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第48話 騒動

 王都の廃墟を調査した後、真也は思いかけずに早まってしまった旅行日程を怪しまれないようにするために、予定日時まで隠れる事にして家にこもって魔法薬の研究をしていた。


 そういえば忘れていたと今頃になって思い出したため、始める事にしたのだ。魔道具の研究も落ち着いているので軽い気持ちで行っている。専門外なので劇的な進展はないが、真也は気にしない事にしている。完全にこちらは道楽である。


 薬草を調合している真也を見て天音もやりたがったが、今行っている勉強が中途半端になるのでそちらが終わってからという事にした。その後、真也は心なしか天音の勉強の進展速度が上がったような気がした。ちなみに今は小学三年生まで終わっている。早過ぎである。


 真也はついでに蒼炎貝の加工法も調べたが、思っていたより難しい事が分かった。貝殻が鉄より硬いので普通の道具では削ることすら出来ないのだ。


「これは盲点だった。ルードさんが指定したのだから大丈夫だと思うけど……。加工に専用の道具が必要とか書いてあるぞ」


 真也が道具を作る時は森羅が【改変】で作るので加工道具が必要ない。ちなみに散々使った真銀だが普通の工房では気軽に加工出来ない代物なのだ。溶かす温度や成型する工程など、熟練の技が必要となる。当然失敗も多くなるので販売価格も上昇するのである。


 資料には詳しく蒼炎貝の加工法は書かれていないが、大雑把には記述されていた。それによると、必要な大きさに切りだして磨いていくとある。この作業に使う道具の材質は真銀製である。参考価格は安くて一つ十万A。真也が心配になるのは当然である。


「不安だ……。ルードさんはたまに勢いだけで動く事があるからな。道具が無い時は借金してでも揃えかねない。そんな事になったらティリナさんが確実に泣く。仕方が無い、無駄になるかもしれないが作っておこう」


 真也はため息をついて設計図を作り始める。転ばぬ先の杖である。


「貝殻は金属ではないから溶かすことは出来ないし、薬品で溶かしたら変質してせっかくの美しさが消えてしまうかもしれないな。削って磨くのがやはり一番か。と言っても普通にごりごり削ったのでは芸が無い。ここは定番のウォータージェット加工を試してみよう」


 ウォータージェット加工とは、水に圧力を掛け小さな穴から噴出させて物体を切断する方法である。本来なら色々必要だが、ここには便利な魔道具がある。概念さえきちんと仕込めば魔力がある限り物理法則を無視できる。


「一応危険だからむき出しはまずいよな。珍しがって指を入れかねない。どうするか……。加工法を固定するか。それならボタンを押すだけだから簡単だ。作成の手間はかかるが安全第一で作成しよう。順番は、まず一番大きい状態から何度か繰り返して手動搬入で切断して、目的の大きさまで加工したら大きさを指定して一気に仕上げを行う事にすれば種類に対応出来るだろう」


 今回はとりあえず出来た設計図を元に森羅が魔法で工程を再現する事にした。さすがにこれは安物で実験するには危険すぎる。とりあえず加工してみなければ分からないので早速実験を行う。


「四角く切断する所までは順調だったんだがな。やっぱり直線で丸加工は無理があったか」


 出来上がった物は一cm程の多面体に加工された代物である。試しに光に当ててみたが輝きが直線的で美しくない。


 ここまで作った設計図は大切断用の三m四方の箱と中加工用の一m四方の箱、それと小加工用の三十cm四方の箱である。元が大きいのでどうしても最初の物は巨大になってしまった。


 本来ウォータージェット加工で切断出来る距離は思っているよりだいぶ短い。なので水流や圧力を制御して長距離の切断が出来るようにしている。物理法則を気にしていては魔道具は作れないのだ。


「後は時間をかけて磨くしかないか。ここまで小さくなれば力場で加工出来るから研磨剤を用意する必要が無いだけましだな。となると、都度力場を切り替えるより徐々に細かくなるようにした方が楽だな。本当ならこの辺りも設定出来るようにしたい所だが、やめておこう」


 最近の魔道具を作る時に、かなり趣味に走ってしまったのを反省して仕上げの状態は固定にして、最終的な大きさのみを指定出来るようにした。ついでに量産用ではなく一品用にして装置の巨大化を防ぐ。


 再び試行錯誤を繰り返し、最終的に魔道具は四種類出来上がった。


 まず大切断用は縦横三mの枠と水流制御用の魔石に変更した。起動中は障壁を張り内部に侵入出来ない様にしている。枠は一m程度に折り畳んで収納できる仕様だ。これは当初案が巨大過ぎて設置場所が確保出来ないのが理由となる。


 床に設置して起動すると枠から水が力場内に供給される。次に力場内に置かれた物体を浮かび上がらせて中央に固定し、制御魔石が力場内を移動しながら供給された水を動かして中央に置かれた物体を縦方向に切断する。使われた水は力場内を循環させて再び使用し、終わったらきちんと枠内に回収される仕組みだ。


 中加工用は大きさを指定して一度に同じ物を作るように、小加工用は一つずつの加工にして、混乱しないように中加工の時に大きさを最終仕上げ外径で指定出来る様にした。これによってこれ以降の加工は全て自動設定となった。箱の大きさは試作品と同じだ。


 仕上げ用は二十cm四方の箱だ。一つ仕上げるのに一時間ほど掛かるが、これは真也がここだけはとこだわった為である。流石に時間が掛かりすぎるので、仕上用だけは一応五つ作成している。


 その後真也は作った魔道具を実際に使用して加工を行った。出来上がった品物を検分し、その出来に満足する。


 出来上がった物は直径二cmの歪みの無い珠で、表面は光沢のある白色で触っても引っ掛かりが無くつるつるである。室内の明かりを受けた反射光は、淡く蒼い炎の様に見える。ちなみに真珠とは性質が違うので素手で触っても問題無い。念のため鏡面仕上げと言えるまでは磨いていないが、品質は結構良い物になっている。


「素晴らしい。確かにこれなら高値になるのも納得だ。ギラギラとした反射では無いからどこと無く上品に見える。その手の事が壊滅している俺では本当にそうかは分からないから、後はルードさんに任せよう」


 自分の美的感覚を信用していない真也はルードに丸投げする事に決め、額を叩きながらこの他にこれからしておく事を大雑把に考える。


「他に調べなくてはならないのは既存の相場と客層かな? 後は新規参入になるから市場を荒らさないような売り方や値段をみんなで考えれば良いか。他に何かある?」


 真也の質問に、森羅は首を斜めにして暫く考え、出た結論を短く述べる。この辺りのやり取りはもう何度も繰り返されているので慣れたものだ。


「そうですね。売り方や値段をあらかじめ検討しておけば時間短縮になりますし、決め忘れも防げると思います」


「それもそうだな。一応たたき台は作っておこう」


 森羅の助言を受けて、真也は加工が終わったら検討する事に決め、まずは実験用に切り出した残りを見本用に加工しようと手に取った。その時、何となく後ろから視線を感じて振り返ると、勉強を終えた天音が真也をじっとりと見つめていた。その目はどう考えても『私もやってみたい』と言っている様に真也には見えた。


 もちろん真也は快く了解し、天音に加工を任せた。決して製作に熱中してしまい長時間放置した後ろめたさがあった訳ではない。そう、ないのだ。もちろん森羅は真実を知っている。


 加工を任された天音はにこにこと笑顔を浮かべ、指示された通りに全ての見本を飽きる事無く作っていった。その間に真也は食事の用意を行う。もちろん献立はから揚げである。森羅は場の空気を読んで、何も言わずに天音の作業を手伝った。そんな中で、天音と一緒にいた楓と桜はこの程度の騒ぎはいつもの事なので、気にせずにのんびりと寝転がっていた。








 予定の日程が過ぎてから真也はルードの店に行き、閉店後に蒼炎貝をルード達に披露した。場所は店の奥の部屋で、テーブルをぐるりと囲んで座っている。天音は真也の隣に座っているが、仕事の話に口を挟むことはしない。


 取り出した貝殻はそのままでは大き過ぎるので既に四等分に切断している。それでも十分大きい。真也は貝殻を部屋の隅の床に置くと席に戻りルード達に意見を求めた。


「これが指定された蒼炎貝です。大きいので一つで十分だと思いますが、どうでしょう?」


 貝殻を見たルードが目を見開いて呆然としているのに対して、女性陣は大きさには驚いているが、これが特級品なのかと不思議そうにしている。


 実は蒼炎貝の貝殻は磨いて加工しなければその美しさが出てこないのだ。加工前は薄汚れたような、どこにでも落ちているような白い貝殻である。


「これだけあれば十分ですけど……、あまり綺麗じゃないですね」


 ティリナの素直な感想に、リフィアと双子も頷いて賛同している。


「何を言ってやがる!」


 バシッと手を打ちつけて突然ルードが大きな声を出す。全員が驚いてルードを見ると、何だか言葉の勢いとは裏腹に熱に浮かされた様な目をしていた。


「お前達にはこの吸い付くような美しさが分からねえのか! こんな超高級素材を扱える事なんて一生ねえと思っていたが、遂にその日がやって来た! こうなったら最高の仕上がりにするために道具も良い物を揃えなければ……」


 途中から自分の世界に入り込んでブツブツ呟くルードに全員引き気味になりながら見守っている。真也は悪い予感が当たったので、ため息をつきつつも安堵していた。この様子では借金してでも道具を揃えかねない。自分の先見の明を自画自賛したい気持ちになった真也だった。


 ちなみにルードの怪しい挙動に、天音がこっそり真也の陰に隠れた事は全員が見て見ぬ振りをしている。


「道具は私が用意しましたので不要ですよ。それにいちいち手で加工していたら時間がいくらあっても足りません。今回の加工は魔道具を用いて手が空いている者が行います。ルードさんは作る大きさを決定してください」


 真也がルードの思考をバッサリと切り捨てる。こうでもしなければ話を聞かないのだから仕方が無いと真也は自分に言い聞かせる。決して説得が面倒だからではない。そんな真也にルードはテーブルに両手を置いて立ち上がり、悲しそうな顔で盛大に嘆いて見せた。


「大きさを決めるだけしかさせてもらえないのか?! こんな機会はおそらくもう来ないんだぞ!」


 ルードの懇願に真也は人の好い笑みを浮かべると、ティリナに重要な情報を教えるために口を開いた。


「ティリナさん、蒼炎貝を加工する道具のね……」

「そういえば大きさを決定するのは一番重要な事だな。良し、それで行こう」


 真也が最後まで言い終わる前にルードが前言を翻す。ティリナはじとっとした目でルードを見ているが、ルードはそっぽを向いて目を合わせないようにしている。力関係は既に決まっているようだ。


「最初の一つくらいは良いですよ。と言っても魔道具任せですから自分が作ったという達成感は感じないと思いますが」


「それで十分だ。今考えれば俺の腕では売り物になる加工が出来たかも怪しいからな」


 元に戻ったルードは椅子に座って普通に答えた。これなら話を進めても大丈夫だろうと真也は展示用の見本を何個かテーブルに置く。取り出した物は大きい方が直径五cm、小さい方は三mmだ。それを大きさ順に並べていく。


「これが展示用の見本です。大きさを各種取り揃えましたので参考にして下さい」


 置かれた見本をみて女性達はその美しさにうっとりとした表情を浮かべ、ルードはまたもや呆然としている。


「これがあれなんですか?!」

「綺麗です」

「「……」」


 ティリナは驚き、リフィアはうっとりと顔を赤らめ、双子は無言で注視している。女性が光り物を好きなのは世界を越えても共通事項のようだと真也が思っている事はもちろん知らない。女性達が輝きに魅入られているうちにルードが再起動して真也に質問をする。


「……これが魔道具で作った物なのか?」


「はい。仕上げはこだわりましたので素人目ですが良く出来ていると思います。売り物になりませんか?」


 真也は何か間違っただろうかとルードに聞き返す。素人が思いつきで加工した物だから玄人から見るととんでもない間違いをしている可能性がある。


「違う、逆だ。こんなに丁寧な仕上がりとは思わなかった。熟練の細工師でもここまで均質に磨くことは難しいだろう」


 鉄より硬い物質を均質に磨く事が手作業で出来るかと問われた場合、殆どの人は難しいと答えるだろう。現状の加工方法では全て手作業なので歪みも出るし輝きにもむらが出る。一つなら趣と呼べるが複数並べると微妙な不揃いはいびつにしか見えないものだ。だからこそ、それを計算して特級品に仕上げる事が出来る職人は貴重なのだ。魔道具で作った物はそんな職人が作った作品には及ばないが、十分売り物になる仕上がりになっている。


 この見本を作ったのは天音だ。ルードから褒められた形になった天音はますます真也の陰に隠れる。今度の理由はもちろん先程とは違う。真也は天音の行動に苦笑しながら話を先に進める。


「安心しました。それではこれらの中から大きさを選んで宣伝用に展示する事にしましょう」


「あの、これ、ものすごく高価な品物ですよね。うちのお客様が購入できる価格になるのでしょうか?」


 我に返ったティリナが真也に質問してくる。実に的を射た質問だ。その辺りは既に調査しているので真也は笑みを浮かべて質問に答える。


「小さくすれば大丈夫ですよ。今までの流通価格を参考にすると、当店で直接扱えるのはこの一番小さい物だけだと思います。ここまで小さくなれば販売価格で二千A程度でしょうか。普通はここまで小さく加工しないので、他では手に入らないと思って頂ければ欲しい人は多少無理をしてでも購入すると思いますよ」


 真也の答えにそれなら大丈夫とティリナは頷く。参考としていくつか種類を作成した訳だが、殆ど勢いで作ったので採用されなくても問題無い。仕上げの加工は目を見張るものがあるが、小さいのでそれだけで値段が跳ね上がる事は無い。


 その後、真也はルードと話し合って店で売る大きさを一番小さい物に決めた。先程の興奮が嘘の様にルードは落ち着いている。


「どうして小さい物は販売されていないのですか?」


 これはリフィアだ。まだ物の価値が良く分かっていない。


「要因はさまざまですが、この手の物は大きさが半分になると価格も半分になる訳ではありません。物によりますが十分の一になる品物もあります。これは大きい素材は手に入りにくいので希少価値があるためです。今回は貝殻の厚みが加工の最大の厚さになります。小さければ数も出るので希少性が薄れ、安くしか売れません。ゆえに同じ重さを加工して販売する場合、必要とされている大きさで一番利益が出る方を選択するのが商売人として普通だからです」


 リフィアはこの説明で理解して成程と頷いている。ちなみに今回店で行う事は、外部調達にするとこの金額では利益は出ない。なので外部から見るとかなり無理をしているように見える。実際は材料調達から加工まで全て内部で行うので、売れればかなりの利益となる。


 客寄せが主な目的とは分かるだろうが、まさか売れなくても問題無いとは普通は思わない。意識した訳では無いが、結果的に特大の罠としてローラス達の勘違いを助長させる事になる。


「後は装飾品として使えるように台座を付ければ大丈夫でしょう。台座の方はルードさんにお任せします。とりあえず見本を一つ作成して、在庫は注文の量によってルードさんが決めてください。それと販売価格ですが現金と累積点数で購入できるようにして、相場より高めで出しましょう。これは既存の市場を荒らさないためです。売値は現金で二千八百A、累積点数での支払いは二十一点程度で良いと思うのですが、どうでしょう」


「ああ、それで構わねえ。既存の取り扱い店に喧嘩を売りたい訳じゃないからな。それと台座は布ボタンにするぞ。金属では外注する事になるし、せっかくの輝きが打ち消されてしまうからな。はめ込む加工が少し手間だが、それくらいは何とかする」


 ルードの脳裏では完成品の姿が既に浮かんでいる。後はこれに近づけるだけだ。ちなみにルードは細工師としてそれなりの物を作ることが出来る。ドワーフの言う二流とは人間にとっては一流に近い腕になる。


「「大きい物は売らないのですか?」」


 双子は見本があるのに売らないのかと思い質問する。相変わらず二人同時に発言する時はずれる事が無い。これには真也とルードが目を合わせてから互いに検討する。


「そうですね。当初は注文を受けて売るつもりでしたが、大きな物を売ると市場を荒らす事になりますし、騒ぎになる可能性が高いですね。騒がれるのは本意ではないですから止める事にしましょう。当店の主なお客様には無縁な価格でしか販売出来ないですから。ルードさんもそれでよろしいですか?」


 真也は改めて考え、売る大きさを一種類に限定する方が良いと結論を出した。大きい物を売るとなると貴族が絡んでくるのは目に見えている。通常販売されていない小さなものならば、限定品と言う事で既存の市場に対する影響も少ない。見込んでいる客層は通常流通品を買う事が出来ない一般の人達なので、既存品を買える人は殆ど見向きもしないと予想している。


「ああ、それで構わない。俺も騒がしいのは御免だ」


 ルードも同じ結論を出していたのであっさり了承する。女性達も特に異論は無い。この辺りの感性は全員が似た物を持っている。


「師匠、累積点数の方が安くなっているのは服の販売を加速するためであっているでしょうか?」


 リフィアが次の質問をしてくる。真也はリフィアが良い方向に変わっているのを嬉しく思いながら質問に答える。以前なら質問をするという行為すら思いつかなかっただろう。


「それで合っています。あくまで服の販売が本業ですからね」


 累積点数を二十一点ためるには二千百Aの購入が必要になる。小物だけでは厳しいが、時間を掛けてちょっと無理をすればぎりぎり届きそうな価格設定になっている。これの巧妙な所は疑似分割先払いが出来る事だ。一括では無理でも分割なら何とかなりそうな錯覚に陥る。


 後は特に何もなさそうだと全員が安堵の笑みを浮かべた所で、森羅が伝え忘れている事柄を真也に教える。


(『主様、具体的な販売方法を話し忘れています』)


(『おっと、それもあった。ありがとう』)


 結構重要な事なのに、ここまで色々決めてきたのですっかり頭から抜け落ちていた。真也は事前にたたき台を作っておくように助言してくれた森羅に感謝しながら、手をあげて全員の視線を集めると忘れてはいけない事項を伝える。


「そう言えば忘れていました。販売方法の案なのですが、まず現金支払い分と点数での支払い分とで在庫を分けます。それと購入数量に制限を設けて買占めを防ぐようにして、点数分は期間を設けない事にします。これは、点数が貯まるまでに在庫が無くなるから手に入れる事は出来ないと思われない様にするためです。他に無ければこれで行きたいと思うのですが、どうでしょうか」


「……ああ、そうか。確かに初めから無理な物には興味も持たないな。期限を決めて煽る様な売り方も反発されかねない。それは確かによろしくないな。うん、その方法で良いと思うぞ」


 ルードは意味を理解して頷く。その他も案を検討して頷いて賛成した。せっかく既存の噂の影響が消えたのに自分達で悪い評判を作る様な事は出来ないと、全員がきちんと認識している。


 転売に関してもあまり心配は無い。ここまで小さいと買い手を見つける方が大変なので買い叩かれてしまう。売るにしても店で売っている値段以上には出来ない。そして中古屋には独自の情報網がある。すぐに転売の情報が流れて最終的には購入した服とボタンを売っても大赤字となる。そもそも需要があって儲けがあるなら既存の店が見逃しているはずが無い。需要があっても儲けが無いから手を出さないのだ。このため最初は何人かいるかもしれないがすぐに消えてなくなる。


「後は何かあるか? ……無いな? じゃあこれで決定だ。今日は遅くまでお疲れさんだったな。気を付けて帰れよ」


 ルードの締めの言葉で打ち合わせを終える。問題を残さず終える事が出来たので、全員満足そうな表情を浮かべている。


「それではこれで失礼します」

「……失礼します」

「「失礼します」」


 席を立った真也はルード達に挨拶をして天音と双子を連れて店を後にする。現在店にいるのはルード、ティリナ、リフィアだけである。職人は閉店と共に帰宅している。


「やれやれ、疲れたな。さあ食事だ食事!」

「「……」」


 ルードが真也達を見送ってから扉を施錠し、意気揚々と居住部に移動しようとする。しかしいつもなら後ろに続く二人が来ないので、不思議に思い振り向いて声を掛ける。二人は真面目な顔で見本を見つめている。


「どうした? 食事にしないのか?」


「……ルードさん、ノルさん見本を置いたまま帰っちゃいましたね」


「お、そうだな、まあ良いんじゃねえか? 明日も来るんだから。それがどうかしたか?」


 ティリナの返答に何が問題か分からないルードは首を傾げる。


「これ、王様も持っていないと言われるくらい貴重で、物凄く高いんですよね? 泥棒に入られたらどうしましょう……」


「……」


 ティリナの言葉にリフィアは頷いて賛同する。ルードは指摘されて初めてその事に気が付く。気が付いてしまうと背中に嫌な汗がどっと流れた。


「だ、大丈夫だろ? ここにそんなものがあるって誰も知らねえから泥棒なんて来やしねえよ」


 ルードは無理に笑みを浮かべて賛同を求める。残念ながらその計画は失敗に終わった。


「もしかしたら気が向いた泥棒さんが来るかもしれないじゃないですか!」

「ば、ばか、そんな大きな声を出すな! 誰かに聞かれたらどうするんだ!」

「どっちも声が大きいです」


 リフィアの冷静な指摘に、興奮していた二人はピタリと口を閉じる。そして嫌な沈黙が辺りを支配する。夜はまだ始まったばかりだ。





「「ご主人様、見本を置いてきてよろしかったのですか?」」


「ん? ああ、そういえば目の前にあったのにすっかり忘れていたな。まあ、ギルド加盟店に侵入する馬鹿は居ないだろう。無くしても作れば良いし、特に問題無いから良い事にしよう」


 双子の問いに真也はのんきに答える。真也の感覚では、たとえ盗まれようが紛失しようがまた作れば良いので放置しても問題が無い。所謂一つの価値観の相違と言うやつである。


 今は楓と桜に乗ってゆっくり帰宅している途中だ。


「それより二人とも家に帰るのが久しぶりだから夕食に希望があればそれを作るよ。何かある?」


「から揚げ……」

「「……から揚げでお願いします」」


 天音のポソッとした呟きに、空気を読める双子は笑って追随する。ちなみに双子の好物は真銀鋼凱竜のステーキである。天音の基準では味は良いがステーキは固くてから揚げより劣る。


 ちなみに竜の肉は一般常識では毒があって食べる事は出来ないと言われている。実は毒があるのは血液だけで他には含まれていないのだ。なので森羅の手に掛かれば毒を【浄化】で完全に取り除かれた優良食材に早変りとなる。


 真也も苦笑しながら今夜はから揚げに決定し、明日ステーキを作る事を双子に伝える。


「「ありがとうございます」」


 丁寧に礼を言う双子の尻尾はブンブンと振られている。どうやら真也といると食べる事が好きになるようだ。それが悪い事なのかは神様にも分からない。少なくとも今は幸せだ。


 から揚げの材料はまだあるが、そろそろ沼へ狩りに行くかと思う真也だった。





 次の日の朝、店に来た真也はまだ店の扉が施錠されている事に驚きながらも、預かっていた予備の鍵で中に入った。そこで真也達が見たものは、ルード達三人が昨日打ち合わせした部屋で床に倒れるように寝ている姿だった。何故か全員完全武装している。三人の眼の下にはくっきりと隈が浮かびあがっていた。


 参考までに、商業ギルドの貸店舗は全て魔道具で施錠出来るので侵入するのは困難を極める。ついでの情報を言うと、商業ギルド加盟店に泥棒に入った者は朝日が拝めないと言われている。





 今回の事件は冷静な判断と情報の活用が如何に大切か分かる悲しい事例である。その後、元凶の真也がどうなったかは秘密としておこう。寝不足の人に理性を期待してはいけない。天音も双子もきちんとその事を学んだ。得がたい教訓だった。


 言える事は唯一つ、森羅は空気をしっかり読む事が出来る。それだけだ。


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売値は現金で二千八百A、累積点数での支払いは二十一点 累積点数を二十一点ためるには二千百Aの購入が必要 現金で1個買えば、ポイントでもう1個貰えますね!
間を取って神銀龍の唐揚げでは? 爬虫類だから唐揚げは美味しいのでは?
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