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第53話 最後の始まり

ここから最終章となります。

話の雰囲気が変わります。

 真也が王都に来てから三年が過ぎた。季節は冬を過ぎて春になっている。


 元々の目的である服飾産業の正常化はその後早い段階で達成された。あまりの速さに驚いていた商業ギルドの上層部を見たアランは『やれと言ったのはあなた達でしょうに』と苦笑していた。今では一目置かれ、良い笑顔で仕事に精を出している。


 ルードは争いが終わった時に今まで断っていた酒を飲んだ。そして次の日から二週間店を休んでティリナと共に里帰りをしてきた。休む事を真也に伝えたときに、神妙な顔で何故か回復薬を渡された。里で姉に問答無用でぼこぼこにされたとき、真也とは仲良くしておこうとルードは改めて誓った。


 リフィアは変わらず過ごしている。今では表情も豊かになったので、リフィア目当ての固定客が出始めている。真也を師匠と呼ぶのは相変わらずだ。店内で呼ばれた時に周囲から浴びせられる殺気が本物ならば何回死んでいるだろうと、真也は背筋を震わせながら考えたりしている。エルフの国からは何も無い。もう忘れて他に興味が移ったのだろうとリフィアは思っている。


 ミリルとリシルも相変わらずだ。リフィアの様に固定客がついたのは良いが、どう見ても舎弟だ。無口な双子に睨まれるだけで嬉しそうに悶えていた。それは人としてどうかと真也は思う。どうしてこうなったと聞きたいが、良く見えている地雷を踏み抜くほど真也は愚かになれないでいる。戦闘技能の上昇はとどまる事を知らない様だ。逆らってはいけない。


 天音は成長期に入り、だいぶ背が伸びてきた。まだ小さいので何とか抱き上げる事が出来るが、もう少し成長したら無理だろうと真也はしみじみ思う。魔力も順調に伸びている。与えた魔道具も自由自在に使いこなし、今では五つ同時に動かす事が出来る。勉強も一段落ついたので、今は魔道具と魔法薬を真也と一緒に研究している。料理も出来るようになり、腕前は既に真也を超えてしまった。好きこそものの上手なれを地で行った出来事だった。


 楓と桜はいつの間にか上位存在になっている。見た目が全く変わらないから真也は全く気が付いていない。困った主である。魔法も独自のものを自在に使いこなすので分かりそうなものなのだが。どちらも天音の世話を焼いているのは変わっていない。


 真也はのんびりと魔法薬の研究を行っていた。趣味程度なので成果はそんなにあがっていない。魔道具はリュックをしまう為の収納バッグを作った程度で、売り物はあまり作らなかった。結果が出ない研究を続けているのは、そのうち来ると予想している災いを前にして現実逃避をしていると言えるかもしれない。







 全員がそれぞれ成長している時、真也は家の居間でコタツに入りながら進まない状況にため息をついていた。


「やっぱり受身では中々情報が集まらないな……」


 真也が現在行っている事はシーヴァラスの組織についての情報収集である。泳がせている工作員は下っ端なので優良な情報に中々触れる事が出来ない。本拠地が大陸中央部の旧シーヴァラス王国の王都にあると分かった事が一番の収穫だ。


 隠れ家を襲う事も考えたが、自分から今の平穏を捨てる決断を下す事は出来なかった。そのため組織から何らかの行動があるはずと自分を騙してこれまで行動を起こさずにいた。しかし、いくら待っても新たな行動がなされないので最近は接触し易い様にとあまり隠れずに外出していたが、それでも変わらず困惑していた。


 実は組織側も大っぴらに動けない事情があった事と、真也に対する重要度が月日が経つ内に下がった事が動かなかった原因にある。この事は真也も工作員を通じて知っていたが、さすがに完全放置されるとは思っていなかった。


「森羅、何かあるか?」


 コタツの上にお手製の小さな座布団を置いて、その上に正座でちょこんと座っている森羅は、小首を傾げて現在の情報を取得し、いつも通りの報告を行う。


「新しい情報はありません。ただ、慌しさが増しているように感じます。誰もがもうすぐだと口癖の様に言っています」


「もうすぐか。目的から行けばシーヴァラス帝国の復活なんだが、どうやってが問題になるな。戦争を仕掛けた所で他の国が黙っていないからな」


 真也はどうしたものかと懊悩する。真也としては相手が放っておかないだろうと予想して藪をつつく事にしたのだが、相手の行動に対する推測が大幅に外れたため困っていた。向こうが何もしないのであれば、真也としても放っておきたい。しかし戦争になると今の平穏な生活は確実に送れなくなる。


 この世界に来たばかりの真也ならしがらみも何も無いので、一目散に逃げるか自分から相手を潰しに行っている。今の真也は居心地が良いこの場所を離れる決心がつかないでいた。自分は何も変わらないと思っていたが、気付かぬうちに少しずつ価値観が変わっていた。


 暫く考えても良い案が出ない事にため息をつき、首を回して固まっていた身体をほぐす。


「駄目だな。良い考えが浮かばない。こんな時は気分転換に出かけてくるか」


「準備は出来ています!」


 何故かすぐ後ろから聞こえた天音の声に驚いて後ろを振り向くと、外出着に着替えた天音が待ち構えていた。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。その両脇には楓と桜が尻尾を振って控えていた。


「……いつから居たんだ?」


 驚いて固まった表情のまま問う。真也としては組織の事に天音を関わらせたくは無かったので、思わずどこから聞いていたか確認してしまう。


「さっきです。いつもならそろそろと思ったので」


 にこにこと天音は答える。そこに暗さは無く、自分の予想が当たって嬉しそうにしているとしか思えない。真也は行動を把握されている事に苦笑する。これなら大丈夫そうだと安堵し、着替えて一緒に出かける事にした。






 外に出た真也達は楓と桜に乗って門までゆっくりと移動する。天音は大きくなってきてから人前では真也と一緒には乗らなくなった。真也はそんな天音の変化に寂しく思ったが、素直に天音の成長を喜ぶ事にした。実際は単に気恥ずかしくなってきただけなのだが、それが分かるような真也ではない。今では真也にぴったり付いていなくても大丈夫になった。喜ばしい成長だ。


 そんな感じで門の近くまで来ると、いつもとは違う喧騒が辺りに満ちていた。真也と天音は顔を見合わせて双方首を傾げる。


「何だか騒がしいな」


「人が沢山います」


 門の外はいつもなら行列が出来ているのだが、今は一部が空けられて兵士が何かを行っているのが見える。門の手前は人が多く、自然の成り行きで真也達は手前で立ち止まって様子を窺う事になった。


 そのまま真也達が門に移動すると迷惑になるので、森羅が飛び立って偵察に行き、しばらく観察してから戻ってきた。その後にとりあえずその場を離れ、人通りが少ない方へ移動しながら森羅の報告に耳を傾けた。


(『どこかの村か町が魔物に襲撃されたようです。結構な人数が居ましたので、大きな所が襲撃されたのだと思われます』)


「またか。国軍が出て多少は良くなったと聞いていたのだがな」


「魔物の襲撃ですか?」


 真也の呟きに天音が小首を傾げて質問する。森羅との念話は真也以外には聞こえない。真也は無言で頷くと森羅に遮音の指示を出し、会話が他者に聞かれないようにする。


「そうらしい。最近多すぎだぞ。この一月で二箇所も襲撃されている。このままだと生産もそうだが流通も維持出来なくなる。薬草があるから飢えはしないが、果して貧相な生活に耐えられるのか疑問だな。必ず何か要因があるはずなんだがな」


 この一年で魔物の被害が急激に増加している。この国は元から襲撃が多く防御を重視している町が多いので他国より被害が少ないが、他の国ではオードの町規模の所が壊滅している。大異変の再来と無責任に煽り立てる者も居る。もちろん証拠はどこにもない。


 このままでは生活に支障が出るので、真也は異変の原因を探るために一度蒼炎湖を調査する事にした。もし封鎖領域が襲撃増加の原因なら、あそこにも何らかの変化があるはずと考えた。もちろん万が一を考えると天音は連れて行けない。近くに行けばまた苦しい思いをするのは確実な事だ。


 眉間にしわを寄せた難しい顔をしながら、真也はついでに今まで先送りしていた問題を片付ける事に決めた。今の混乱した状況なら、湖底の靄を片付けても気にする者はいない。もし変化に気が付く者がいても、今の異変と勝手に結びつけてくれるだろうと判断している。


「天音」


「行きます」


 散歩の中止を告げるために真也は天音に話し掛けた訳だが、天音は全く違う反応を返す。予想外の答えに軽く混乱している真也に、天音は容赦なく追撃をかける。


「……えっと」


「付いて行きます」


「……」


 天音は笑みを浮かべているが、真也に向けられる視線は真剣だ。こうなった天音は言う事を聞かないことはもう分かっている。だが真也としては、ここで引き下がる訳にはいかない。時に心を鬼にしてでも行わなければならない事はあると考え、説得と言う名の無駄な抵抗を試みる。


「行き先は蒼炎湖なんだ。憶えているだろう? 危険なんだ」


「大丈夫です。何も対抗出来なかった昔の私とは違います」


 天音はしっかりと真也を見つめて断言する。その言葉に嘘はない。魔道具で制御された天音の魔法は、今では森羅以外太刀打ち出来ないものになっている。有体に言えば全力を出せば蒼炎湖ごと吹き飛ばす事も可能だ。実に頼もしい。そんな天音の様子に、やはり無駄な抵抗だったとあっさり諦め、真也は心の中で白旗を振った。


「……防御に徹して絶対に前に出ない事、退却の命令が出た時は従う事。守れるか?」


「はい!」


 天音は嬉しそうに返事をした。真也としては心配だが、連れて行ければ調査も進む。最後は浄化する予定なので何とかなるだろうと連れて行く決断を下した。下手に置いていくと、こっそり付いて来かねないと言う理由もある。そんな事も今の天音なら可能だ。それなら最初から連れて行き、傍にいてくれた方がよほど安全だ。


 そんな軽い騒動の後、真也は一度ルードの店に寄り、ミリルとリシルに今日は遅くなるかもしれないと断ってから家に戻り、転移門を使用して蒼炎湖に向かった。


「森羅、転移門起動。行き先は蒼炎湖だ」


「分かりました。時空術式起動、基点との接続確認、転移門構築……完了。開門」


 目の前に現れた、輝く転移門に真也達は迷わずに入っていく。転移門を通過した先には大きな湖が広がっていた。今の所、表面は以前来た時と何も変わっていないように真也には見えた。通過してきた転移門はすでに消滅している。真也と天音は楓と桜から降りて湖を観察する。


「特に変わっている様には見えないな。天音は何か感じるか?」


「今の所は何も聞こえないです」


「主様、周辺には誰もいません」


 言われなくても役割をきちんとこなした森羅を褒めてから、すぐに湖に潜る。前回と同じく楓と桜は待機である。潜ってから真也と天音は障壁内で離れないように腕を組んで、周囲を観察し始めた。暫く経つと烏賊イカが襲ってきたが、前回同様に森羅の餌食になる。ここまでは特に変化は感じられなかった。


「上層は変わりないな。烏賊イカも増えたようには感じない。森羅、どうだ?」


「はい、誤差の範囲内です。周囲の魔力量も変化していません」


「変化なしと。天音は?」


「微かに声が聞こえます。何を言っているかは分かりません」


「変わりなしと。時間も無いし一気に下層に行こう」


 森羅は移動速度を速めて下層へ飛び込むように移動した。相変わらず水流が激しく渦巻いているが、変化は見られない。森羅と天音の報告も同様だ。これは違うなと真也は思ったが、調べたい事はそれだけではないので廃墟の街へと近付いていく。街は端の方が削られたように消滅していた。前回森羅が行った攻撃の強さが良く分かる。


「声が大きくなりました。これは……恐らく怨嗟の声だと思います。敵意が痛いくらいです」


 街の近くに来ると、天音が頭に手を当てて頭痛を堪えながら報告してきた。頭の中に何かを突き刺されているような痛みだ。


「森羅、精神障壁を天音に掛けて見てくれ」


「分かりました」


 森羅が天音に魔法を掛けると、天音の表情が和らいだものになった。この変化によって、何らかの精神系の攻撃が放たれていたのが分かった。敵意だけで疲弊させるのだから相当なものだ。と言うよりも、精神攻撃になるくらい敵意が放たれていると言う方が正しい。


 真也が何も感じないのは、受信する感覚が元々鈍い事と、この程度の精神攻撃なら無意識に作っている精神防壁によって意識する事無く遮断してしまっているからである。天音の方は感度が良い事と、波長が合っているので精神防壁をすり抜けている状況だ。


「ありがとうございます。大分楽になりました」


 真也は念のため天音を片腕で抱きしめると森羅に次の指示を出す。抱きしめられた天音もしっかり真也に抱きついている。


「では行くとするか。森羅、前進」


 真也達が静かに街に近づくと、前回同様に黒い靄が出てきて真也達を一気に包み込んだ。障壁の中からは外は真っ暗で真也の目には何も見えない。


 天音には障壁の外で渦巻くいくつもの顔が見えている。その顔は全員憎悪で歪んでいた。天音は目を瞑り真也の身体に顔を埋める。


 天音の様子に何か見えていると分かった真也は、負担を軽減するために手早く調査を行う。


「森羅、どんな感じだ?」


「はい、まず王都のものとの違いですが、こちらは複数の忌み子がいます。それと子供と言うより大人のようです。子供と違い強固な精神が存在します」


 この報告に真也が忌み子について立てた仮説のうち、昔は忌み子とは呼ばれていなかったのではないかが現実味を帯びてきた。現在では忌み子がほとんど居ないのに、なぜ統一帝国の時は大量に居たのかとずっと疑問に思っていたのだ。


「次に記憶の方ですが、意思が憎悪に固定されているためそれ関連以外は良く分かりません。読み取れた記憶は、囚われて拷問の末に殺された記憶だけです。その記憶からの推測ですが、この憎悪はわざとそうなるように仕向けられたのではないかと思います」


 つまり封鎖領域はわざとこうなるように、目的を持って人為的に作られたことになる。多くの人を一方的に利用し、国を滅ぼしてまで欲しがるものなんて碌なものではないと、真也は眉をひそめる。


「碌でもないな。他にはある?」


「後はこの街にこの者たちを縛り付けているものがあります。詳細は近づかなければ分かりませんが、そちらを破壊しなければこの靄は再び復活します。本体はその中にあり、靄は再生可能な手足のようなものです」


 やはり碌でもないと真也は思う。


「では行くか。とりあえずこの靄を浄化して道を開こう。その場所は分かるか?」


「はい。大丈夫です」


「なら良いか。実行」


 真也の指示で森羅は広範囲で【浄化】を実行する。光と共に視界が戻ると、森羅は真也達を連れて全速力で街の中心部にある建物に飛び込んだ。そこは闘技場の様な巨大な円形の建物で、内部も似たような作りだった。


 中心部は十m程掘り下げられて出入り口は見当たらない。真也達が来たのは観覧席のような場所だ。中心部には一m程の黒い塊が設置されていて、時折黒い稲妻を放っている。そして浄化して間もないのに、既に所々から黒い靄が出現してきていた。


「解析します。お待ちください」


 森羅は真也の肩から飛び立つと、【浄化】を維持しながら中央に降り立ち塊に触れて解析を行う。いつもより長い時間が経過して、真也が心配し始めた所でやっと解析が終了し、真也の肩に戻ってきた。


「完了しました。これは魂を縛り付けて魔力を吸い出し続ける魔道具です。名称は『魂魄練成器』でした。吸い出された魔力は現在大陸中央部に送られています。縛り付ける魂の感情を固定する事により、魂の消滅を防止しているようです。魔道具の核ですが、元からかなり変質しているので詳細は不明です。ですが、かなりの力を持った存在を元にしているようです。以上の結果から、ここは魔物や靄を発生させる事が目的の場所では無く、魔力を供給するための場所と言う事になります」


「何に対して供給されているかは分かったか?」


 聞きたいことはもっとあるが、靄が復活する前に終わらせてしまいたい真也は手短に質問する。天音の方も防御しているとはいえ限界が近いようで、額に汗をかき始めている。


「読み取れた情報に定義されていた名称ですが、『高密度意思体』に供給されていました。これは種別を表す情報で、個体名は読み取れませんでした。また、表層の解析と読み取りは行いましたが深い接触は相手に気付かれるので行っていません。申し訳ありません」


 森羅は現段階で気付かれるのは得策ではないと判断したため、供給先に受け取る存在が居る事を確認した時点で気付かれない分だけ解析を行い、そこで調査を止めている。真也もその判断に賛成だ。場所も選べない、準備も出来ない状態で未知のものに接触するのは危険すぎる。ましてやこんな碌でもないものを利用している存在だ。確実に敵対者になると予想できる。


「いや、それで良い。ここを破壊すれば相手に気付かれるか?」


「それは大丈夫です。他にも供給源はあり、現状供給量が飽和していました。ですからここひとつを破壊した程度では減少に気が付きません。飽和しているからこの周囲に余剰魔力が放出されている様です」


 真也は顎に手を当てて今後の事を手短に検討する。まずここは破壊しても気付かれないので壊す事に決めた。森羅の接触に気が付かない時点で、向こうがこちら側の事象を詳細に認識していない事は確定している。


 次に高密度意思体については、帝国の崩壊に関与しているのは間違いないが、調査した魂魄練成器の用途から崩壊や大異変は意図したものでは無いと推測した。そして例の組織と関わりがあると考えた。


 片方はシーヴァラス帝国復活を掲げる組織であり、もう片方はその帝国時代末期に作られた魂魄練成器を力の源とする存在だ。そしてどちらも大陸中央部を根城にしている。これで全く関係が無いと言われても信じる事はできない。


 そして繋がりを辿って攻撃する事は可能だが、力を持った敵対者がいると教える事になる。これについてはこちらから情報を与える必要は無いと考え、攻撃は行わない事にした。行動を決定した所で時間も無いので森羅に短く指示を出す。


「では外に出てここを破壊しよう。その後離脱する」


「分かりました」


 森羅は真也達を連れて建物を飛び出し上空で停止する。この位置からは徐々に復活した靄が建物から出てきているのが良く分かる。


「復活が早いな。森羅、実行」


「了解。結界術式起動、重力術式、浄化術式最大起動」


 真也の合図と共に森羅は建物に向けて魔法を行使する。まず最初に巨大な結界を張り町全体を包み込む。これは外に靄を逃がさないようにするためだ。次に魂を縛り付けている魂魄練成器を建物ごと極大重力で押し潰して破壊し、最後に解放された魂を浄化した。


 後に残されたものは、直径百mはある巨大なすり鉢状の穴だけだった。


「終わりか?」


「はい、どこにも反応はありません」


「声も聞こえなくなりました。最後は感謝していたように感じました」


 森羅と天音から報告を受け、問題ないと判断した後で真也は黙祷を行う。その後は特に何事も無く、静かに家に帰っていった。







「やっぱり家は落ち着くな。食事もおいしいし、ここが一番だな」


「えへへ……」


「「……」」


 夕食の食事当番は天音である。内容は野菜炒め。いくらから揚げ好きの天音でも、当番だからといってから揚げだけ作ることはしない。必ずつけはするが。現在は真也に褒められてご機嫌になっている。


 ミリルとリシルは天音を褒める真也を、何があったと不思議そうに見つめている。真也は何かと褒めてくれるが、今日は変だ。いや、訂正しよう、いつも変だが今日はもっと変だ。普通に行動しているが、どことなく心ここにあらずの様に見える。


 具体的にはここまで変になる時は、大抵何かを作っている間や完成した時だ。今日は出かけると聞いていたし、何も作っていないのは部屋を見れば分かる。本当は聞きたい所だが、双子は聞かない事にした。以前に詮索されるのを好まないと聞いているからだ。必要があるなら、いつか話してもらえるだろうと思いながら食べ進めた。


 家族の中で一番常識人と言える双子だったが、傍から見れば既に真也の考え方に染まっている事に本人達は気が付いていない。そうでなければ一緒に暮らせるはずもない。もちろん真也にとっては良い変化なので、森羅は教えて気付かせようとは思わない。こうなる様に双子を導いてきた森羅は、小さく頷きながら黙々と食事をしていた。








 食事を終えて風呂に入れば後は部屋に戻るだけである。今は寝室をふすまで二つに分割し片方は真也専用になっている。まだ天音が侵入してくるが、それも時間の問題だろう。


 枕元には一cm程の魔石を三角形に繋いだ質素な首飾りが置いてある。これは以前に天音と双子からお守りとして渡されたものだ。魔石には守護の思いが込められ、紐の部分にはこっそりと三人の髪が編みこまれている。大雑把な加工は森羅が手伝ったが、殆ど三人で作った品物だ。


 ちなみに貰った時、真也はその場では笑顔でお礼を言った。そしてその後に一人で風呂場に移動してから嬉しさを爆発させた。それから劣化したり壊れたりしないようにしっかりと森羅に保護を頼んで、肌身離さず持ち歩いている。


 それはさておき、真也は布団に寝転がりながら昼の事を思い出していた。実に不愉快な結果だったと真也は思う。


「森羅、高密度意思体とは何だ?」


 森羅は現在真也の腹の上に座っている。枕元に居られると真也が落ち着かない事を知っているので、この状態が最適なのだ。もちろん森羅は好んでこの位置に居る。


「読み取れた情報によりますと、自らの魂を核として練成された魔道具の亜種です。外部から魔力を取り込むことによって無限に再生し、供給されている限り魔力切れが起きません」


「出来るのか、そんな事が」


「考え方は天音の魔道具と同じです。あれは天音がいる限り、無限に再生し、魔力を放出しています」


 それもそうだと真也は納得した。要は用意した核に自分の情報を書き込めば出来上がる。どうすれば出来るかは分からないが、不可能ではないと理解した。


「と言うことは倒せないと言う事か?」


「本体を粉々に砕いても魔力が供給されればいずれ復活します。魂魄練成器が大規模な供給源ですが、無くても周りから取り込みます。活動形態は恐らく他者の肉体に憑依して操るものと推測します。これは元々人なので異なる形では色々と支障が出ると思われるからです。憑依なら肉体が破壊されても次の肉体に乗り換えることで活動が可能です」


 しぶといと真也はため息をつく。


「面倒な奴と関わってしまったな。知られないようにして正解だったか」


「そうですね。それなりに大きな力を持っていたので、対策を立てずに挑むのは被害を拡大する恐れがあります。ただ、強くはありましたがかなり歪な印象を受けましたので、何か不具合があるのかも知れません。ですので、現状で推測できる範囲では十分対処可能と判断します」


 なら良いかと真也は高密度意思体についてはひとまず放置する事にして、次の問題に移る。


「結果として謎がそれなりに解けたのは収穫と言えるか……。封鎖領域の事も靄の事も分かったから天音がより安全になった。後は忌み子は帝国時代に何と呼ばれていたかと、不自然な知識の事か」


「知識の方は分かります。能力として周囲の情報を収集する力があります。成長につれて無意識の部分が小さくなり、力は小さくなりますが能動的に使えるようになっています。これは出会った当初は無自覚でしたので能力情報が隠れていました。最近はある程度自覚して使えるようになった様です。おそらく幼い時は手当たり次第に情報を収集するのではないかと思います。そこから必要な物だけ蓄積していくので、他の人より早く精神が成長するのではないかと。そうしなければ自分の魔力を早期に制御出来ませんから、種族的な特徴ではないかと推測します」


 だから近頃妙に勘が鋭かったのかと真也は冷や汗をかく。色々隠し事をしているので、後で困った事になるかもしれないと思うと、背筋が震えそうな感覚があった。


「聞かない方が良かったかもしれない……。過ぎた事は仕方が無い、今後気を付けよう。しかし統一帝国末期に何が起きたのだろう。わざわざ国を壊してまですることか? 不老不死でも求めたのだろうか」


 真也は不死と言える高密度意思体の情報から推測をするが、行われた事は副産物とは言え国どころか下手をすれば世界中が魔物で溢れかねない事だったので、相手の目的が良く分からなくなった。


「価値観が違う人の思考を理解する事は困難です。主様からすればちっぽけな理由と言う事もありえます。それに元々魔物の大量発生は想定していなかった可能性が大きいですし、どこと無く歪でしたので、何か想定外の不具合があったのかもしれません」


 それもそうだと真也は納得する。地球でも訳の分からない理由で人を殺す者、虐める者、貶める者がたくさん居た。世界は変わっても人は変わらないと言う事なのだろう。これ以上考えても確実な答えは出ないので、この話題はここまでにした。


「それにしても襲撃の原因が少しは分かると思っていたのに当てが外れてしまったな。結局振り出しに戻る事になった。後は何があるか……。魔物の連続襲撃で定番は魔王が現れることだが、この世界の形態では別種族の魔物がつるむ事はまず無いからな。他に何かあったかな」


「魔王を統率者として考えれば、ありえるのではないでしょうか。以前に魔物を操る魔道具がありましたから、それをつけた個体を統率者に出来れば一つの群れを操れます。後は数を揃えれば軍と呼べるものになります」


 その推測に、確かに盲点だったと真也は考えを修正した。何だかんだ言いながらゲームのお約束にこだわっていた事に気が付いて、先入観で考えていた自分を笑う。そうなると今までの一連の襲撃は自然発生した魔物の仕業ではなく、仕組まれたものと言う事になる。


「となると群れを作る魔物を使っている訳か。どんな魔物に襲われたか調べてみるか。多分商業ギルドでも情報を集めているだろうから、とりあえずアランさんの所に行こう。ちなみに群れを作る魔物はどの程度いるんだ?」


「群れて行動する魔物は多いのですが、群れを作る魔物は余り多くありません。確認されているのは黒山犬、暴れ猿、毒大蜂の三種とそれの派生と、同じく上位種族だけです」


「随分少ないな。確かに言われてみると群れてはいたが基本バラバラだったな。全滅させるまで逃げなかったし」


 逃げる暇も与えなかった元凶その一が、そういえばそうだったと今までの狩りを思い出して納得する。


「軍として運用するならば、おそらく種類より数を揃えていると思います。弱くても数の暴力で圧殺出来ますし、補充もしやすいです」


 元凶その二が推測を述べる。魔物が親から生まれる以外の方法で増加する原理は知られていないが、弱い魔物ほど多く発生するのは経験則から分かっている。上限はあるが、常に補充されている様な感じだ。つまり弱い魔物は放っておくだけで不足した数がすぐに元に戻る。利用出来れば確かに強い。


 ちなみに原理としては、抜け落ちた毛などが周囲の魔力にゆっくり染まっていき、一定以上の密度があれば変化して複製体が生まれている。使役魔の体毛等で発生しないのは、主の魔力で変質しているからだ。必要がないのに繁殖行為を行う理由は、発生する元になった動物の本能が残っているからである。


「そのあたりも明日調べる事にしよう。さて、寝るか」


「はい」


 森羅は空中に移動して真也が動けるようにする。そして真也が寝る準備を終えてもそもそと布団に入ると、明かりを消して懐に入る。これは今でも変わらない。いつまでも平穏が続けば良いのにと思いながら真也は夢の世界へ旅立っていった。


 朝になると何故か隣に天音が眠っているのもいつもの事だ。今はまだ、平穏な日常が営まれていた。







 大陸中央部、旧シーヴァラス王国の王城。その中にある一室に人が集まって会合を開いていた。


「作戦は順調か?」


「はい、現時点では予定通りに推移しています」


「良し、なら次の行動に移る」


 彼らは言わずと知れたシーヴァラス帝国の復活を掲げて活動する組織の一員である。何日か前に大規模な行動を起こして自分達の国を取り戻していた。周辺国から送られていた人達は全員捕らえられ、彼らの目的達成の為に使用された。彼らは二百年前の反省から繰り返し検討し、実現に向けて準備を進めてきた作戦を遂に実行したのだ。後戻り出来ない行動を起こした彼らに停滞はありえない。


「もはや後戻りは出来ない。陛下の力も完全に戻り、作戦の要点もすでに達成されている。後は予定通り進めるだけだ」


 その言葉に全員が頷く。彼らの中では自分達が正義であり、今回の戦いは王権を簒奪した賎民から国を取り戻す聖戦である。大義名分ではなく本気でそう思っているので、誰が何と言おうと耳を傾ける事は無い。


「結局予備は行方不明のまま、新たな個体も発見出来なかった。今更必要になるとは思えないが、念のため捜索は続行せよ」


「分かりました」


 時代は真也と関係のない所で動き始めた。例え真也が何もしていなくても、この結果は変わる事はない。むしろ真也の行動で予定が狂い、計画が遅れた。狙っていた予備を奪われ、実験体の入手経路も潰された。これによって自分達の事を秘匿するために、その都度慎重に行動する必要が生じてしまったのだ。




 どのように行動しても避けられない出来事を、人は運命と呼ぶのかもしれない。



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