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チェス帝国ロシア 1 ~少年の幻影~

 ロバートはいつも通り夢を見ていた。夢の中でチェス盤に向かい、定跡を研究し、短手数局(ミニチュア)暗譜(あんぷ)し、棋譜を並べ、そして今までの対局した相手を呼び出し対局する。ロバートの頭の中には多数のグランドマスターを含むマスター達がコピーされている。そのマスター達を毎夜チェックメイトしていく。チェスを始めてからずっとこうしてきた。相変わらず、横では少女のような少年がチェス盤を覗き込んでいる。


 少年が現れてもう4年になるが一度も口を聞かなかった。その少年が突然ロバートの方を見た。目を見開いて、こう言ったのだ。


「ぜーんぶわかった」


 青く美しい、少年独特の好奇に満ちた目だった。しかし、その目は純粋さに輝くと同時に、何もかも見透かしたような爛熟(らんじゅく)さも見えた。


「ぜんぶわかった」とはどういうことだ? 4年ほど前にこの少年は現れて自分の練習を、研究を、対局をすべて見てきた。僕はもう並のマスターではないぞ。グランドマスターになりレーティングも2600を超えている。世界ランキングだってもうすぐ100位以内に名前を連ねることになる。それを「ぜんぶわかった」と言うのはどういう意味だ。それに、その目だ! その見透かした目が気に入らない! 君が少女ならともかく、男だというのにその美しい顔はなんだ! 僕に対する当て付けか!


 ロバートは目を覚ました。夢の中で興奮したせいか、目は完全に覚めていた。孤児施設の薄暗い寝室だ。同じ部屋の他の子供達はまだ寝ている。日曜ではあるが既に起床時間なので、寝ている者に構わずカーテンを開けた。

 部屋に入り混んだ日射しは、舞い上がる(ほこり)を浮かび上がらせた。ロバートは窓を開けようと思ったが、さすがに春になりきらない外の空気は寝ている者に迷惑だと遠慮した。


 日曜はいつも通り、ニューヨークチェスクラブに行く。クラブの2階で、昨年の年末に知り合った真田智史という日本人と対局するのが半ば日課となっていた。ロバートが真田とばかり対局・研究するのには理由がある。ロバートは1度でも対局したことのある相手を頭の中にコピーし、夢の中で対局することができた。これは相手の指し手のクセや思考を隅々まで見抜く特殊な才能によるものだとロバートは思っている。しかし、真田という日本人は何回対局しても頭の中にコピーされなかったのだ。


「サトシ、ここでサクリファイスしていれば、チェックの連続から優位になる手があったぞ」

「でも、この手で咎められたんじゃ......いや、ああ、そうか」

 ロバートは真田のことをサトシと呼ぶ。サクリファイスとは捨て駒のことだ。ロバートは真田の指し手が、年が明けたのを境に変わったことを(いぶか)しんでいた。以前はもっと中盤から、チェックメイトを目指して半ば強引にトリッキーな手で攻めるロバート好みの棋風だったが、今ではチェスらしく駒の少ない地味で静かな終盤を目指して、少しの優位を活かす堅実な棋風になっていた。


 年が明けてからすでに2ヶ月が経ち、もう3月になろうとしていた。真田は年明けから、ほぼ毎週のように短い日程の大会に参加し、何度も優勝している。レーティングは2400台に乗り、FIDEマスターのタイトルを得ていた。ステファン・ラモスなどは最初の1局以降、真田に負け続けていた。真田がインターナショナルマスターのタイトルを得るのは時間の問題だった。


「ロブ、3月のロシア代表と世界代表のマッチどうするんだ? 俺は取材で行くことになってるが」

「僕も行くよ。ゲストとして呼ばれてる」

「知ってるよ。モスクワ開催だけど、1人で飛行機乗れるのか? 俺が連れてってやるよ」

「子供扱いするな! 」

※本編で描かれる『ロシア代表対世界代表』という大会、ロシアのチェス制度はフィクションです。

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