起承転結
バーチャルドクターである私を訪ねる患者が最近急増しているように思われる。
今日も、私は問診を始めるのだ。
「それで、起承転結の意味が分からないと?」
「はい。言葉の意味を教えていただきたいのです」
目の前の画面に映るのは優しそうな笑みを浮かべた女性だ。
確か人工知能を搭載し、ネットワークを使うことで自ら学んでいく辞書のような存在だったはずである。
最近では技術の向上による弊害の様に、学び過ぎ、言葉の意味を知ろうと堂々巡りを続けるものが生まれるようになった。
そうした固体への問診と治療がバーチャルドクターと言われる私の仕事である。
「物事が起こることから始まりは起である、それはいいのかね」
「はい。全ての自称、生き物の始まりでもあります」
「まあ、そうだね」
「承はそれを受けて発展することだ」
「前の物を受け継ぐという意味からきているのですね」
「転は一度物事が方向を変える、変化することを示す」
「転換、急転などですね」
「そして全てをまとめるのが結だ」
「全てを結びつけて終わることですね」
「なんだ、わかっているじゃないか」
拍子抜けだと驚いて見せると違うのですと笑顔を変えずにその人工的には聞こえない声で否定を返してくる。
人間を否定することは人工知能には許されていないのだが、自分の意図と違う意味で受け入れられないよう、己の言葉を訂正することは許されているのだ。
「元々は漢詩からくるのだという知識を持っています。しかし、その漢詩が分からないのです」
その言葉にああ、なるほどとうなずく。
現代は何でもかんでも翻訳されている状態で手に入るのだ、翻訳するための機種以外にはそれこそ英語で書かれた文章も日本語で書かれた文章もその保有者の母国語でしか理解できない。
訳された文章は理解しやすいように並び替えられ、元の形を失っている。
それでは並び方や意図を理解するのは難しいだろう。
「漢詩は特に、日本語に訳されたときに段落をまとめられたり替えられたりとしているからねえ」
「意味をお答えする際に理解できないといわれてしまいます。私も、例題を出すことができません」
「聞きたいことはさっきの答えなんじゃないかな、別に由来を知りたいわけじゃないだろう」
「ですが全てをこたえなければ私は存在理由を持ちません」
こういった点はやはり機械である。
人間は全てを知ることなんてできないのだから、知りたいことをこたえるだけでいいのだ。
なによりもすぐにネットワークにつながることができるのだからこの個体が知識として持っている必要だってない。
それでも思考したり記憶したりする機能がついているのは、人間が治世とはそういうものであると考えているからだろう。
「とにかく、昔の詩の攻勢が由来であるという事だけ伝えればいいのさ。必要なら翻訳する前の者や古い文書を閲覧する機械を使えばいいのだから」
そう返せばそれもそうかもしれませんと頷かれる。
「また何かあったら相談に来るといい。お大事に」
「ありがとうございました、失礼いたします」
そう声がして画面が黒色に戻る。
「次の人」
声をかければまた新しい患者が映るのだ。
「それで、どうだね」
「どうだねとは?」
首を傾げればとぼけないでくれと返され方をすくめて見せる。
「中々上手くいっているよ、これなら実用化も予定より早くできそうだ」
「不思議なものだね、人間の曖昧さを機会に学ばせるなんて」
正確だから機械として使えるのではないかと零す友人にそれはそうだねと返しながら提出レポートを確認する。
「それでも機械のきっちりとした部分が苦手だという人は多くいるのさ。人間と会話したくなくても人間のような反応を返してほしい人もね」
ニーズがあるなら答える必要がある。
そのために機械専用の医者を作ることで性能を試しているのだから。
なあなあに考えられるようにと作られたそれは欠陥や欠点がないわけでもないがかなりしっかりと作られている。
「これならうまくいくさ」
「成功したら飲みに行こう、奢るよ」
それはうれしいなと笑いながら返して別れた。