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第38話 お手柄

 帰りは桜に乗って真也達はのんびりと帰宅した。天音は相変わらず真也の胸元にしがみついて周囲の視線から隠れているが、最初の頃より良くなっていると真也は感じている。


 門をくぐり桜から降りると、真也は畑と水田を観察しながら家に向かう。天音も真也と一緒に観察を行い、真也の説明を真剣に聞きながら歩いている。


「薬草は変わらず順調だし、稲も問題無い。……ふっふっふっ、夏が楽しみだ」


 真也は不気味な笑いを浮かべて稲を見る。そんな真也を見て、ちょっぴり離れて違う場所に視線を移した天音を責める者はいないだろう。


 壊れている真也を見ないように天音が水田を見ていると、水田の手前の方に稲とは違う植物が生えていた。天音はどこかで見た事が有ると首を傾げるが中々思い出せない。真也を見るとまだ変だったが、思い切って聞いてみる事にした。


「……お師匠様、この植物は何ですか?」


「……ん? どれだ?」


 真也が正気に返って天音の指さす方向を見ると、確かに稲とは違う植物が生えている。雑草が生える事は無いのにと首を傾げて水田を管理している森羅に聞いてみる。


「森羅、あの植物はどうして水田に生えているんだ?」


 真也の言葉に森羅が植物を一瞥して報告する。一般的な名称を調べる程度なら近付かなくても解析可能になっている。


「あれはテザです。結界内には稲の生育に影響が出る植物が入らないようにしていますが、作物は対象外となっています。おそらく主様が畑に種を蒔いた時に服などに付着して、その後水田を確認した時に落ちたのではないでしょうか」


 その報告に真也は家の中で軍手を外した時に種が何個か落ちた事を思い出した。


「……ああ、あの時か。それにしても水に落ちただけなのに、まともに成長出来るなんて流石薬草の親戚だな。天音、あれは畑に植えてあるテザと同じものだよ。……とりあえず抜くか」


 天音に答えてから真也は水面に出ている茎を掴んで上に引き抜いた。抜かれたテザは土に植えられている物より重く、表面もつややかに見える。天音は畑の方と真也の手元を比べて納得して頷いている。真也は抜いたテザを天音に渡して他の物を抜くために移動する。


「お師匠様、これはおいしいのですか? 茎から甘い匂いがします」


 真也が天音の方を向くと、天音は茎に鼻を付けて匂いを嗅いでいる。天音はこの六日間、テザそのものは見ていないので渋い事を知らない。食べる事を最初に思いつく辺りは既に何かが手遅れな気がしないでもない。


「ん? 甘い匂いなんかしてたかな? ちょっと貸してみて」


 真也は天音から受け取り、匂いを嗅いでみる。すると確かに茎から甘い匂いがする。今までの物では甘い匂いはしていなかったので首を傾げる。


 試しに茎を折って舐めてみると、渋みは全くなく、かなり強い甘味を感じる。真也は手元のテザをじっと見つめ、森羅に詳細解析を依頼して結果を聞く事にした。


「森羅、これと畑から取れた物と差異はあるか?」


「少々お待ちください。……分かりました。構成成分の内、一番大きい変化は渋みが無くなっている事です。次に糖分が約十倍になっています」


 森羅が真也の手元のテザを解析して結果を報告する。


「渋みが無くなった理由は分かる?」


「推測ですが、渋み成分はテザの中で生成されていたのではなく、畑の土から吸収していたのではないでしょうか。水溶性の渋み成分は水田では水に流されて薄まりますし、土の構成要素そのものも違います。水田内には虫などの外敵もいませんから自家農薬を生成する必要もありません。そのため渋みは積極的に吸収されなかったのではないでしょうか。糖分の方は光合成で作成されるので、水田の疑似日光で普段より多く製造されたのではないかと」


 森羅の推測に頷いて、喜色満面にテザを高々と頭の上まで両手で掲げる。


「天音、お手柄だ。今日の夕食にから揚げも付けてあげよう。とにかくこれで早速実験開始だ!」


 真也はそのまま走って家の中に消えていく。その姿を天音はぽかんと見つめていた。


「お、お師匠様待ってくださいー」


 驚きが去った後、置いてきぼりにされた事に気が付いた天音は懸命に走って家に飛び込んでいった。ご褒美の事は頭から吹き飛んでいる。それに続いて楓と桜がやれやれと言う感じで歩いて家に入っていく。


 後に残った森羅は畑のテザと発芽していない種を回収し、種を蒔いた畑を水田に変更して回収した種を蒔いてから結界を構築した。真也のあの様子では後で必ず言ってくると予想してあらかじめ作業を行っておいたのだ。成長した方は一応小さな水田に植え替えておく。


 森羅は全ての作業を終えたのを確認して、真也の所に転移する。台所では不気味な笑い声をあげながら真也が鍋をかき回している。天音はそんな真也を不安げにちらちら見ながらコタツに入っていて、楓と桜は天音の隣で寝そべっている。


 森羅は真也に先程の作業の報告を行うつもりだったが、今言っても聞こえないと判断して後回しにすることにした。天音の所に行き、この状態はいつもの事だと安心させ、勉強を始めるように指示してから台所に戻り、静かに鍋の横の作業台に降りて真也の作業を見つめている。


 真也の方はと言えば、ふっふっふっ、と笑いながら作業を行っている。六日間無駄な作業を行った絶望の後で降って沸いた希望に周りが見えていない。天音の様子に気が付いていない辺り、かなり駄目な師匠である。


 真也はある程度煮込み終わった汁をスプーンに入れて味を見る。口の中には甘味が広がり、渋みは全く感じない。感動で肩を震わせるその姿は客観的に見ればかなり不気味である。幸いな事に天音は勉強中で見ていないし、森羅は気にしないのでその姿は誰にも広まる事無く闇に葬られた。


「よし! 後はこれを濃縮後に高重力分離で結晶と糖蜜を分ければ完成だ。真空濃縮と完全製糖は諦めよう。この時点でえぐみを感じない事からしてそもそもおかしいのだから気にするな。森羅、お願い」


 真也は先程まで居なかった森羅に普通にお願いする。居なかった事に気が付いていないのだから当然だ。もし森羅が普通の感性を持った女性ならとっくの昔に別れ話が出ている事だろう。もちろん森羅は気にしていないので大惨事は起きることなく消滅した。


「分かりました、元素術式、時空術式、重力術式、分類術式起動」


 真也が濾した煮汁に森羅が魔法を掛けると砂糖の結晶が一瞬で精製される。鍋に残った物は小さじ一杯程の黒っぽい糖蜜だけである。結晶の方は皿の方に移し替えられている。


「ふむ、一応糖蜜が出る程度には不純物が含まれていたみたいだな。どれどれ……、うん、まずい。さとうきびみたいに再利用は無理だな。肝心の砂糖の方はと……、うん、十分だ。えぐみも感じないからこれで良いだろう。完成だ!」


 真也は砂糖の入った皿を高々と掲げる。森羅はパチパチと拍手を行っている。実に寂しい状況だ。


「良く考えれば飽和結晶化させた後に高重力分離を使えば渋みも分離出来たのではないだろうか。……よし、気にしない事にしよう。気にしたら負けだ」


 冷静になると自分の視野がどれだけ狭まっていたのかが良く分かる。頭を掻きながら真也は次の作業に入ろうとする。その時、後ろから服を引かれたので見ると、天音が潤んだ目で真也を見上げていた。


「な、なんだ? 何かあったのか?」


 真也は慌てて天音を宥める。今までの自分を考えると心当たりがあり過ぎて原因が逆に分からなくなっている。そんな真也に天音は切ない表情で盛大な腹の音と共に用件を告げる。


「……お昼まだですか?」


 ちなみに帰ってきた時点で昼食の時間は過ぎていた。今はもうおやつの時間だ。胃袋魔人の天音が今まで我慢出来た事は奇跡である。人は良い生活に慣れると元の生活には戻れないのだ。


「わ、悪かった、今作る。もう少し辛抱してくれ」


 普段は真也が作っているが、緊急事態という事で森羅が材料から複製することになった。まったく駄目な師匠である。ちなみに森羅に指示した献立は野菜スープと蛙と蜥蜴のから揚げだ。当然ご機嫌取りも兼ねている。


 もちろん夕食はいつも通りの時間にいつもの量を天音は平らげた。内容は約束した通り大牙猪のステーキだ。食費で破産するかもしれんと真也が考えたかは謎のままにしておこう。森羅はもちろん知っている。




 風呂に入って後は寝るだけの状態にして、真也は製糖の魔道具を作ることにする。手作業は疲れるというのが主な理由だ。それと最終的には必ず魔法に頼る事になるので、それならば全て自動化してしまえと考えたのだ。ちなみに天音は魔力制御の訓練中だ。さあやろうと真也が思った所で森羅が昼の事を報告する。


「主様、報告があります。庭のテザの畑を水田に変更しておきました」


「……そういえばすっかり忘れていた。ありがとう森羅。本当に助かるよ」


 真也は森羅の頭を撫でる。森羅は撫でられながら下を向いている。尻尾があればちぎれんばかりに振られている事だろう。真也は思わず緩んだ気持ちを元に戻して作成に入る。


「外箱は真銀を使わないと多分壊れる。売れなくても支障ないから完全にブラックボックス化するのは決定だな」


 真也は作成手順を確認しながら必要な材料を珍しく自分でリュックから取り出していく。


「まずは前提条件が水耕栽培品とする。最初にテザの根部分を投入して水洗いし薄く切って煮込み、残骸と煮汁を分ける。次に煮汁を濃縮して時間を加速して結晶化させる。それに高重力を掛けて結晶と糖蜜を分離する。分離すれば分類出来るからそれで完全に分けて乾燥させれば出来上がりだ」


 真也は手順に沿って設計図を書いていく。基本は記述制御式で修正が容易に出来るようにする。何せ材料費がかさむので無駄に出来ない。


「入口は一つで出口は四つ。砂糖と糖蜜と残骸とその他分だ。容器が満杯になったら止まるようにしよう。はて、残骸は飼料になるけど糖蜜はどうしよう。このテザの糖蜜は試食したけどおいしくないんだよな。森羅、この糖蜜の成分で利用出来る物は何かあるか?」


 困った時の森羅頼みはいつも通りだ。もちろん森羅には主に対する不満はない。なので森羅もいつも通り解析結果を伝える。


「はい、虫下しになります。大体大人で大さじ一杯、子供は小さじ一杯です。それと根の残骸の方は整腸作用があります。葉の方は砂糖の甘味があり苦味もないので普通の青菜として食べる事が出来ます」


「……それは意外な用途だ。まあこれは元々薬草の親戚だから薄い薬効が濃縮されていると考えれば良いか。じゃあ糖蜜は粉にするとして、面倒だから残骸も粉に出来るようにしよう。飼料のあてがあるか分からないからな。葉はどうしようか……。余っても捨てるだけだから一緒に入れて残骸に混ぜる事にしよう」


 元の世界には無い効能に、似ていてもやはり違う物だから他の物も注意しようと真也は思った。そんなこんなで修正を繰り返した結果、出来たのが二m四方の四角い箱である。


 テザを下にあるコンベアに置けば一定速度で魔道具の中に入っていく。反対側には出来上がった材料が袋詰めで搬出されてくる。袋は湿気ない様にまだら鬼蜘蛛の糸袋を原料に作成している。


 色々考えて機能を追加したが、これ以上の小型化は出来なかった。高重力を扱うので、魔力と強度が持たなくなるのだ。結局外箱だけではなく全てを真銀で作成することになってしまった。


「とりあえず完成だが……、大き過ぎるな。そして重い。原価も高い。これは販売出来ないな」


 どう考えても値段が恐ろしい事になるので、装置を売るのはあっさりと諦める。それに普通のテザでは砂糖を大量に作れないので販売しても使い物にならない。


「それによく考えれば砂糖自体は一応流通しているんだよな。……仕方がない、今回は個人で楽しむ事にしよう」


 個人で売れば利益が出るが、これを売ると既得権益を持っている商人と対立する事になるので実に面倒くさい。ギルドを隠れ蓑にして販売するのも難しい。なので今回はお蔵入りする事になった。ある意味失敗だが、有意義な失敗なので今後の役に立つ。


「さて、寝るか。天音、寝るよ。……もう寝てたか」


 真也が天音を見ると、すでに楓を枕にしてコタツで眠っていた。枕にされた楓は動けないので困っているようだ。真也は楓を撫でて褒めると、起こさないように天音を抱き上げて布団に運び、居間の後始末をしてから眠りについた。






 余談として、次の日から夜に居間で眠る時の天音の枕に、楓と桜が交代でなるようになった。むしろ天音が寝やすいようにしているのだが、理由を言う必要はないだろう。


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