第50話 師として
秋になったので店ではカキ氷の販売を終えている。店に張り付かなくても良くなった真也は天音を連れて採取や狩りを行っていた。
天音は森羅から魔法を習っているが、その膨大な魔力が災いして一向に上達する気配が見えない。炎を作れば本人が飲み込まれかける程巨大なものが生まれ、水を呼び出せば大洪水が発生する。その他も似たようなものだった。今も人が居ない場所で魔法を発動して練習していたが、森羅が居なければ新たな名所が出来ていたのは間違いない。
「はて、発散魔力の制御は出来ているからある程度は制御出来そうなものなんだが、性質が違う物なのか?」
「圧力が高い中身の流出を完全に遮断するには蓋をすればそれで済みますが、必要な分だけ取り出すのは圧力が高ければ高いほど難しくなります。天音の魔力は大き過ぎるので、細かい制御は無理かもしれません」
真也の問いに、肩に座っている森羅が例を出して答える。天音は半泣きで真也にしがみついている。
「となると、俺も森羅が居なければ同じ惨状になるのか?」
真也は確か森羅が傍にいない場合の制御は自分でやる事になると以前説明があったと思い、一応聞いてみる。
「そうですね、むしろこの程度で済めば良い方なのではないでしょうか」
森羅のとても酷い答えに、真也は自力での魔法の行使はやめようと誓った。真也は天音を撫でて宥めながら、別の手段を考える。真也と違い、天音は自分で制御を行わなければならないので切実な問題なのだ。
「封印は負担が掛かるから論外。薬は効果が切れたら危ない。となると二番煎じの魔道具となるが……。森羅のような制御用魔道具は作れるものなのだろうか」
「さすがに完全再現は無理かと。それに劣化品でも核が物凄い量必要になると思います」
森羅の返答を聞いて、確かにそうだと真也はまたもや別の手を考え始める。普通の情報収集系魔道具でも、核にそれなりのものを使用しなければ巨大化してしまうのが現状だ。これに自動制御を組み込むと一体どうなるか見当もつかない。
これはスーパーコンピュータで行っている演算を、家庭用のパソコンで行うにはどうするかと言う問題と似ている。並列処理は巨大化と同じ事なので、機能を制限する方向で検討をしなければならない。真也は頭をひねりながら何かないかと悩む。そんな真也を泣き止んだ天音は心配そうに見つめている。
「それじゃあ、あらかじめ術式を固定した魔道具に魔力を通すだけで発動するようにして、術の選択は音声入力にする。余剰魔力は強制的に結晶化するようにした場合はどうだろう」
真也が次に思いついたのは、必ず技名を口にする漫画等のお約束を発動の条件に使う事だ。弱点を抱える事になるが、まさか敵も弱くするために道具を使っているとは思わないだろう。真也の脳裏に浮かぶものは、大きな杖を持って術を行使している天音である。問われた森羅は、首を斜めにして検討した後で頷いた。
「それでしたら何とかなると思います。元の核を最初から魔力結晶で作れば壊れても修復が容易です」
「ならそれで組み立ててみるか。天音、ちょっと腕輪を見せて」
真也は天音が差し出した両手にはめてある腕輪の蓋を開けて結晶が精製されているかを見てみる。両方ともゴマ粒程度の結晶があった。真也は両方取り出すと蓋を閉めて天音を解放する。
出来ていた結晶は薄い金色で、光を反射して輝いている。天音は初めて見る自分が作った結晶に興味津々の様で、目を見開いて凝視している。
「さすがに半年では出来ているだけでも幸運か。足りるかな?」
「はい。ある程度結晶が成長するまでは大きな魔法は使えませんが、概念を込めるだけならこれで十分です」
森羅から太鼓判を押された真也は魔道具の作成に入るために予定を切り上げて帰宅する事にした。さすがにこれは五分十分で出来るものではない。天音と一緒に楓に乗り、気晴らしも兼ねて散歩しながらゆっくり帰宅していった。
そして六日後の昼前、ついに天音専用の魔法補助魔道具が完成した。
「ついに完成だ。これぞロマンの集大成だ!」
連日連夜の作業が終わり気分が高ぶっている真也は、いつも通りの変な声をあげる。森羅と天音はパチパチと拍手をし、楓と桜は尻尾を振っている。理解者?がいる真也は幸せ者だ。ちなみに双子はルードの店で働いているので不在だ。
真也は当初、暴走しなければ問題ないという考えで作っていった。だが作っていくうちに、あれも欲しい、これも必要とどんどん機能が追加されていき、最終的にはとても素敵な事になっていた。以下に性能の詳細を紹介する。
まず核は当然のように追記可能方式にしている。記述は日本語を使用して他者には分からないようにした。追記は設定した言葉を言うと発声者の手元に透明な窓が浮かび上がり、そこに魔力で文字を書いていくようにした。
核の周りは常に何重にも丸い力場が形成され、その形に沿って結晶が成長する。この力場を破壊するためには力を注いでいる内部の核を破壊しなければならないと言う実に素敵な矛盾を詰め込んだ。力場の大きさはピンポン玉程度である。実際は一点集中すれば突破できるが、小さい事と自己修復機能があるので実現するのは難しい。
次に、結晶化が進み力場の内側が満たされると今度はその密度を上げていく。ただでさえ大きい魔力を持つ天音の魔力をどんどん貯め込む構造だ。ある程度密度が上がると核が分裂して魔道具が増えていく。一つが保持出来る最大魔力量は概算で大人になった天音五人分である。
魔道具は宙に浮き、思考操作が可能になっている。天音と結晶の間には見えない経路が繋がっている事が分かったので、手に持っていなくても魔力を供給し魔法を発動出来る。将来は宙に浮く複数の魔道具を思考で操作しながら魔法を行使する事が可能となる。一定以上の結晶密度があれば魔力を結晶側から供給して発動することも可能だ。
魔道具は小さいので髪やポケットに隠す事も出来る。ついでに操作を意識していない時は自動で防御行動を取るように設定してあるので、常に意識して操作する必要が無い。そして発見されないように隠蔽状態にする事も出来るので変に注目される事もない。
最後に、記述された魔法は発動が音声入力という事もあり特定の単語の組み合わせで威力や効果、範囲を変える事が出来るようにした。基本は魔法名のみで発動する。後は付け足して調整すれば思った通りの魔法になる。
例を挙げると、まず『水球』のみで基本構成の魔法が発動する。威力は『巨大』とか、効果は『癒し』とか、登録された単語に当てはまれば文章で無くても発動可能だ。面倒な時は基本構成を改造すれば最初から望む魔法が魔法名のみで使用できる。
要するにゲームに良くある様に下級から上級まで魔法名を登録すれば、それだけで魔法の威力や範囲を変えた物を使用出来るという訳だ。ちなみに登録の一番は【螺旋衝】である。ドリルは無くてはならないお約束だ。
通常は魔法名を唱えなければ魔法は発動しないが、精神状態を感知して緊急時は無詠唱で発動できる。そして防御に関しては常に自動発動している。余剰魔力を常に蓄え続けているので防御で消費しても結晶は増える一方だ。
以上が性能の詳細となる。
「はて、最初は杖にするつもりだったのにどうしてこうなった?」
出来上がった魔道具を手に持って、半ば勢いだけで作り終えた真也は、冷静になった頭で考えて首を傾げている。変な勢いが六日も続く持続力は褒めても良いかも知れない。
「作成しているときにロマンがどうとか繰り返していましたので、それが原因ではないでしょうか」
森羅の答えに天音も頷いている。作成中は例のごとく天音は真也に放置されたので、横で勉強しながら真也の様子を観察していたので間違いない。真也はその答えにいつも通り冷や汗をかいている。
「お師匠様、ロマンとはなんですか?」
天音の純粋な質問に真也は困り果てる。説明して分かってもらえるのであれば、先人達の歩んだ道はもう少し穏やかだっただろう。
「ごほん、それは横に置いておこう。大人になれば自然に理解出来る。……たぶん」
真也は説明を早々に諦め、問題を先送りにした。駄目な師匠である。
「と言う訳で、これが魔法補助用の魔道具だ。魔力を通せば起動するから」
「ありがとうございます」
天音は受け取るとぺこりとお辞儀をする。誤魔化された事は特に追及しない。真也に見えない様に森羅がこっそり『追及しては駄目』と合図を送っていたのを見たからだ。空気の読み方を森羅に学ぶ天音であった。
「ん……」
両方の手の平で魔道具を包み込み天音は魔力を流し込む。包まれた手の隙間から薄い金色の光が漏れ、自分の中に今までとは違う感覚が出来た事を天音は自覚した。
天音が包んでいた手を開くと、魔道具はそのまま宙に浮き天音の斜め上に移動する。これは操作を意識していないので邪魔にならない所に自動で移動したためだ。
天音は事前に機能を説明されていたので特に驚くことはなく、次に指示されていた思考で操作出来るかを試みる。
「……」
何分か経過したが、魔道具は動くことなく宙に浮いている。僅かには動くのだが操作と言える動きは全く出来なかった。言われた事が出来なかった天音は肩を落として落ち込んでいる。
「ま、まあ、思考操作が簡単に出来るようなら誰も苦労はしないからね。練習すれば出来るようになるから大丈夫だよ。まだ動かす以外の事は出来ないから気長に行こう」
「……はい、分かりました。頑張ります」
真也の応援?で多少持ち直した天音は早く完璧に操作出来るように訓練することを決意する。それが真也への恩返しにもなると思っている。元に戻った天音を見て、真也はほっとした。落ち込む子を慰める事が出来るほど気が利く性格ではないと自覚しているので、戻らなければ困った事になっていた。
「森羅、魔道具を用いて魔法を使用出来るようになるのはどの位かかるか予想できる?」
「春になる頃には低位の魔法は使用出来るようになると思います。思考操作の訓練期間としては十分です」
今の魔道具は未完成で、天音の余剰魔力を吸い上げて結晶を増やしている段階である。なので現段階では登録された魔法を使用することは基本的に出来ない。結晶が成長し、密度を高める段階に入れば魔法を使用出来るようになり第一段階の完成となる。但し、緊急用として無詠唱起動可能状態になった時は使用できる。
「分かった、ありがとう。と言う訳だから訓練はお昼を食べてからにしよう」
「はい!」
天音は元気に返事をすると、真也に駆け寄ろうと意識を真也に向けた瞬間、『ヒュン、ドゴ!』と風切音と鈍い音がほぼ同時に天音の耳に聞こえた。
天音が真也を見ると、真也の胸の高さで天音の魔道具が金色に輝く螺旋の光を放ちながら、真也の前に立つ森羅を押し込んでいる様に見えた。森羅は片手をあげて障壁を張り、魔道具の前進を押さえ込んでいる。
真也の視点では、天音が返事をして振り向こうとした時に森羅が突然目の前に転移してきたと思ったら、金色の残像を残して魔道具が高速で突っ込んできた様に見えた。
「天音、主様に意識を向けるのをやめなさい」
突然の出来事に驚いていた天音は、森羅の声で何かに気が付いたのか目を閉じて深呼吸をする。すると真也に向けて前進していた魔道具はその場で停止し、光も消えてゆっくり天音の傍らに移動していった。
「……何が起きた?」
「思考操作の暴走のようなものです。主様の所に行こうとした天音の意識に魔道具が反応しただけですので、特に問題はありません」
「問題ないの?」
森羅の報告に真也は驚きで働かない思考のまま質問を返す。天音は真也を見ないようにしている。ちなみに今回は魔法が発動していたが、これは天音の軽い興奮状態を感知して無詠唱起動可能状態となり、早く近くに行きたいと思った事によって魔法が選択されて発動している。
暴走するのだから問題ではなかろうかと真也は思う。しかし、森羅の落ち着いた返答を聞くと自分の判断に自信が無くなっていく。そんな真也に対して、森羅は頷いて太鼓判を押す。
「はい、訓練すれば解決する程度の事です。今回は一応私が防御を行いましたが、威力は大した事ありませんでしたので通常の障壁で十分対応出来ます」
真也は何かが間違っているような気がするが、どこが間違っているか分からないのでとりあえず頷いている。森羅はそのまま天音に魔道具をしまう様に指示をして、対応を終える。
「……良い事にしよう。行くよ」
真也は考える事をやめて、天音に近づいて抱き上げるとそのまま台所に歩いていく。最初から傍にいれば大丈夫と真也は予想し実行した訳だが、予想通り何事もなく済んだので真也は安心した。
その後の訓練は広い所の方が良いだろうと言う事で、主に庭で行われた。その結果、天音がそれなりに思考操作が出来るようになるまで、王都の一角では真也の奇妙な悲鳴が結構長い期間響いていた。
しかし心配はいらない。声が外に漏れてしまって変な都市伝説にならないように、森羅が前もってこんなこともあろうかと敷地全体に遮音結界を構築済みだ。
「近隣対策は完璧なので心配は無用です」
「「分かりました」」
そんな真也を見ても双子の忠誠は変わらなかった。不思議なことでは無い。既に森羅からこれまでの行動を教えられて、既に真理に到達しているのだから。
物事を始める前の準備が大切と森羅は主から教えられている。これからも森羅は事前の準備に勤しむ事だろう。




