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・ちんからり

 綺麗な音がする。鈴だろうか。

 足を止めてあたりを見回すが、家すらないこの場所でそんな音がするような場所が見当たらない。

 「ずいぶん遠くまで来たものだ」

 漏らした言葉にも答えは返ってこない。静かな場所だ、ただただ、風の吹く音だけが聞こえてくる。

  びゅうびゅう、ごうごう。

 突風が私を襲う。倒されまいと足を地にしっかりつけているがそれでも体はふらふらと揺れる。

 遮るものが一切ないこの場所に吹く風は唯一の障害物である私を許さないようだ。

  ちんからり

 また綺麗な音がする。何かを転がすような音だ。

 不思議に思いあたりを見回すがやはり何もない。

 申し訳程度の細い木が遠くに数本、他は一面の草、草原。

 暗くなってきたからだろうか、向こうの気もシルエットしかわからない。

 細いそれはゆらゆら揺れている。

  ゆらゆらり、ゆらゆらり。

 枝が腕のように見えるのは私が寂しいと思っているからだろうか。

  ちんからり

  ゆらゆらり

  ごうごうごう

 聞こえるのは二つの音。見えるのは木々の揺らめき。

 途方に暮れていた私はふらふらとその木に近づいていくことにした。

 どうせどこにも、何もないのだ。

 休める場所すらないここなのだから、木の近くは安全かもしれない。

 いや。

 ただ私は寂しかっただけなのかもしれない。

  ちんからり

 心地よいその音は木の方から聞こえてくる。

 もしかするとあの木の近くに何かあるのかもしれない。

 向こう側に村があるのかもしれないし、あの木の傍に何かがあるのかもしれない。

 そう思い近づいていく。

 近づいているのだが、向かい風だ。

 進むに進めず、進めど前に近づけない。

 焦る私を笑う様に音は軽やかに響き、風は一層強く吹き付ける。

 もうすぐだ、そう自分に言い聞かせても距離はまるで近づけない。

 まるで蜃気楼だ。

 手が届きそうで届かない、逃げていくものを追いかけるような錯覚。

 それは、しかし錯覚でしかなくて、私はゆっくりとだが確実に木に近づいている。

  ちんからり

 近づくほどに音は大きく聞こえる。力強く、元気づけるような音。

 ああ、あと少し。もう少しだ。

 最後の距離を一気に駆け抜ける。

 何もない草原に吹く風に背中を押されるように。

 または何もない草原から逃げるように。

 ようやくたどり着いた木の根元。

  ちんからり

 涼やかで心もとないその音を鳴らすのは、一つの風鈴だった。

 何もない草原で、風鈴ひとつくくりつけられた木の下で、私はただただ呆然と立ち尽くす。

 ああ、ここはとても静かだ。

  ちんからり

  ごうごうごう

  ちんからり。


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