第08話 交渉
小部屋に入り二人が椅子に座ると、職員の女性がファイルを持ってきてテーブルに置くと一礼して帰っていった。
「あらためまして、当ギルドに加入頂きありがとうございます。私は当ギルド職員のアランと申します。よろしくお願いいたします」
「はい。私はノルと言います。よろしくお願いします」
ちょっぴり気圧されながら真也は挨拶を返す。
「まず、ご要望にありました一軒屋の借家の方ですが、どのような物件をお望みですか?」
「部屋数は少なくてかまわないので、大きな音を立てても大丈夫な所が良いです。店舗である必要はありません」
考えていた希望をアランに伝える。アランは手元のファイルをめくり、三枚取り出して真也の前に広げる。
「大きな音となりますと、広いか町外れかのどちらかになります。
一つ目は商業区で二店舗分の広さがあります。店舗としてもそのまま利用できます。賃料は月に銀貨十枚です。
二つ目は商業区の裏手にある住宅です。これは周囲が倉庫のため、音を立てても誰も居ないので大丈夫です。賃料は月に銀貨八枚です。
最後は町外れの店舗兼住宅です。室内が広いつくりになっています。ただ町外れのため客足がそこまで伸びず前の店主は店を畳む事になりました。賃料は月に銀貨五枚です。
井戸は全ての物件にありますので共用の井戸に行く必要はありません」
「最後の物件でお願いします。寝泊り用なので、多少の不便は苦になりません」
真也は即決する。実際宿代の節約用なのだから基本的に安いものを選ぶことに決めていた。小袋を取り出し、銀貨五枚をテーブルに乗せる。
「わかりました、ありがとうございます。こちらが契約書となります。よろしければこちらにサインをお願いします」
建物を確認せずに即決した真也を見ても、全く動じないアランはすぐさま契約書を二通取り出し契約を成立させる。真也がサインをした契約書を一枚仕舞って、一枚を真也に渡す。
「ありがとうございます。こちらが控えです。今の契約と入金は腕輪に記録されています。
それでは重要事項を確認致します。入金は翌月分を前月月末までに支払う前払い形式です。又、新規契約月は半分を過ぎれば無料となりますので、今月分は無料です。
三か月の滞納で契約が解除され、中にある物は没収となります。この場合、一年間ギルドとの契約ができません。
退去時には過失による破損及び消失箇所は修復してから返却となります。建物の大規模な変更はギルドの承認があればそのままで大丈夫です。
重要事項は以上となります。それと建物の鍵はこちらとなります」
ファイルから何か模様の書かれたカードを取り出し真也に渡す。受け取った真也はカードの裏表をひっくり返して模様を確認する。特に規則性はないように見える。
「そちらは建物に設置してある防犯の魔道具と対になっています。店側の出入口の鍵を閉めた状態では建物に出入できないようになっています。
扉にある差し込みにカードを入れる度に状態が切り替わりますので、閉め忘れに注意して下さい。建物までの案内は必要でしょうか?」
真也は首を振ってカードを懐に入れる。
「いえ、大丈夫です」
「分かりました。では次の素材買取についてですが、三通りの方法があります。
一つ目はギルドに直接売る方法、二つ目がギルドがまとめて委託を受け取引する方法、三つ目が登録されているギルド員と直接取引する方法です。
ギルドに直接売る場合はそのときの相場で取引を行います。利点はすぐに現金を手にすることができる事。欠点として当ギルドでは不必要な素材を融通しようという考えにて取り扱いを行っています。そのため探索者ギルドと違い、あるだけ買うということは行いません。規定の量に在庫が達したものは買取をいたしません。それと自分にとっては不要素材ということで買い取り金額は安いものになります。
ギルドが委託を受ける場合の利点ですが、ギルドで品物を登録すれば売り手が不在でも買い手がいれば取引できるところです。欠点は商品の保管料と委託手数料が掛かり、利益が少なくなるところです。保管料は一メル(m)四方の保管箱一つにつき週百Aで、委託手数料は売り上げの五%です。
ギルド員と取引する場合は、リストにて買い取りできる商人を選び、店舗などに行き直接交渉して取引を行います。利点と欠点は先程の逆で、交渉によっては利益が大きくなりますが素材ごとに売りに行かなければならないので時間が掛かります」
説明を終えたアランはにこやかに真也を見ている。真也としては調査時点ではギルドに売却するつもりであったが、各商人との顔つなぎをしておきたいので個人取引の方が良い。そしてこれと似たような状況は小説で読んだことがある。特に損はしないので真也は試してみることにした。
「私が売ることができる素材は近隣で採取できる薬草と、魔物です。腕の良い薬師を一人紹介してほしいのですが、大丈夫でしょうか」
「分かりました。紹介手数料は百Aですがよろしいでしょうか」
先程の説明で紹介は『リストから選ぶ』とあったが、推薦しないとは言わなかった。アランは嘘をついたわけではない。『自分で探さなければならない』と思うのは自由である。そしてここは商業ギルド。金に拘らないわけがない。
予想通りの展開に真也は心の中でガッツポーズをするが、表面は普通を装い小袋から銀貨を一枚取り出してアランに渡す。
「そうなりますとこちらのニフィスさんが良いでしょう。紹介状をお持ちしますので少々お待ちください」
アランは立ち上がりファイルを持って部屋を出る。残された真也はほっと息をついて脱力する。取引をしたわけではないのに背中に汗をかいているのを発見し、力なく笑う。
(付け焼刃で本物の商人と交渉するのは無理ということが良く分かった。というか話をする前なのに契約書や鍵が用意されているのにはまいった。やはり欲はかかずに地道にいこう。
今回の事も似たような小説を読んでいたから思いついただけで、自分には言葉の裏を読むなんて器用なことはできない。正直が商いの正道と言うし、ある程度の損は最初から見込むことにしよう)
しばらくしてノックと共にアランが部屋に入り椅子に座ってから真也に紹介状と店までの簡単な地図を渡す。
「こちらが紹介状になります。開封したものは無効になりますのでそのままお持ちください。こちらはニフィスさんの店までの地図になります。その他になにかございますか?」
「いえ、大丈夫です。本日はお忙しいところ時間を割いて頂き、ありがとうございました。これからよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします」
二人は握手をし、挨拶を交わして部屋の外にでる。真也は入口に進み、振り向いて受付に会釈をして外に出る。空を見れば、きれいな夕焼けが広がっている。今日はもう休むことにして、借りた家に向かう。
道すがら串焼きと固いパン、野菜と鍋を買い、家に到着するころには辺りはだいぶ暗くなっていた。
真也の目の前にある建物は石造り二階建てで横幅はコンビニ程、奥行も同程度に見える。地図を見て間違いないことを確認し、鍵を取り出し正面の扉にある差し込みに挿入し、取り出す。
カチリと鍵が開いた音はなかったが、真也は扉に手を伸ばし押し開く。中に入り、同じようにして鍵をかける。扉を引いても開かないことを確認して内部に目を向ける。
「森羅、明かりをお願い」
「はい、波動術式起動」
暗く、奥まで見渡すことができなかった室内は頭上に輝く光球の光に照らされて奥まではっきりみえるようになる。今いる所は店舗部分のようで、部屋の奥にカウンターがあり、その奥に扉が見える。カウンターをこすっても埃はあまりつかない所をみると掃除は定期的に行われていたのだろう。
真也はそのまま奥に進み、建物内部を確認する。この町には上下水施設が無くいったいどうしているのか疑問だったが、飲み水は井戸、トイレには穴の中に浅いバケツが置かれていた。当然風呂は無い。
汚物の処理は今の所不明だ。通常ならば集積場に持っていくのだろうが、もしかしたらそのまま廃棄している可能性がある。
真也は町にずいぶん馬糞のにおいがあると思っていたが、もしかしたら酷い勘違いをしていたのかもしれない。
中世のヨーロッパで二階から道に汚物を捨てていたとか、糞を避けるためにハイヒールは生まれたとか、体臭をごまかすために香水が発達したとか、あまり知りたくなかった情報が真也の脳裏に浮かぶ。
今日歩いた所に目立って落ちていれば気が付いただろうが、大通りと人気のない所しか行かなかったので気が付いていなかった。
生き物が生活する以上忘れてはいけない重要な事項だが、ここまでくる間は森羅のおかげで不自由しなかったので真也はこの事に関してはすっかり元の世界の感覚でいた。
せめて汲み取り式にしてくれよと思わずにはいられない真也だった……。