く握手をした。1人、チェックメイトされた。自分のキングを倒すのはチェスの正式な投了の合図であるが、ロシアの少年はイライラをぶつけるかのように倒した。また1つキングが倒され、その頭が盤に打ち付けられた。ロバートは中盤からコンビネーションアタックを仕掛け、次々にロシアの少年達をチェックメイトしていく。キングを倒す音がまた響く。チェックメイトされたロシアの少年は頭を抱え盤を見つめる。横で見ているロシアのマスターたちはこれを見て笑っている。記者はこの異様な光景を喜び、シャッターを押し続ける。対局が終われば、記者達は嬉々としてロバートに初手h4をの真意を問いただすだろう。そしてロバートは記者を無視するに違いない。そして、それがさらに記者を喜ばせる。この出来事を好き勝手に解釈して書く権利を得るのだから。


 やがて、ロシアの子狼は全員刈り尽くされた。その後は予想の通りになった。拍手が起き、記者が駆け寄るが、ロバートは「エキシビジョンマッチに備えて休みたい」とだけ言ってその場を去った。


 頭を抱え盤の前にうなだれる少年たちの前に、チェス学校の講師と思われる白髪の太った白人男性が現れ、少年たちを怒鳴りつけた。少年たちは始めはおとなしく聞いていたが、1人がチェス盤の横のスコア(棋譜を記録する紙)をくしゃくしゃに丸めて老講師に投げつけた。すると他の少年たちも、

「заткнись!(ザトゥクニスィ!)」

 と叫びながら次々に丸めたスコア用紙を投げつけた。заткнись は日本語で「うるさい、黙れ」という意味である。観衆たちは少年と老人の砲撃戦に興奮し、(はや)し立て、たくさんのシャッターが切られた。


 真田もその様子を笑いながらそれを写真に収めた。ロバートの初手h4よりも、真田にとってはこちらの方が良い見世物に思えた。『チェス帝国でジュニア棋士の反乱』などと(おど)けた記事でも書いてやろうかと考えた。


 昼になり、ロバートとアレクサンドラのそれぞれの対局会場は男性棋士による指導対局の場となった。ロバートは次の対局までどこかで身を隠しているらしい。指導対局を観戦していた真田に、アレクサンドラが声をかけた。

「さっき、ここで面白いことがあったと聞きましたわ」

 真田はロバートが多面指しで全員に初手h4と指し、全員に勝ったこと、対局後に少年達の蜂起が起きたことを話した。アレクサンドラは顔の下半分を手で隠し笑った。

「それは......なんとも......素晴らしい! 」

「素晴らしい? 」

「ええ、そんな情念のこもったチェスというものを......久しぶりですわ! チェス学校の少年達もさぞ心を奮わせたことでしょう! 」

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