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第51話 越えた一線

 季節はすっかり秋になり、おいしい食べ物が市場に並んでいる。食欲魔人達の食欲も順調に増加している。自重を忘れてお金持ちになって良かったと本気で思った真也だった。


 現在は昼前で、店の客が少なくなる時刻である。真也は仕事部屋でルードと打ち合わせをしていた。そろそろ限定品の効果が現れると思い、確認に来ている。天音も一緒に来ているが現在借りてきた猫状態である。今回森羅は天音の肩に座っている。楓と桜は小さくなって天音の腕の中だ。


「売れ行きの方は順調でしょうか」


「ああ、限定品が予想より出ている。売上は限定品を除けば夏の二割増しと言った所か」


 ルードは髭を触りながら笑みを浮かべている。売り上げが上昇してきているので機嫌はかなり良い。真也もそれを聞いて安心し、微笑んだ。


「購入者の現金と点数との割合はどうですか?」


「今は現金の方が多いな。決めた通り現金と点数と分けて数量を確保していると告知しているから不満を言う客は今の所いない。購入制限もしているから買占めも起きていないぞ」


 それなりにお金を持っている人は不要な物を買わずに直接購入し、その他は点数を貯める方法を取っている為に今はこの割合になっている。会員限定であって期間限定ではないのが要点だ。期間限定の場合は諦める人が多く出るが、会員限定ならその内いつかと思う事が出来る。


「だいたい予想通りですね。ところで店の方にはその後何か仕掛けてきましたか?」


 夏の初めに流された噂はすでに払拭されている。真也がこっそり調べた所、二店舗とも売り上げが少しずつ落ちている。売れ行きも客の入りも悪くなっているのは店内を見ただけで分かった。


「たまに難癖をつけようとするのが居るみたいだが、騒ぐ前にミリルとリシルが対処している。獣人は勘が良いとは聞いていたが、実際見ると驚く事しか出来ねえな」


 双子は入店した客を見るとなんとなくだが目的が分かる。これは森羅が力の最適化を行う過程で魔眼の力も上がっているためだ。普通の獣人はもっと大雑把にしか分からない。これによって事前に対処出来ている。ごろつき程度では純粋な力だけでも今の双子の相手にならない。


 それを聞いた真也は双子の活躍は嬉しい誤算だが、かなり良くない方向に問題が発生していると感じた。そのため少し考えて、対処法をルードにあらかじめ伝えておく事にした。


「あまり良い傾向ではありませんね。これからはティリナさんとリフィアさんが外出する時は、ミリルかリシルのどちらかと一緒に行く様にしておいた方が良いでしょう。この手の事は起こってからでは遅いですからね」


「……そこまであいつらがやるとは考えたくねえな。だが確かにお前の言う通りだ。これからはそうすることにしよう」


 ルードは真剣な顔になり、腕組みをして頷いた。ルードにしてみれば相手は腐っても昔の仕事仲間である。直接的な暴力に訴えるとは思いたくない。真也からすれば今でも十分直接的だと思っているので、嫌がらせがエスカレートするのは確定事項である。


(『森羅、こっそりみんなに障壁を張る事は出来る?』)


(『ミリルとリシルは存在情報を記録していますので大丈夫です。その他は情報を記録するか基点となる物があれば可能です。何も無い場合は王都を離れると維持出来ません』)


(『ふむ、じゃあ即席で指輪を作るか。……これを基点にしよう』)


(『お待ちください。……どうぞ』)


 真也が脳内で作図した指輪を森羅はこっそりと作成して真也に渡す。真也は受け取った手を胸ポケットに入れて取り出すふりをしてから人数分をルードに渡す。


「一応これを貸しておきます。簡易的な防御の魔道具です。魔物には通用しませんが、人相手なら十分です」


「いつも悪いな」


 ルードは笑みを浮かべて遠慮なく指輪を受け取る。今更この程度で遠慮する仲ではない。


「そろそろ相手も限界が来るはずなのでこれからが正念場ですね。馬鹿をやめればまだ間に合うと思うのですが、無理でしょうね」


「無理だろうな。性格はそう簡単に変わらんよ。せめて終わりくらい綺麗にしてほしい所だがな。あまり苦労をしないで老舗を受け継いで、自分のやり方がそれなりにうまくいっちまったから引き際が分からなくなっているんだろう。教育はされたはずなんだがな……」


 ルードはそう言うと深くため息をつく。気が合わない相手だが、破滅を願っている訳ではない。出来れば自分の過ちに気が付いてほしいと願っているが、無理だろうとも思っている。


「そういえば貴族などから注文が入る事はあるのですか? 偶にそれらしい人を見かけるのですが」


 真也は暗くなった話題の転換として、夏に手伝っていた時に貴族と思われる人が居たのを思い出して明るい声で質問する。見分けるのは意外と簡単だ。庶民と違い、貴族は品の良い装飾品を必ず身に付けている。


 目立つ所に付ける訳ではないが、ちょっとした事で目を引くように工夫しているので分かるのだ。たぶん本人は無意識なのだろう。でなければわざわざ安物の服を着る意味が無くなる。


「ん? ああ、たまに来るな。うちは庶民用の店だから基本はギルド経由で職人を紹介しているが、酔狂な貴族が庶民用の注文服を欲しがって仕立てる事もある。たぶんお忍びに使うんじゃねえか?」


 話題転換に気が付いたルードは髭を触りながら答える。そして沈んだ心を持ち上げるために笑みを浮かべる。


 ルードは仕立てようと思えば貴族用の服を仕立てる事も出来る。だがそれをやると仕入れから考えなければならないので今はやっていない。ちなみに貴族用の服は細かい決まりや約束事があるのでただ単に良い材料で作れば済む物ではない。


 笑い話で例えると入院患者に花言葉を厳選した切り花を持っていくか、豪華な鉢植えの花を持っていくかの違いだろうか。


 知らずに作れば田舎者と言われるような服が出来上がるだろう。そして笑われる事があれば作った者は明日の日の出を見る事は出来なくなる。貴族の服はとにかく面倒なのだ。なのでルードは断っている。作る場合はきちんと庶民用と断りを入れ、書類にサインも貰っている。


「酔狂な人はどこにでも居るものですね。とりあえず今出来る事はやっておきましょう」


「そうだな、いつ何が起きるか分からないからな」


 場がそれなりに明るくなった事をお互いに認識して、そっと頷きあう。わざわざ声に出すほどではない事なのはどちらも分かっている。そんな二人の様子を天音は森羅に解説して貰いながら静かに観察していた。


「ではよろしくお願いします」


「おう、おまえも気をつけろよ」


 打ち合わせを終えた真也は天音を連れて店の方を確認に行く。店内はいつも通り客がそれなりに入り、ティリナとリフィアが客に付き、双子は会計を行っている。今は人数がいるので忙しく働く事は無い。真也は去年の二の舞にならなくて本当に良かったと安堵していた。


 真也は双子が手隙になった所を見計らって声を掛ける。さすがに接客中に割り込むわけにはいかない。


「ミリル、ちょっと良いか」


「はい、何でしょう」


 真也はミリルのみを呼ぶ。一人に伝えればもう片方にも伝わるので二人集める必要は無い。客に見えない様に奥に移動してから用件を伝える。


「ルードさんからも話があると思うが、これからはティリナさんとリフィアさんが外出する時はミリルかリシルのどちらか片方が一緒について行って欲しい。誰かが短絡的な事を仕掛ける可能性があるからね。十分注意してくれ」


「分かりました」


 ミリルが真剣な顔で頷くと、真也は頭を撫でてルードから聞いた事を褒めておく。良い事をしても仕事だから当然と言ってはいけない。成長しなくなる要因となる。


「それと悪い客をうまく排除していると聞いたよ。良くやった。これからも頼むよ」


「はい、お任せください」


 ミリルは俯いているので表情は真也からは見えないが、尻尾はブンブンと勢い良く振られている。用件を伝えた真也はミリルと別れて店を出た。天音ともう一人が撫でられていたミリルをうらやましそうに見ていた事には気が付いていない。


 真也は特に急ぎの用事も無いので、たまには良いかと姿を消さずにゆっくりと歩いて帰る事にした。店を出た時点で森羅は真也の肩に移動して、楓と桜は天音の肩に乗っている状態だ。もちろん真也と天音ははぐれない様に手を繋いでいる。


 ゆっくり歩きながら通りの店を観察し、珍しい食べ物や素材を見つけると購入したりして、天音に色々説明しながら家に向かう。最近では天音も真也と一緒なら極端に他人を怖がる事は無くなった。一種の刷り込み効果かもしれない。そんなゆったりとしていた所に、静かに森羅から注意喚起がなされた。


(『主様、後をつけてくる者が二名います』)


(『うん? はてどうするか。……放置は事態を悪化させるな。家に天音を届けたら誘い出そう』)


(『分かりました。準備をしておきます』)


 真也は森羅と打ち合わせをして、さてどれの関係者かなと思いながらも、歩く速度はそのままにしてのんびりと家に帰った。天音は誰かの不躾な視線に気が付いていたが、真也が面白そうな顔をしていたので特に何も言わなかった。言わなかったが、無言のまま視線でお願いして抱き上げてもらっている。それだけで安心できる。


 家に着いた真也は天音を楓と桜に任せて再び外を歩く。追跡者がきちんとついて来ているのは森羅の報告で分かっている。真也は通りから死角になる所に入ると隠蔽障壁で隠れ、捕獲の準備をする。


「森羅、とりあえず壊さない程度でやってくれ。殺してはまずい相手の可能性もあるからね」


「はい大丈夫です。表層意識程度なら問題ありません」


 そんな話をしている内に一人目が真也のいる所に入ってくる。森羅がすぐさま精神に負荷を与えて気絶させ、隠す。もうしばらくすると二人目も来たので同じように処理をした。


 一人目はごろつき風の男だが、二人目はどこにでもいそうな普通の男だ。真也は二人を連れてもっと人気のない所に移動する。しばらく歩くとひと通りが無い行き止まりを見つけたので、二人を地面に置いて森羅に尋ねる。


「結果は?」


「一人目は店の関係者に嫌がらせを行う目的で雇われた者です。主様の事は夏のカキ氷で覚えていました。嫌がらせの規模は店に直接被害を与えたり、殺さなければ何でも良い様です。本人は人殺しもした事があります。一応個人で動いていますが、依頼自体は組織から斡旋されています。組織の規模はあまり大きくないと認識していました」


 真也は特に表情を変える事無く報告を聞いている。この程度は予想していた事だったので、特に驚く事では無い。


「こっちは店関連か。予想より随分行動が早いな。まさか今日心配して当日に来るとは思わなかった。しかしやり方は流石裏の組織だな、商業ギルドが動けない様に行動している。こいつはもしもの為の蜥蜴の尻尾か」


 商業ギルドが敵対者に対して容赦しない事は有名な事実だ。それ故に穴も見つけやすい。店の外で加盟店の従業員が被害を受けても、明確な証拠がなければ動く事が出来ない事を良く知っている。この辺りは表の組織としての限界とも言える。そうらしいでは動けないのだ。


「さてどうするか……。元の依頼が組織ならこのまま放置していても別口が来るな。規模は大きく無い様だし、元の組織ごと始末しよう。放置してもこちらには害しか生まれない。とりあえず王都から一掃するか」


 真也は表情を変えることなく始末する事を決める。明確な敵対者に情けをかけるほどやさしくは無い。依頼の内容は、既に以前に決めた一線を越えているので放置は選択肢に存在しない。放置すれば大切な人達に被害がでるのは簡単に予想できる。天秤にかけるまでもなく真也は守る事を選択した。決めてから真也は二人目の報告を森羅に促す。


「次は?」


「二人目は別口で、シーヴァラス帝国の復活を目的とする組織の工作員です。つけてきた理由は、主様が商業ギルドに納品している魔道具の製作者を突き止めて、組織の役に立てるためです」


 真也は意外な報告に思考が一瞬止まって呆けてしまった。予想では国が絡むと思っていたのだ。これもある意味国と言えなくはないが、繋がりが全く無いので予想外だった。


「……もしかしてアランさんが以前に言っていたのはこいつらか?」


 真也は表情を再び引き締めて腕を組むと対処方法を検討する。王都に来てから全くそれらしい動きが無かったので組織的なものではなかったのだろうと考えていたのだが、実際はずっと観察されていたのかもしれないと考えると背筋が寒くなった。そして首輪の出処を興味本位で追跡しなかった事に安堵した。シーヴァラスの名が出た時点で、おそらくこの組織が関与していると推測している。


「大抵この手の事を行う場合は同じ様な事を他でもしているんだよな。それにシーヴァラスと言う事は、あの首輪もこの組織が流しているのかもしれない。……傀儡に仕立てて情報をとるか。放置しても始末しても余計怪しまれかねないしな。せっかく向こうから接触してきたのだから、利用させてもらおう」


 真也は処理方法を決めると森羅に指示を出した。最初の男は閉鎖空間で焼き尽くされ、工作員には念入りに精神操作を行った。一度繋がりを構築すれば、わざわざ報告を聞きに行かなくても森羅は読み取る事が出来る。


 全ての処理を終えた後で工作員を解放する。後は自主的に組織の事を調べてくれる。真也は待つだけで良い。


「それにしてもここでシーヴァラスの名が出てくるとは思わなかった。こちらの情報はある程度渡っているようだし、どう動いても騒動に巻き込まれるのは確実だな。それならこちらから少し藪をつつく事にしよう。しかし困ったな、最悪は逃げなきゃならん」


 真也は組織と事を構える面倒くささに頭を掻きながらため息をつく。気付かれれば個人などすり潰されるのは分かっている。これからは動いている事を知られない様に慎重に行動しなければならない。国が滅ぼされてから二百年、その粘り強さに一筋縄ではいかないと感じた。


 現在旧シーヴァラス王国は周辺国合同の傀儡政権にて維持されている。国民はそのまま閉じ込められて二百年経った今でも困った価値観は直っていない。むしろ抑圧されて酷くなっている。周辺国も関わりたくないので放置しているのが現状だ。


 そして周辺国が選出している首脳部が騙されている事に、支配者側は誰も気が付いていない。その理由は単純で、会話がまともに成立しないからだ。


 普通の思考を持つ人は、果して四六時中妄想と嘘を垂れ流し続ける者と一緒に居て、いつまで本気で相手をしていられるだろうか。相手の言う事を初めから嘘と決めつけるようになった時、その対象に注意を向けなくなってしまうだろう。


 ちなみにオードの町で消えた魔道具士はこの組織に攫われている。真也の魔道具をそれなりに真似出来る程度の腕は持っていたのでまだ生かされているが、この先は分からない。


 オードの町ではアランが情報統制を行っていたが、さすがに王都では完全には行かなかった。改善される前の時期に嫌がらせの一環として真也の情報が洩れた。洩れたのは中間取引相手としての名前だけなので、まだ組織からの直接的な行動は行われていなかった。


 真也が外出時には大抵姿を隠しているのも相手の調査が進まない理由にある。今日はたまたま隠蔽していなかったので二人とも千載一遇の機会とばかりについて来た訳だ。その相手が特大の危険人物である事も知らずに。被害が他に流れなかった事は、真也は自覚していないがかなりの幸運と言える。


「やっぱり目立ち過ぎたか。と言っても隠者になる気はないから極力楽はしたい。加減が難しいな」


 真也は家に帰りながら今後の事について考えている。とりあえず魔道具は控える事にして、魔法薬の研究の方に重点を置く事にした。シーヴァラスの組織については規模が分かってから決める。小さいなら潰して終わりに出来るが、国家規模なら最悪の事態も考えなければならない。


「なってしまった事を言っても仕方が無い。いずれはこうなると思っていた事だし、準備だけはしておこう」


 真也はいつでも逃げる事が出来るように、商業ギルドの口座から現金を常に引き出しておく事にした。事態が更に悪化した場合、今の身元は使えなくなる可能性が高い。予想より早い騒動の先触れにため息をつき、これからの事を考えながら家路についた。


 そんな真也の呟きを森羅は肩の上で静かに聞いていた。その目に悲観は見られない。何故ならば、不可能を可能にするために森羅は生み出されたのだから。主が歩む先の見えない道を照らしながら、森羅はその先を見つめていた。


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