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第52話 一つの終わり

 尾行された日の夜。腕に抱き付いて眠る天音から森羅の協力によって起こす事無く脱出に成功した真也は、代わりの抱き枕を楓に頼んで森羅と桜を連れて外出していた。目的は嫌がらせの方の組織を始末するためである。時間を置くと次が来るので今夜中に終わらせる予定だ。


 取得した情報から組織と接触している場所まで出て来ると、真也は行動を開始する。現在居る場所は王都の中でも治安が悪い歓楽街で、この時間でも結構な人が歩いている。もちろん隠蔽障壁は展開しているので真也達の姿を見られる事は無い。


「では始めよう」


「はい。探索術式精密処理開始、情報入力、範囲設定、起動」


 森羅はごろつきから得た組織の構成員の見た目を【探索】魔法に組み込んで、通常は使わない精密処理を行う。これは広範囲を詳細に探索するためだ。一度探索すればその場所に居る人の情報が記録されるので、一人見つければ後は芋蔓式に繋がりを辿る事が出来る。


 現代にもある写真と監視カメラの映像を組み合わせて個人の位置を特定する技術の様なものだ。もちろんそれよりもっと強力だが。


 真也と桜はその間、特に何をするでもなく黙って待機している。そして森羅はいつもなら一瞬で終わる探索を二十分程度かけて行い、情報を取得した。


「居ました。こちらです」


 森羅が示す方向に静かに移動する。到着したのは元酒場と思われる二階建ての建物だった。真也はそのまま裏手に回り、目立たない位置で作戦の第二弾を実行する。


「ここなら大丈夫だな。作戦開始」


「了解、結界術式、精神術式、幻影術式、元素術式起動」


 森羅の魔法によって建物が結界で遮音され、中に居る人は強制的に眠りに就いた。そして壁に穴を開けて中に侵入する。穴は幻影で隠しているので今夜程度なら十分誤魔化せる。内部に侵入した真也は早足で内部を動き回り調査する。人を見つける事を優先し、見つける都度森羅が情報を収集していった。


「居たのは六人か。ひとりは確定として、結果は?」


「全員組織の関係者でした。得られた情報によりますと、多くはありませんが王都全域に隠れ家があります」


 眠っている人に接触して詳細な情報を得た森羅は簡単に纏めて報告する。それを聞いた真也は、やっぱり組織は面倒だと嘆いたが、時間も無いのでさっさと処理する事にした。


「分かった。森羅、全員始末してくれ。それとこの建物内にある全ての家財は記録してから処分する。後で依頼の記録があるか調べよう。とにかく時間が無いから構成員の始末を優先する。以上、開始」


「分かりました。少々お待ちください。……記録完了、時空術式、元素術式起動、……終了しました」


 森羅はその場で建物全体を一つの品物として記録して家財の情報を一気に取得し、その後は構成員も一緒に建物内にある物を全て閉鎖空間に取り込んで焼き尽くす。開始してから終了まで十秒程だった。


 結果を見届けた真也は、自分の指示で人を殺した事に対して特に何も感じる事無く、次の目的地に桜に乗って移動を開始した。この手の組織は構成員が結構いるので急がなければ朝になってしまうと、気にしているのはそれだけだった。今回も森羅が何も言わずに精神の強化と保護を行っている事に気が付いていない。






 真也は桜の機動力を駆使して広い王都を縦横無尽に走り回り、何とか朝までに全ての始末を完了した。末端はまだ残っているが、依頼を知らないならば支障が無いので放置している。組織は既に壊滅しているので、資金も伝手も無い末端だけでは今夜起きた事は何も分からないからだ。幸いな事に幹部は全員王都に居た。


「……な、何とか間に合ったな。森羅も桜もお疲れ様。……流石に疲れた」


 現在は全てを終えて、まだ暗い夜道を桜に乗って帰っている所だ。その顔には徹夜で作業したため隈が浮いている。しばらく会話も無く進んでいたが、真也は頭を振って意識をはっきりさせ、帰るまでに確認しなければならない事を森羅に聞く。


「森羅、依頼主は分かったか?」


 真也が聞いているのは取得した情報の中にルードの店に関連した物があったかと言う事だ。あればこれで解決となる。


「はい、ローラスと言う人物でした。以前調査した服店の店主です」


 記録した情報から森羅は検索して真也に報告する。森羅には疲れは見られない。桜も実は元気だ。これは真也から魔力が供給されているからなのだが、その大元の真也には恩恵は無い。


 実はやろうと思えば真也も同じ状態になれるが、普通にこだわる真也の為に森羅はわざと疲れるように真也の身体を制御している。おかげで常に負荷が掛かっている状態になり、それに適応するために真也の魔力は天井知らずの状態で上昇している。


 そんな事は知らない真也は眠りそうになるのを堪えながら結論を出す。眠いので大分大雑把だが、徹底的に始末したので問題は起こりようが無い。


「……あれか。予想通りなんだが何だかすっきりしないな。もはや資金も無いだろうし、打つ手も無いだろうからこっちは放置だ。他に似たような組織に再度依頼できても、組織の方は警戒して暫くおとなしくしているだろうさ。良し、これで今回分は解決だ。対策もしているし、後は様子見だな」


 真也は桜の上で背伸びをして、急いで家に帰った。そして天音達に気付かれない様にこっそりと楓と交代して布団に入ると、そのまま意識は闇に呑まれていった。







 少々時間を遡る。


「……くそっ、くそくそくそっ! 何でうまく行かないんだ!」


 ローラスは辺りに物を投げつけながら癇癪を起こしている。ルードの言った通り、あまり苦労をしないで店を受け継ぎ、それなりにうまくいってしまった為に引き際がもう分からなくなっている。店が赤字を出し続けている事は分かっているが、格下と侮っていたルードに負けて引っ込みがつかなくなっているのだ。


 ルードが秋に蒼炎貝の飾りボタンを販売した時も、そんな欠片を誰が買うんだ田舎者がとせせら笑っていた。無理をして仕入れた事は誰にでも分かるので、売れずに赤字を抱える事も分からない馬鹿者と嘲笑った。


 しかし、それ目当てでルードの店で服を買う者が出てきたと聞いて、ならば自分の所ではもっと豪華な物を売ってやると息巻いて蒼炎貝を仕入れる事にした。


 仕入れようと思って手に入れることが出来る物ならば、王族でも持っていないとは言われない。結果として、蒼炎貝を扱う取引先には鼻であしらわれた。


 取引先の財務状況が把握出来ない大店は普通無い。ローラスの店が赤字なのは店を見れば予想がつくし、第一黒い噂満載の店と取引したい所は余り無い。下手をすれば飛び火してくるからだ。


 仕方がないので高級ボタンを格安で販売したが、当然売れる訳が無い。二度と手に入らないかもと思える蒼炎貝とは全く意味が異なるものだからだ。これで更に赤字が加速した。普通の状態ならば気が付いただろうが、精神的に追い詰められて視野が狭くなったローラスは、目の前の出来事にも気が付かなくなっていた。


「……あいつが悪いんだ。恩を仇で返すような真似しやがって! 売れないのは俺が悪いんじゃない、あいつが悪いんだ! 見てろよ恩知らずが……」


 自分の行いの悪さをを相手のせいに転化して、ローラスは越えてはいけない一線を越えてしまった。珍しい事ではない。大義名分があれば人はどこまでも残酷になれるのは地球の歴史が証明している。


 奇しくも今まで双子の様に同調していた二つの店の運命が分かれた瞬間だった。もう一つの店の店主であるイハールはルードに執着するところは無い。高級ボタンの安売りまでは同じ事をしていたが、ここで舵を元に戻した。もうこれ以上安売りを続ければ耐えられないと悟ったのだ。もう十分遅いが。


 こうしてローラスは一線を越えた。店の奥で歪んだ笑みを浮かべて朗報を今か今かと待っていた。今まで行った企みも、今回の暴走も、あっさり真也に潰された事を知らないまま、赤字を垂れ流し続けていた。


 やがて赤字がかさみ、まともではない所から借金をしていたローラスは店を奪われ採掘場送りになった。そして重労働に耐えられず脱走しようとして殺された。最後までローラスは何故こうなってしまったか理解することは出来なかった。いびつに歪んだ自尊心を抱えながら、闇に落ちて二度と元に戻る事は無かった。


 イハールはこの後店を売り、借金を清算して王都を出て行った。あれだけ馬鹿をやって王都に居られるほど神経は太くなかった。その後の行方は誰も知らない。


 こうして王都を長く騒がせた問題は、当事者以外誰も本当の理由を知る事無く静かに収束していった。殆どの者は噂からルードが正々堂々と店同士の戦いで打ち破ったと思っている。もちろん真也が真実を語る事は無かった。







「世話になったな」


「唐突ですね。私もお世話になっているのでお互い様ですよ。それにルードさんだから力を貸したのです。自信を持ってください」


 全てが終わった後で、真也とルードは店の奥の部屋で、初めの頃の様に二人きりで会話している。その時のルードの顔には苦みを伴う笑いが張り付いていた。


「全く大馬鹿野郎だったな。イハールみたいにしておけば、まだ店は残っただろうによ」


「それが出来ないからこそ最後までやめなかったのでしょう。こればかりは仕方がありません」


 ルードの自嘲気味の言葉に真也は一般的な言葉を返す事しか出来ない。消えた店に思い出を持っているのはルードであって、真也には思い入れも何も無い。ただ、それを言うほど無粋な訳ではない。真也はローラスが最後に行った事を伝えるつもりは無いので、ルードの中では唯の馬鹿野郎として記憶される。そしてそれで良いと思っている。


「これから新しい店がどんどん出てくるはずです。油断しているとすぐに足を掬われますね。何でも腕の良い職人が沢山居るそうですから」


「ふん、何言ってやがる。俺の腕も上達している。錆付いたやつらなんぞに負けんさ」


 真也の話題転換に、ルードは髭を触りながらやっと楽しそうな笑みを浮かべる。真也も同じく笑みを浮かべた。


「それは頼もしいですね。ではそろそろ出資を引き上げても心配要りませんかね」


「……いや、それはまだ駄目だ。と言うか今の規模で引き上げられたらすぐに干上がる事は知っているだろうが」


 今、店で動いている金額はルードが個人で動かせる上限を越えている。まだまだ自分の店にする事は出来ない。


「それもそうですね。こちらとしては早く全権をお渡ししたいのですが、暫くは仕方がありませんね」


「全くだ。心臓に悪い事は無しにしてくれ」


 もちろんお互いに状況は知っているので冗談である事は分かっている。そしてお互いに笑い合いながら今後の事について話していくのだった。







 真也達が行動したのと同じ日の夕刻、どこにでもある民家の一室で、どこにでも居そうな二人の男が会話をしていた。


「報告ではまだ時間が掛かるようだ。中々姿を現さないらしい」


「そうか。焦って気付かれても厄介だ。仕方が無いだろう。うまく捕まえる事が出来れば計画も一気に進展するのだがな」


「疑問なんだが、現状では足りないのか? 発覚する危険を冒すより慎重に行った方が良いと思うが」


「何を言っている。足りはするが、より完璧になれば成功する確率も上がる。実験も上々だ。傀儡の魔道具も改良を重ねて原典と遜色ないものがもうじき出来上がる」


 男達が話をしていると、そこに一人の男が民家に入ってきた。元から居た者達はすぐさま物陰に隠れて様子を見ていたが、相手を確認すると警戒を解いて話しかける。


「お前か、どうだった」


「ああ、今日も変わりなかった」


「やはりしばらく様子見するしかないか。ご苦労だった、休んでいてくれ」

 

 そう言われた男は奥に行って休む事にする。夜中になったら色々な資料を探さなければならないからだ。面倒だが仕方がない、全ては悲願成就のためだと思いながら眠りについた。






 余談をいくつか紹介する。


 裏の世界で真也の行った事が伝わると、似たような組織は恐怖の渦に叩き込まれた。昨日まで何の兆候も無かったのに組織の一つが朝になると消滅していたのだから、次は自分達かもと思わない訳が無い。


 隠れ家の中が家財道具も含めて空っぽになっていたのも、争った形跡が全く無いのも恐怖に拍車を掛けた。建物に穴が開けられていたので侵入者が居たのだけは確定しているが、どのような理由で、そしてどうやって一晩で行われたのかが全く分からなかったので、各組織は暫く動く事を止めて息を潜めた。





 時間を遡って、夜に出かけた日の夕食を作る時、真也は当初野菜炒めにしようと思っていたが急遽ステーキに変更した。理由は昼間ミリルだけ褒めて頭を撫でたせいで、リシルが不機嫌になったためだ。意識を共有していようが二人である事に変わりは無い。どうやら少しずつ個性が出てきたらしい。


 当然真也は機嫌が直るまで褒めて頭を撫でる事になった。何故か途中から森羅以外の全員に同じ事をするはめになったが、諦める以外の方法は無い。子供とはそう言うものだ。


 そして徹夜して帰って来た日、真也は天音達がいくら起こそうとしても起きず、昼まで眠っていたので天音と双子にとても心配された。森羅はきちんと問題無いと伝えていたが、それとこれは別である。そのため真也は昨日に引き続き、天音達の機嫌を取るはめになった。もちろん森羅は何も言わずにいつも通り真也を手伝っている。


 森羅が何も要求しなかったのは、褒めてほしいと思っていないからではない。自分が真也に必要とされていて、常に傍に居る事によって役に立っていると確信しているからだ。そして森羅は眠る時に必ず真也の懐で眠るが、誰もがそれを当たり前のように受け入れている。




 褒める事を求める程度では、誰も森羅に敵わないだろう。


お読み頂き、ありがとうございます。

これで一区切りとなります。

次話から最終章となり、話の雰囲気が変わります。



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