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第49話 主として

 涼しい秋の風が吹く季節になった。現在、真也の自宅の隣に構築してある研究用の空間で双子と森羅が戦闘訓練を行っている。森羅の方はそのままでは小さすぎるので、色を付けた障壁を普通の人の大きさになるように整形し、それを身体に見立てて器用に動かしている。


「「ハッ!」」


 ミリルが後ろから、リシルが前から同時に森羅に飛び込んで拳を振るう。この辺りの連携はもはや素人ではない。踏み込みの速度も、訓練していない真也や天音では動き始めを認識できないくらい速い。そんな同時攻撃を森羅は僅かに移動して時間差を生み出し、障壁の腕を動かして攻撃を受け流しながら回転して、反対側にそれぞれ投げ飛ばす。放す際には砲弾の様に加速して打ち出している。そのため二人はバランスを保てずに着地に失敗して肩から地面に落ちた。


「「グッ……」」


「誤差の修正が甘いですよ」


 森羅はとても酷い注意をして追撃を二人に行う。ちなみに森羅の言う誤差とは達人くらいでなければ利用出来ない程度である。森羅は色をつけた拳大の空気の塊をそれぞれに三連射する。双子はすぐさま起き上がり回避を行う。二撃目までは避ける事に成功したが、最後のひとつが丁度逃げて体勢が整っていない時に到来して直撃を受けて吹き飛んだ。本来ならば大怪我では済まない威力のものだが、森羅が双子に障壁を張っているので後に残る怪我にはならない。


「「……」」


 双子は無言で立ち上がると、再び縦横無尽に森羅の周りを走り回ってかく乱し、今度は二人揃って同じ方向の側面から、時間差に見せかけた同時攻撃を仕掛ける。それを見た森羅は首を傾げて冷静に空気の『広範囲砲撃』を二人に放ち、二人揃って吹き飛ばす。


「攻撃はきちんと相手の実力を把握して行いなさい。今回は範囲攻撃もすると言った筈ですよ」


 そう言いながら容赦なく追撃を行う。今度は全弾命中して流石に倒れて動かなくなった。森羅が二人に近づいていくと、双子はいきなり起き上がって攻撃を仕掛け、遂に森羅に攻撃を加える事に成功した。もちろん森羅はその程度では微動だにしない。下手をすると攻撃を放った方が逆に怪我をする事になるが、森羅はきちんと柔らかく受け止めている。


「一応良い事にしましょう。休憩にします」


「「……はい」」


 全力の一撃を表情ひとつ変えずに受け止められた双子は、力尽きてその場にしゃがみ込む。今回の勝利条件は森羅に一撃入れる事である。本当の戦いなら通用しない手段でしか達成出来なかったため、二人とも落ち込んでいる。十分程休憩したら今度は基礎訓練の開始である。そんな事を森羅と双子は行っている。


 当初は全くの素人だったが瞬く間に上達して、今ではこの国の兵士を一対一なら圧倒出来る程度に成長している。普通はいくら才能があってもこの短期間でここまで成長しない。ではその理由はと言うと、一つは常に魔物の肉を食べているので強化の具合が普通では無くなっている。特に双子の好物は真銀鋼鎧竜のステーキだ。能力の上昇値も半端ではない。


 二人ともまだ成長期なので一度に取り込める力の量は本来大人より少ない。だが、二人を教えているのは主様第一主義の森羅である。二人が強くなれば主の役に立つと考え、二人が眠っているうちに取り込んだ力の最適化を毎日行っていた。


 もちろん普通は他者が取り込んだ力を操る事は出来ない。しかし森羅は双子の身体を【解析】しながら自分の魔力を送り込んで取り込んだ力が無駄にならないように制御をしている。この辺りの理不尽な高性能はさすが黒歴史の塊と言える。そう言う訳で双子は順調に成長している。





「「森羅様、お聞きしたいことがあります」」


「なんでしょう?」


 ひと通りの訓練を終え休憩している時に、双子が珍しく森羅に話しかけてくる。普段は二人とも恐れ多いと森羅に話しかけて来ることは無い。森羅は首を斜めに傾けて次の言葉を待っている。そんな森羅に双子は真剣な表情で問い掛けた。ちなみに三人とも正座をしている。


「「なぜご主人様は私たちの事を何も聞かないのでしょう」」


「必要が無いからです」


 ばっさりという音が聞こえそうな速度と内容で森羅は即答する。質問した二人はあんまりな返答に二の句が継げないでいる。


 普通の人は、なぜ夜の街道にいたのかとか、今までどこで生活していたのかなど事情を知りたがるものだ。二人の常識では双子の事情を知ろうとしない真也はかなり変な人だ。主を理解したいために今回の質問となった訳だ。


 双子の様子を見て、森羅は補足を入れる事にした。


「主様は自分の事を安易に詮索されるのを嫌っています。ゆえに貴方達の事も詮索しないのです。そして主様にとって既に二人とも身内です。もしあなた達の過去の事情で火の粉が降りかかってきた時は、自分が責任を持って対処すると決めています。なので聞く必要が無いのです」


 言い換えれば二人のために泥を被る事を厭わないと言う事だ。森羅の追加の説明を聞いてもまだ理解出来ていないのが見ただけで分かる表情を双子はしている。人は自分の常識で他者を理解しようとするので、価値観がずれている人の思考は理解出来なくて当然だ。


 ちなみに真也は自分の考え方が世間からかなりずれている事をきちんと自覚しているので、他人に対して偽装する事は一応している。そして身内に対してはきちんと偽装出来ているとは言い難い。やはり気を張っていない場所ではふとした拍子に出てしまう。その度に双子は理解しようとして、今は頭を悩ませている。まだ天音の様に、いつもの事なので気にならないと言える域までは到達していない。


「主様の事を今すぐ理解する必要はありません。長くいればそのうち自然に分かります。悪い事をすればきちんと注意してくれるので気負う必要もありません。普通に生活していれば良いのです」


「「はい……」」


 森羅は双子の様子に、理解するまでまだ時間が掛かりそうだと判断を下した。そして情報を予め与えた方が早く慣れるだろうと、例をあげて説明を行う。その話を真面目な双子は真剣に聞いていた。








「今回はここまでにします。もうすぐ食事です。後片付けをして汗を流してきなさい」


 森羅はそう言うと立ち上がって、真也の所に転移する。残された双子はしばらく身動きしなかったが、心の整理が付いたのか同時にため息をつくと、言われた通り後片付けをして汗を流すために風呂に入りに行った。


 この国では風呂の習慣が何故か無い。火の魔道具が簡単に作れるのだからありそうなものなのだが、入らないかタライで済ます。この理由として、火の魔道具と違い水の魔道具は風呂に使えるほどの水が出ない事と、風呂に入らなくても病気にならない気候である事、温泉が近くに無い事があげられる。


 つまり、用意が面倒で、入る必要が無く、経験する場も無いのだ。これでは普及しない。双子も真也の所に来て初めて風呂の良さを知った。今では入らないと身体がかゆくなるような気がするほどだ。


 真也は風呂場の材質そのものにこだわりは無いので、作った物は小さい旅館にあるような広さの、石で出来た風呂である。一応床は滑らないようにきちんと滑り止め加工を施している。石の見た目は大理石風だが、材料はその辺りにある土である。森羅が居るとはいえ、余計な手間をかける必要を真也は感じなかったので見た目は地味な風呂だ。


 その中でこだわった点と言えば、ゆったりと横になって風呂に入れるようになっている所である。気持ち良すぎて思わず眠っても沈まないように頭を受ける部分を作ったりと、安全には気を使っている。おかげさまで良さを知ったミリルとリシルは最初の頃にこの誘惑たっぷりな罠にはまり、湯当りをして森羅の世話になった。


 石鹸やシャンプーは持って来た物を複製して使用している。さすがに自分達だけが使う物で、良品がある物を一から作るつもりは真也にはない。これにも双子ははまってしまった。感性が同じなら良い匂いは共通である。


 そんな風呂の誘惑にがっちりと捕まった双子は、ぬるい湯船に入り横になりながら、今までの事を思い返していた。




 双子の両親は父親が狼系の獣人で母親がエルフである。世界的に見ても珍しい組み合わせだ。大体は人間とその他の種族の組み合わせになる。双子の黒髪黒目は父親からの遺伝である。人間以外の黒髪黒目は迫害される訳ではないが、疎まれる。


 両方の種族とも混血は歓迎されない。それに加えて忌まれる双子、黒髪黒目である。両親は故郷に帰らずに人間の国の田舎でひっそりと暮らしていた。そんな生活がついこの間まで続いていた。


 それが破綻したのは魔物の襲撃である。大きな町と違って木の塀程度しか無い小さな村ではひとたまりもなかった。警戒していなかった訳ではない。丈夫な壁を作ろうにも人手と金が要る。どちらも足りない村では完全なものはどのみち作れないのだ。


 両親は村を守るために戦い、帰ってこなかった。生き残った村人は埋葬もそこそこに村を立ち去った。早く逃げなければ血の臭いに引き寄せられてまた襲撃があるからだ。魔物の襲撃によって村が消えるのは良くある事では無いが、珍しいという訳でも無い。


 隠れていた双子は両親の死を知ると村人に見つからない様に逃げ出した。両親から、もし自分たちが死んだら村人に頼らず王都に逃げろと言われていたからだ。そのために以前から野外活動もそれなりに習っていた。


 これは金に困った村人が、よそ者である自分の子供を売ると予想していたからである。別に珍しい事では無い。何年住もうと村人にとって彼らは別種族の他人なのだから。必ずそうする訳では無いが、最悪を想定しておいた方が良いと判断していた。


 両親が用意していた荷物を持って逃げ出した双子は、最初は街道の横を隠れながら移動していたが、三日も経つともう大丈夫と思って街道を進むことにした。そこを見つかって攫われたのだ。警戒していたと言っても所詮は素人の子供だ。人攫いから見れば全く問題にならなかった。


 街道の近くで野営をしている時に襲撃されて、身体を動かせなくなる首輪をはめられ、もう駄目と思った時に真也を見つけた。


 双子は最初、魔物と勘違いした。未だ満足に制御できない魔眼によって中途半端に真也の内在魔力が見えたためだ。小さい何かが近づいてきた時は死を覚悟した。はっきり姿が見えた時は御伽噺の魔人が自分達を仲間に引きずり込みに来たのかと絶望した。


 最終的には魔物でも魔人でもないと分かったが、洞窟から連れ出され、森を走り抜けた時の恐怖は今も忘れられない。


 夢の中で森羅に説得された時は半信半疑だった。森羅は助けた時に双子が既に真也を主と認めていたように聞こえる言い方をしたが実はそうではない。双子は時間をあげるから自分達で決めなさいと言われていた。そしてそれまでどの様にすれば良いかもその時に教わった。命を助けられたのは確かなのでその分の恩返しと思い、その時は了承した。


 忌み子については初めから知らなかったので拒絶する理由が無かった。双子の両親は他者を貶める事を良しとする人ではなかったので、あえて教えていなかった。伝聞ではなく自分で判断してほしいと願っていた。将来エルフか獣人に出会った時、忌避される自分達より下の者がいると考えて欲しくなかったのだ。


 そんな両親に双子は感謝している。しばらく一緒に暮らして、森羅に改めて真也を主として決めたと報告を行ったとき、このまま立ち去っていた時は場合によっては森羅の独断で閉鎖空間に封印していたかもしれないと言われた。淡々と語られたそれが冗談だとは思わなかった。


 王都に来て、両親から話だけ聞いていた両種族の拒絶には傷ついたが、真也はあっという間に問題の半分を取り去ってしまった。恩を返す前に更に助けられ、衣食住も世話になっている。良い職場を紹介してもらい、思い出の詰まった荷物も取り返してくれた。これだけあれば忠誠を誓う理由としては十分だ。その後の事を思い出しても楽しい思い出を沢山貰っている。


 ミリルとリシルは同時に深く息を吐き、目を閉じる。至福の時間が長く続きますようにと祈りながら。






「おかわり、ください」


「大丈夫だった?」


「はい、湯当りしただけです。しばらくすれば起き上がってくるでしょう」


 真也は天音にご飯をよそいながら森羅にミリルとリシルの様子を尋ねている。食事の準備が出来ても姿を見せない双子を真也が探しに行こうとしたので代わりに森羅が探しに行き、今戻って来たところだ。食事を前におあずけ状態の天音の堤防が決壊しそうだったので、真也と天音は先に食べ始めている。


 真也も先に食べた理由は、天音に一人だけ先に食べて良いと言っても我慢するからだ。その辺りは律儀である。


 現在双子は脱衣所の床に仰向けになりながら、血の気が引いた顔で気分の悪さにうなっている。森羅は水を飲ませたり、湯冷めしないように保護をしたりしているが、湯当りそのものを治す事はしていない。失敗もきちんと理由を把握すれば良い経験になるので、教育の一環としてこの程度では何もせずに放置する事にしている。


 真也は森羅の報告にほっと息をつく。律儀な双子が時間通りに現れないから何かあったかと心配していたのだ。


「大丈夫なら良いんだ。ただ、せっかくのステーキが冷めてしまうな。森羅、固定しておいてくれ」


「分かりました」


 森羅が双子の食事に【時空】魔法をかける。こうしておけば食べる時まで温度は変わらない。


「それにしても湯当りしたのは最初の頃以来か。慣れてきて油断したのかな? まあ、傷を抉る様な事はしなくて良いか。森羅、後を頼むよ」


「分かりました。お任せください」


 真也は食事を終えると天音の勉強を見るために別の部屋に移動した。流石に失敗した直後に顔を合わせるのも気まずいだろうと配慮した結果だ。


 最近の後片付けは食事当番以外が行う事になっている。今日は真也が作ったので洗い物は双子の当番だ。大変だろうと片付けてしまうと双子は恐縮してしまうので、食器は台所に運んだだけになっている。


 森羅は脱衣所まで移動して双子の世話をしていた。こうして短い失踪事件は森羅の活躍によって解決した。


 この事件によって、双子はただでさえ頭が上がらない森羅にますます頭が上がらなくなった。そして森羅は次の日からの双子の訓練を少し緩やかにしている。これは疲れを抑えるためと、訓練後に話をするためだ。なので双子はその後も森羅からたっぷりと真也の話を自主的に聞き続け、遂に真理に到達する事が出来た。



 こうしてまた理解者?が増えた。それはとても良い事だと森羅は確信している。もちろん語られた内容が真也の耳に入る事は無かった。


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