第39話 非情に見える決断
数日後、朝食をしっかり食べてから真也達はルードの店に向かった。最初は商業ギルドに行く予定だったが、ティリナに電磁調理器を使った感想を聞いてから行こうと予定を変更したのだ。
あまり早く行くのも迷惑になるので、王都を巡りながら食べ物や鉱石等の素材を購入して十時過ぎに店に入った。
「おはようございま……す? 何かあったのですか?」
店に入るとルードとティリナ、リフィアが揃っていて、なぜかアランも店内にいた。全員に一斉に振り向かれ、暗めに挨拶された真也は回れ右をして逃げたくなったが、天音もいるので何とか踏みとどまった。四人の内アランが代表して引きつった笑みを浮かべている真也に説明を行う。
「色々あるのですが、そうですね、ノルさんには報告もあるので最初から説明しましょう。ここでは何ですから奥に行きませんか」
アランの提案に誰からも反対が無かったため、ぞろぞろと連れ立って奥の部屋に移動し、テーブルを中央に置いて椅子に座る。座った位置は天音、真也、ルード、ティリナ、リフィア、アランの順だ。天音とアランの間には深淵よりも深い溝が横たわっている。準備が終わった所でアランが席を立って説明を開始した。
「まずギルドが多大な迷惑を掛けた事を謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
最初にアランが真也に謝罪をする。頭を直角まで下げた素晴らしい姿勢だ。さすが出来る男は違うと変な感心をしながら真也は続きを促す。
「まあ、私自身には大して被害は無かったので大丈夫です。どうぞ座ってください。それでその後どうなったのでしょう」
アランは着席してテーブルの上で手を組むと、真面目な表情で続きを話す。
「はい、まずあの二人は日付を遡って解雇としてこの店に勤めた記録を抹消しました。もしこの店に何かを行った場合はギルドが動くと通達しましたので、よほどの馬鹿でない限り大丈夫だと思います。次に何故あのような者が紹介されたかですが、これは恥を晒しますが、私への嫌がらせです。当初より良くなっているのですが、未だにくだらない事を嬉々として行う者がいまして、それが飛び火した形になります」
真也は初日のギルドの対応を思い出し、気のせいでは無かったのかと納得して頷く。実行した職員はアランの信用を失墜させようと思って行動したのだが、アランが帰って来てから経緯を調べられた時の事を想像していないとしか思えない行動だ。最悪の結末を想像していないからこそ、こんな事が出来るのかもしれない。
「後始末として、紹介した職員は調べるとギルド加盟店以外から賄賂を受け取って、ギルドの情報を漏らしている事も判明しましたので処分しました。これが顛末になります」
ちなみにアランは子供もいるので『処分』の内容は言わなかったが、真也もルードも商業ギルドの苛烈さは聞いているので言われなくても分かる。
「ずいぶん簡単に事が済んだように聞こえたのですが、調べれば分かる程度のお粗末さだったのですか?」
真也はこの手の事を行う者が何の対策もしていなかったのかと不思議に思ったのだ。真也の質問にアランはその時の様子を思い出して笑みを浮かべた。
「いえ、本来ならば出てこなかったでしょう。種明かしをしますとノルさんのおかげなんです」
「私、ですか?」
ますます分からなくなって真也は首を傾げる。
「ええ、初日に与えた威圧とあの屋敷を買い上げた衝撃が大き過ぎて、職員たちの間で対応要注意人物としてノルさんは記憶されています。特に威圧は息も出来ない程だったと言っていました。そのため職員が仕事に真面目に取り組むようになり、中々証拠を処分出来なかったのです」
真也は背中に変な汗をかきながら話を聞いている。何故睨んだだけでそうなったのか、原因が分からないので困っているのだ。
(『主様、あの時は魔力制御をわざと緩めています。それが原因です』)
犯人からの告白に真也は思わず突っ込みを入れたくなったが何とか抑え、動揺が表に現れないように笑みを顔に張り付けた。そんな真也の葛藤を知る訳もなく、アランは話を続ける。
「次にノルさんが来た時はそんな事も無く、終始落ち着いた対応をされたので前回の様に怒りを買う前に言われた事を済まそうと職員達が積極的に動きました。そこに丁度例の二人がギルドに飛び込んで来て、ある職員に対して盛大に騒いだようです。煩いのでそのまま拘束して取り調べを行った訳ですが、ノルさんの話を聞いていた職員が絡まれた職員を怪しんで机を調べて色々な証拠を発見しました」
ニコニコと笑いながらアランは話しているが、聞いている真也からすれば『そんな内情を言っても大丈夫?』と質問したくなる内容だ。なので精神の安寧のために確認をしておく。
「成程、一応お聞きしますが、この話は部外者が聞いても大丈夫なのですか?」
「ええ、今回の件は見せしめも兼ねていますので大丈夫です。こう言う事はきちんと始末をしたと広めないと、陰で根拠の無い憶測を流されて余計酷い事になりますから。それにここにいる方達は被害者ですから、ある程度の情報開示を認められています」
変わらぬ笑顔のアランが言った内容を聞いて、真也はそれもそうだと納得する。信用第一の商人が、実は信用出来ないと思われたら商売にならない。ギルドの場合は加盟店が離脱して空中分解しかねない事だ。
「分かりました。話を中断させてしまい申し訳ありません。どうぞ続けてください」
「はい、その後書類を詳細に調査しました。情報漏洩の方も関わった書類をきちんと調べれば不自然さが分かります。逆に言えばきちんと調べなければ分からない程度には誤魔化してありました。私も話を聞いた時はあまりの馬鹿らしい出来事に信じる事が出来ませんでしたが、職員が口を揃えて言うものですから事実のようです」
アランは笑いを堪えながら話を終える。笑えるくらいのドタバタがあったらしいと真也は思った。そして自分の行動がうまく働いた事に安堵した。実際、無礼な二人組の態度は関係のない職員の不興を買い、調査の動きを加速させる事になった。もし順番が逆だった場合は、最初に騒いだ二人が正義と取られたかもしれない。世の中は真実よりも声が大きい方が事実となる傾向があるからだ。
「そちらの顛末は分かりました。ありがとうございます。特に問題は無いようなので安心しました。それで次は何でしょう。かなりまずい事の様に感じたのですが」
真也は次の話を促す。今の話だけならあれだけ暗い雰囲気になるはずがない。真也の質問にアランは表情を引き締めて話し始める。他の三人も真面目な表情だ。
「はい、まず原因はリフィアさんです」
その言葉に真也がリフィアを見ると、小さい体を更に小さくして俯いている。
「リフィアさんはあの騒動の後に紹介した人物で、問題はありましたが性根は良いので、試用期間と言う事でこの店に預けました」
真也は問題とは固まるあれかなと思ったが、とりあえず黙って聞く。
「彼女は見た通りエルフの王族です。と言っても傍系ですが。私が聞いた話では結婚を嫌がって伝手を使って条件付きでこの国に来ているそうです」
(『エルフは通常金髪ですが、王族は銀髪なので一目で分かります。人数は結構いるようですので、どちらかと言うと上位種族のような立ち位置です。ですので直系でなければ人間の国では王族として扱われません』)
森羅から補足情報を聞きながら、真也は問題の内容が予想と違うような気がしてきた。
「傍系王族と言っても血筋がそうだと言うだけなので、人間の国では普通のエルフと変わりません。そのため働き口を今まで何件か紹介されて働いた様なのですが、全て途中で断られています」
「断られた原因は教えられていない事に遭遇すると固まる為でしょうか」
真也は先日の事を思い出して確認する。
「はい。覚えは良いのですが、教えた事以外が全く駄目だったそうです」
ここで真也はもしかすると問題が複数あるのではと予想を改めた。就職出来ない程度ならリフィアの適性を考えれば何とかなるし、アランならそうするだろうと思う。
しかし現実はそうなっていない。真也は首を傾げて浮かんだ疑問を考えたが、アランの言い方が伝聞である事に気が付いて、ふとある可能性を思いついた。
「アランさん、もしかしてまた押し付けられましたか?」
「ええ、実はその通りです。話を受けたのは上司なのですが、あまりの酷さに頭を抱えていた案件です」
アランは苦笑している。真也は前にもアランが仕事を押し付けられていた事を思い出して一応聞いてみたのだが、まさかその通りとは思っていなかった。これが優秀な人物の宿命なのかと同情の気持ちが湧いてくる。ついでに本人の前で酷い案件と言い切る神経の太さにも感心してしまった。
アランからすれば押し付けられた厄介事と言う事と、リフィアの自分で動こうとしない受身な態度にせめて怒る位はして欲しいと考えた発言だった。これで怒れるのならばまだ希望はある。結果は全く動かず失敗に終わった。
「それで、この店でも駄目だったので先程のようになっていたのですか?」
真也はそこまでの事かと思いながら一応聞いておく。
「それもありますが、最大の問題は彼女がこの国に来るための条件の達成期日が明日に迫っているのです。達成出来ない場合は国元に送り帰されます」
期限が迫っていて達成出来ていないのであれば暗くなっても仕方が無いと真也は納得して頷く。
「ああ、成程。確かに大事ですね。……それで、その条件とは?」
「一人で生活費を捻出して暮らす事です。国元から来た人物とギルドの立会い人がいる所で試験を行い、きちんと一人前になっていると認定されなければなりません。期間は一年あったのですが、現状暮らせていません。先程ティリナさんに確認したのですが、このままでは無理と言う事でした。それでまあ、あんな感じに」
アランはリフィアに視線を向ける。リフィアは先ほど見た時と全く変わらない姿勢で固まっている。理由が分かればどことなく悲哀が漂っている様に見える。ティリナが申し訳なさそうにしているのは結論を言ったのが自分だからだ。そして暫く沈黙が降りる。
ちなみにこの店に紹介したのも、最早他の店では何をやっても間に合わないからだ。ここなら担当なのでアランも口を出しやすい。商業ギルドの立場は中立だが、仕事を紹介している以上うまくいった方が良い。
条件が簡単だと思うかもしれないが、箱入り娘同然の者が本当の意味で独り立ちするのは難しい。そうでなければ身売りするものなどいない。
真也はリフィアの見た目の良さから、今までも接客関係の仕事を紹介されたのだろうと推測した。実際容姿を武器に出来れば、十分な働きが出来るはずなので通常は間違った選択では無い。そのうちに職人としての腕も磨けば食うに困らなくなる。
問題は性格を考慮しなかった事だ。と言っても通常時は普通なので、あんな欠点があるとは考えない。そして聞いても目の当たりにしないと、普通はまさかそこまでと思われてしまう。そして本人も何も言わず、他にも細かい食い違いや不幸が重なった結果が今だった。
ここで接客に出ていたのは、職人にするのには時間が足りないからだ。合格の大前提として一人前になっている必要がある。接客の方ならば今までの経験もあるので短い期間でも何とかなる可能性があった。
(何とも難しい話だな。単独なら見捨てる所だが……、アランさんには世話になりっぱなしだし、ティリナさん達にも世話になっている。少し考えるか。一番はあの性格だな。もう少し柔軟になるか、大元の価値観を変える方法……)
真也は話を聞いた後で暫く考えていたが、現段階で出来る事はそんなに多くないし、とにかく時間が圧倒的に足りないと言う結論に達した。
(『期限の延長が出来るのならばもうしているだろうし、価値観を急激に変える方法は短時間で効果が出るが、うまく誘導出来るか分からない。むしろ慣れていない分失敗する可能性の方が大きい。時間があれば緩やかに誘導出来るんだがな……。森羅、他に何か方法は思いつくか?』)
(『あまりお勧め出来ませんが、魔法で精神改変を強制的に行う方法があります。この場合、劇的に変わるので細工が必要です』)
(『いや、それはしなくて良い。したら後味が悪すぎる』)
流石に敵対した訳でも無い相手を操り人形にするのは気が咎める。するにしても、もっと理由が必要だ。何度か検討を行ったが他に良い方法も思い浮かばず、内心でため息をつく。
(前に来た時に面倒がらずに聞いておけば良かったな。後悔先に立たずとはこの事か……。仕方が無い、時間も無いから失敗覚悟で価値観の再構成に挑戦してみよう。失敗した時は悪者になるが、その程度なら世話になった事を考えれば十分許容範囲だ。となると協力者が必要だな)
検討の時間がもっとあれば別の方法が思いついたかもしれないが、短い時間では強引な方法しか思いつかなかった。そして事前に知っていれば根回しも出来たが、まさか今から集まって相談すれば確実に怪しまれる。それでは十分な効果は期待できない。
(『森羅、補助をお願い。後これを作ってくれ』)
真也は手紙を作るように指示を出し、作成された手紙を受け取るとテーブルの下からこっそりとルードに渡す。渡されたルードは一瞬身体をびくつかせたが、何とか周囲に悟られずに済んだ。天音にも渡してこれから行う事で驚かせない様にしておく。
森羅が手紙を作る時はきちんと隠蔽を行い、周囲に悟られないようにしっかりと小細工もしている。優秀さに磨きが掛かっている森羅だった。
その後にアランに目配せをして、状況を検討していくつか案を練り、考えがまとまった所で行動を開始した。
「経緯は分かりました。それで、何が問題なのですか?」
真也のその言葉に、ティリナが驚いた顔を向ける。ルードとリフィアは動かず、天音とアランは観察している。真也はティリナの視線を受け止めて無表情のまま話を続ける。
「この店では駄目だと結論が出た。それはリフィアさん自身の責任です。期限がもう無いのもリフィアさんの責任、帰されるのもそう。リフィアさん以外が取らなければならない責任はどこにも無いと思うのですが、違いますか?」
「そ、それはそうですけど。その……、冷たくないですか?」
ティリナが真也に自分が抱いた思いを告げる。短い間だがそれなりに楽しくやってきたのだ。駄目でした、はいさようならと出来るほどティリナは大人ではない。見捨てる発言をした真也に思わず責めるような物言いをしてしまったのは仕方がない事だ。それに対して真也は表情を変える事無く理由を述べる。
「ティリナさん、独り立ちすると言う事は全ての責任を自分で負うと言う事です。彼女がそれを望んだのですから、相応の対応をするのは当たり前です。ここで周りが何とかしても、いずれもっと酷い事になるでしょう。他人はいつまでも手を差し伸べてくれませんよ?」
「で、でも私の時は助けてくれましたよね。どうして今度は駄目なのですか?」
まだ納得できないティリナは真也に感情をぶつけてしまう。真也はティリナの想いは理解出来るので静かに理由を告げる。この応酬をルードは下を向いて、アランは興味深げに、リフィアは俯いて聞いている。
「あの時はそれが最良の選択だったからです。勘違いしてもらいたくないのですが、私は単なる善意で動くほどお人好しではありません。それにティリナさんは居場所を作るために懸命でした。だから手助けをしたのです」
本来ならば口を開いてただ待っている者を真也は助けようとは思わない。誰にも頼らずに歩こうとする者を助けたいと思う。今回は言うなれば借りがあるから動くのだ。
「リフィアさんが今まで取ってきた行動は聞いた話から判断すると、私には自分で動かずに状況に流されていただけと言う風にしか聞こえませんでした。現に、今話されている事は自分の事だというのに反論するどころか動く事すらしていません」
真也の言葉にリフィアは僅かに身体を震わせるが俯いたままだ。ティリナは密かに思っていた事を真也にはっきりと言われたために気が抜けてしまった。自分では思っていても決して言えない事だ。
人の欠点を指摘するのには、その人に嫌われる覚悟が必要だ。欠点を注意されて愉快になれる人は普通居ない。そして嫌われようと考えてわざと指摘する人も居ないのだから。ちなみに今回は必要があるからわざときつい言い方で指摘している。
そのまま無言の時間が過ぎる。真也はリフィアを観察するが、反応が無いのでうまくいっているか分からない。
(やりづらい……。とりあえず鞭は入れたから、次は飴だな)
真也はまた森羅に指示を出して手紙を作り、ルードに渡す。ルードはまたもや身体を震わせたが、今回も当事者には気付かれなかった。
そして次の行動に移る。沈黙を破ったのはルードだった。わざとらしい笑みを浮かべて、少しぎこちないが明るい声で真也に言う。
「ノル、ティリナで遊ぶのはその辺で勘弁してくれ。こいつはまだまだ修行中なんだ。お前やアランみたいなのと渡り合える訳が無いのは承知しているだろうが。そんなことよりこの状況を覆す方法を早く言ってくれ。お前がそんな顔をしている時は大抵とんでもない事を考えている時だと分かっているぞ?」
真也は人の悪い笑みを浮かべてルードに答える。
「そんな、遊ぶだなんて。私は状況を分かりやすく説明しただけですよ? 決してアマネの良い経験になるとか、教材に丁度良いとか、そんなことは思っていませんよ?」
「しっかり遊んでるじゃねえか! 全くお前はしょうがねえやつだな」
真也とルードはお互いに笑い合っている。ティリナはぽかんとしていたが、やがて内容を理解したのか真っ赤になって俯いてしまった。怒りは湧いて来ない。自分の至らなさに恥入るだけだ。そんな真也とルードを、アランは何かを考えている顔で見つめている。そのうち真也は笑いを納めると真剣な表情になってリフィアを見る。
「さて、前座はこの程度にしておいて本題に入りましょう。リフィアさん、私には一応それなりの案があります」
その言葉に俯いていたリフィアが驚いて顔を上げる。泣く寸前だった様で目が潤んでいた。涙をぬぐって再度真也を見つめる。そんな姿に苛め過ぎたかなと真也は思ったりもしたが、まだ足りないと思い直してとりあえず話を続ける事にする。
「ですが私はあなたの事を全く知りません。ですので知るためにいくつか質問をします。答えたくないものには答える必要はありません。沈黙は拒否として次の質問に移ります。その代わり嘘だけはつかないでください。良いですね?」
「……はい」
リフィアは背筋を伸ばしてしっかりと真也を見つめる。その様子に意外としぶといかもと真也は思った。
「ではまず根本的な所から行きます。なぜ結婚したくないのですか?」
「私は物ではないからです」
リフィアははっきりとした声で質問に答える。真也はその様子を観察しながら次に進む。
「長くても良いので、相手の性格から評判まで、言えるだけ主観で良いので言ってください」
「相手は直系の王子です。女好きで、既に愛妾が五人います。その他目に付いた女性を遊びで抱いています。私も単に目を付けられただけで愛情はありません。ただ王族なので無理矢理はまずいからと言う理由に過ぎません。これは過去に実例があるので確かです」
淡々とリフィアは質問に答えていく。周りは相手の酷さに顔を引きつらせている。真也は平然としながら次の質問に移る。
「人間の国に行くように言ったのは誰ですか?」
「両親です」
「親に結婚は嫌だと相談しましたか?」
「していません」
「条件を決めたのは誰か知っていますか?」
「結婚相手です」
真也は頷いて次々と質問をしていく。リフィアはそれに全て答えていく。見ている人はリフィアが何故こんなにすらすらと答える事が出来るのか分からない。普通は言葉に詰まったりするものだからだ。質問している真也もそれが異常と思っていないように見えるので疑問は膨らんでいく。そんな事をしながら、真也は森羅と会話していた。
(『さて森羅、このまま教えてうまく行くと思うか?』)
(『現状では可能性は低いと思います。直接責められた事でそれなりに心が揺らいでいる様ですが、まだ価値観が変わる程ではありません。根本的な所の考え方が変わらなければ、何を教えても結果は同じです。成功するかは賭けになります』)
今まで行った質問から、リフィアはまだ根元の部分で選択を他人に任せていると森羅は判断した。これでは教えてもすぐにボロが出る。真也も同じ考えだ。
(『そうだよな……。せめて後二月あれば何とかなったかもしれない。出来ればこの時点で変わっていて欲しかったのにな。仕方が無い、やはり実行するか。失敗して嫌われる事は覚悟しよう』)
(『分かりました。タイミングは合わせますので気にせずに行ってください』)
現在は徐々に何とかなるかもと期待が高まっている状態だ。森羅との会話を終えると、真也は仕掛けをリフィアに行う。
「それでは最後の質問です。条件を達成するために、あなたは何をもってその代価としますか?」
ここで初めてリフィアは戸惑いの表情を浮かべ、口を閉ざした。しばらく考えていたが、覚悟を決めたのか表情を引き締めて立ち上がると答えを言った。
「私は何も持っていませんし、出来る事も分かりません。ですが、精一杯私に出来る事を何でもします。どうか私に方法を教えて下さい」
リフィアは答えと共に頭を下げる。その様子を見たティリナ達が真也の返答を固唾を呑んで見守っている。しばらく無言の時が流れる。リフィアはその間、頭を下げた姿勢のままだ。真也はその間に最後の手紙をルードに渡し、天音にも念のため伝えておく。準備が終わり、ルードが身動ぎをして暫く経ってから、ようやく真也は沈黙を破った。
「リフィアさん」
「はい!」
真也の呼びかけに勢い良くリフィアは頭を上げる。その目には期待と不安が入り混じっている。真也は真面目な硬い表情でリフィアに告げる。
「出来る事を何でもすると言う言葉に嘘はありませんか?」
「はい!」
「では今すぐ服を脱ぎなさい」
「「「「……え?」」」」
誰もが予想していない真也の返答に天音以外の全員が戸惑い、真也に目を向ける。真也は真面目な顔を崩さずにリフィアを見つめている。しばしの間沈黙が流れ、思考が回復したティリナが赤くなりながら質問する。
「あの、どうして服を脱ぐ必要があるのですか?」
その言葉に真也は反応せずに、じっとリフィアを変わらない表情で見つめている。リフィアも訳が分からないので思考が固まって真也と見つめ合ったままだ。またもや沈黙の時間が過ぎる。
一分程経った時、真也は視線を外してため息をつく。おもむろに立ちあがるとリフィアを睨み、口調を責め立てる様に変えて告げる。この時点で森羅は魔力制御を緩めて視線に威圧を乗せる。今回は視線のみに制限したので、リフィア以外には影響は無い。睨まれたリフィアは経験した事の無い重圧を精神に受けて震えている。
「あなたは服を脱ぐ事すら出来ないのですか? 今あなたは出来る事を何でもすると嘘をついた。私は自分の言った事を守れない人は見捨てる事にしています。自分で選んだ代価です。その責任は自分で負いなさい。大体この程度で自立したいなどと言う事自体が間違っているのですよ。自分で行動出来ない者に何かを言う資格はありません。今のあなたがここに居ても迷惑なだけです。自分で考える事も出来ない人は国に帰りなさい」
一気にリフィアを責め立てると、真也は天音を抱き上げて振り向く事無く足早に店を出て行く。あまりの急展開に誰も思考が追いつかず動けないでいる。重圧から解放されたリフィアは希望が潰えた事を理解したのか椅子に崩れ落ち、肩を震わせて泣き始める。ティリナは慌てて慰めようとするが、ルードが緊張した顔で止める。
「しばらく何もしないで放っておけ。それよりもうすぐ昼だ。昼食を取って奥にいろ。俺とアランはノルの所に行って頭を下げてくる」
止められたティリナは泣いているリフィアを暫くの間見ていたが、今の自分に出来る事は無いとため息をついて、昼食を作るために台所へ向かう。
「行くぞ」
それを確認したルードはアランに言うと手に持った紙を握りつぶして、追いかける為に走って店を出る。アランは何か考えていたが、ルードの指示に慌てて立ち上がり、リフィアには何も言わずにその後を追う。
一人残された部屋には小さな嗚咽が静かに響いていた。
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