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第37話 新人と販促調査

 真也と天音は外に出ると、楓に乗って店まで移動した。店に入る時には楓は天音の肩の上に乗り、森羅と桜は真也の肩の上にいる。


 真也は前回の教訓から一応警戒しながら店に入り、店内を見渡す。幸い今回は誰も居なかったのでほっとして警戒を解いた。そして奥に行こうとそちらの方向に歩き始める。


 その時、丁度奥から店舗の制服を着た、華奢で小柄な女性が店の方に出てきた。見た目は銀髪緑目で十五歳位に真也には見える。耳が尖っているのを発見した時、思わず感動の声を上げそうになったが、なんとか自制出来た。


 その女性は真也達を見つけると驚いた表情を浮かべたが、すぐ表情を消して真也達に近づいて来る。真也は一応前例に倣って覚悟を決め、天音は既に真也の後ろに隠れてしがみついている。そのまま緊張しながら待っていると、真也の近くまで来た女性は口の端を上げた変な顔になり、ぎこちなく一礼して真也に声を掛ける。


「いらっしゃいませ。本日はどのような服をご希望でしょうか」


 その第一声に、思わず『まだ開店していないだろ』とか、『その変な顔は何?』と言いたくなった真也は悪くないだろう。天音も予想が外れたので、真也の後ろから顔を出してぽかんとした表情になっている。そんな突っ込みどころ満載の女性に、思いきり突っ込みたい衝動を何とか抑えて、真也は表面上はにこやかに応対する。


「いえ、私は客ではありません。今日はティリナさんに用事があって訪問しました。申し遅れました、私はノルと申します。ティリナさんはいらっしゃいますか?」


 真也の予想では、先程の言葉から女性は新しい従業員で、前回と違って一応大丈夫そうだから普通に尋ねた訳だが、見れば女性は真也の返答に変な顔のまま固まっている。真也としても、まさかここで次が無いとは思っていなかったので会話の呼吸を見事に外してしまい、奇妙なにらめっこがしばらく続く事になった。


「あ、ノルさん、こんにちは。……どうかしましたか?」


 そんな状態を動かしたのは同じく奥から出てきたティリナだった。二人の異様な状況に首を傾げて尋ねてくる。その声で真也の方は復帰し、苦笑して挨拶をする。


「いえ、何でもありません。こんにちはティリナさん。よろしければこちらの女性を紹介して頂きたいのですが」


 ティリナは最初首を傾げたが、何かを思い出したのか頷いて質問に答えた。


「そういえば会うのは初めてでしたっけ。こちらはアランさんから紹介された新しい従業員候補のリフィアさんです。今はお試し期間中です。リフィアさん、こちらはこの店の出資者のノルさんです。……リフィアさん? リフィアさーん! ……また固まっちゃってる」


 ティリナは未だに固まっているリフィアの様子を見てため息をつく。そして真也に顔を向けると申し訳なさそうな声で話を続ける。


「ごめんなさい。普段は普通なんですけど、仕事中に教えた事以外の事柄が発生すると固まってしまうんです。教えた事はきちんとこなしますし、悪い人では無いのですけど……」


 ティリナは困っていますという表情を浮かべている。真也はその話を聞き、リフィアを重度のマニュアル人間と定義した。ここまで極端ではないが元の世界にもいた。元の世界ではマニュアル人間は悪い事の様に言われる事があるが、どんな人にも長所、短所がある。要するに良い悪いでは無く、使い方が重要と言う事だ。


 この手の人は慣れない接客業はあまり上手に出来ないはずだが、この店で必要なのは店内の店員なので頑張って慣れてもらうしかない。真也は納得すると、ずっとこのままでは困るので元に戻す事にした。


「それで、どうすれば治るのですか?」


「大きな声で呼んだりして、びっくりさせれば元に戻ります」


 真也の問いにティリナは簡単に答えた。既に何度か同じ事が起きているので対処法はすらすらと出て来る。それを聞いた真也は、意識に衝撃を与えて再起動すれば良いと言う事だなと考え、リュックから鍋とお玉を取り出しリフィアの顔の前でカンカンと大きな音が出るように叩く。リフィア以外は真也が道具を取り出した時点で耳を両手で塞いでいる。


 目の前で発生した大きな音に、きゃあ、とかわいらしい声をあげ、リフィアは耳を両手で塞ぎしゃがみこむ。しばらくそのままでいたが、やがて上を向いて周囲を確認すると今の自分の状況を理解したのか、何事もなかったかのように立ち上がった。


「失礼しました」


 リフィアは一言頭を下げて静かに言うと表情を消して伏し目がちになった。平静を装っているが、白い肌が耳まで赤くなってティリナをちらちらと見ているので、ティリナにも真也にもお見通しである。


 さすがにこの状態のリフィアをつつく程どちらも非道では無いので、改めて自己紹介をして奥の部屋に移動し、テーブルに向かい合わせに着席する。ルードは現在作業部屋で仕事をしているので、呼ばずに真也は話を始める。


「今日お邪魔したのは、この魔道具を使ってみた感想を聞かせてほしいと思ったからなんですよ」


 真也はリュックから電磁調理器を取り出してテーブルに置く。リフィアの事は聞き始めると長くなりそうなので、あえて触らずに真也は自分の用事を進める事にした。


 ティリナは魔道具を持ち上げてひっくり返したりして見たが、用途が思い浮かばなかったので素直に真也に聞いてきた。


「これはどのように使う物ですか? 結構重いですけど」


「分かりやすく言うと鉄鍋専用のコンロです」


「はあ、コンロですか? これでは火力を調節出来ないと思うのですが」


 ティリナは真也が思った通りの感想を言う。今の所欲しそうではないなと観察しながら真也はティリナの疑問や反応をメモに取る。そして話の進め方を考えながら会話を続ける。


「成程。火力と言えばティリナさん、料理を作っている時に火力を調節するのは面倒ではないですか? 私はとても面倒なのですが、何かコツなどはありますか?」


 実際は自宅に作ったコンロの火力調節は簡単に出来る。しかし、もし一般的な物を使っていれば確実に面倒だっただろうと想像して真也は言葉を紡いでいる。ティリナは真剣な表情で頷いて予想を肯定する。


「そうですね、一つしか無いととても面倒ですね。この家の台所は広いので私はコンロを三台用意して使用しています。この方が何度も調節するより早いし楽ですから。前の店は台所が狭く、コンロも一台しか置けなかったのでとにかく大変でした。曲がりなりにも火の魔道具ですし、その辺に放り出す訳にもいかないので、時間が今の倍以上掛かっていました」


 これも予想通りの答えが返ってくる。真也は頷きながらメモを取っている。ティリナはそんな真也を不思議そうに見つめていた。ちなみにこの時、リフィアはじっと魔道具を見つめているし、天音は楓と戯れている様に見えるがしっかり話を聞いている。


「なるほど。ちなみに火の魔道具はもちろん自作ですよね?」


「はい。どこにでもある魔石に字を書くだけですから誰も買わないと思います」


 ティリナが不思議に思っているのはここだ。無料で手に入る物にお金を払う者は普通いない。なのに真也はティリナの答えを聞いた今でも、魔道具が売れる自信があるようにしか見えない。その自信がどこから来るのか分からないのだ。実は売れなくても良いと考えているとは普通思わない。


「大体分かりました。それでは台所に行って実際に使ってみましょう」


「はい、こちらです」


 ぞろぞろとティリナの後をついて広い台所に入る。森羅と楓と桜は真也達から離れて台所の隅に移動しておとなしく座っている。


 真也は台所にあるテーブルに電磁調理器を仮置きし、リュックから調理するのに適した高さのテーブルを取り出して、その上に調理器を設置する。その様子をティリナは半信半疑で見つめている。リフィアは基準が分からないので普通に、天音は信頼して見ている。見ているものは同じなのに見事に感想が分かれた。


「では今から少し台所をお借りしますね」


 真也はそう言うとリュックからフライパンと蓋と菜箸、大牙猪の肉と脂身、塩を取り出すと調理を始める。フライパンを電磁調理器に乗せ、起動文言を唱える。


「『熱源起動』『火力最大』」


 フライパンの中に脂身を入れて、熱くなるまでの間に肉の加工に取り掛かる。肉はステーキにして隠し包丁を入れておく。葱も一口サイズに切る。やがて脂身が熱せられて油がフライパンに出てくる。ティリナとリフィアは火が無いのにフライパンが肉を焼けるほど熱くなっているのに驚いている。


 真也はフライパンが熱くなった事を脂身を見て確認し、肉に塩を振りかけてフライパンに投入する。表面が焼けたら裏返して、裏面も焼けたら一度下ろしてフライパンを冷ます。


「『火力、二』」


 火力を下げてからまたフライパンを調理器に置いて蓋をする。しばらく放置する間に戸棚から食器を取り出しておく。ティリナは肉の焼ける音から、先程までと明らかに違う火力に驚いて目を見開いている。リフィアは料理の心得が無いので分かっていない。天音はいつも通りだ。


 今回は中まで火を通す事にしている。本当は度数の高い酒を入れて炎の演出を行いたかったが、失敗しても困るので諦めた。


「『熱源停止』」


 真也は調理を終えると、調理器を止めてフライパンから皿に移すべく、用意していた所にフライパンを持っていく。そこに、いつの間にか涎を垂らした子供がフォークを持って待っていたのはきっと幻覚だろう。


 皿に肉を盛り付け、フライパンを流しに置く。今にも食いつきそうな天音をなだめて、肉を一口サイズに切り分ける。味付けは塩だけだが量を食べる訳ではないので十分足りる。他の二人も肉が焼けた良い匂いに唾を呑みこんでいる。


「どうぞ、食べてみてください」


「「「いただきます」」」


 真也の合図で三人が揃って食べ始める。そんな三人に真也は苦笑しながら観察を忘れずに行う。ティリナは肉がきちんと焼けているかを見てから口に運び、そのおいしさに驚いている。リフィアは恍惚とした表情で固まっている。天音はいつも通りだ。


「このお肉おいしいですね。中まで火が通っているのにすごく柔らかいです。何のお肉ですか?」


 頬に手を当てて肉を見ながらティリナが質問する。その質問にリフィアが同調して肉を噛み締めながら頷いている。そんな二人に真也は普通に答える。


「大牙猪です。部位までは気にしなかったので分からないですけどね」


 その答えにティリナとリフィアは固まる。魔物の肉は庶民が気軽に食べられるものでは無いからだ。大牙猪となると尚更だ。真也は二人の様子に首を傾げる。天音はいつも通りだ。


「あれ? もしかして魔物の肉は苦手でしたか? もしそうなら片付けますが」


 真也はいつも食べているので全く気にしていなかったが、もしかしたら嫌な人も居るかもしれないとティリナに確認のため聞いてみる。


「ち、違います! ……そ、その、大牙猪はおいしいと聞いていたのでいつか食べてみたいなと思っていたので驚いたんです」


 ティリナは手を顔の前で振りながら慌てて必死に弁明し、リフィアは賛同するようにコクコクと頷いている。


「と言う訳でして、もう一つ……、あれ? 無い?」


 ティリナが皿を見ると沢山あったはずのサイコロステーキが一つ残らず無くなっていた。ティリナとリフィアは空っぽの皿を見て絶望している。犯人はもちろん天音である。犯人は既に現場から逃走し、真也の後ろに隠れている。もちろん二人から逃げたのだ。真也はそんな様子に苦笑しながら本来の目的を確認する。


「とりあえず肉の事は置いておきましょう」


「う……、分かりました」


 ティリナはものすごく未練があることが分かる視線を空っぽの皿に向けいていたが、ため息をついてフォークを置き、真也に向き直る。リフィアはまだ絶望したままだ。天音は身体が真也からはみ出ないように小さく体を縮めている。もちろんしっかりはみ出ている。


「見て頂いたように火力も十分あり、一瞬で火力を調節出来ます。台数を揃えて一声で変える事も出来ますし、個別に火力を調節する事も出来ます。また、熱源を入切出来るので調理していない時は目を離しても大丈夫です」


「そうですね、見ていましたが簡単に火力を調節出来るのは魅力的です。これなら火力別にコンロを用意する必要が無いので狭い所でも一台あれば十分ですし、火の始末をしなくても良いのはかなりの利点だと思います。放置して火事になった話は結構聞きますから」


 ティリナは最初と違う感想を持った。実際、火力の調節は長い時間がかかる料理ほど大変なので、一定の火力を常に出せるのであれば購入しても良いと思った。そんなティリナを見て、商品として十分と真也は判断する。後は実際の使用で不具合があるか確認するだけだ。


「ではこれは置いていきますので実際に使ってみてください。使いづらい所を教えて頂ければ助かります。後これが起動文言です」


 真也は冊子にした説明書をティリナに渡す。


「分かりました。お借りします」


 ティリナは嬉しそうに冊子を受け取り、パラパラと中を確認している。やはり料理好きにとって新しい調理器具を使うのは楽しい事なのだろうと真也は考える。その後、流しに置いてあるフライパン等を洗い、出した器具をリュックに収納する。


 ちなみにこの時、真也にへばり付いている天音は常にティリナ達から隠れるように移動しているので、真也の周りをくるくると回転している。正面には隠れなかったので真也はとりあえず放置していた。傍から見れば天音が真也と遊んでいる様にしか見えないが、隠れている本人は真剣だ。


 片付けが終了してから真也はティリナの方を向き、微笑んで帰宅の挨拶をする。


「それでは私はこれで失礼します。ルードさんによろしくお伝えください。ああ、それとこれは調理器の実験に使用して下さい」


 真也は洗った皿をテーブルに置いて、リュックから大牙猪の肉を先程より多く取り出しその中に入れる。その場に居た三人の視線が一瞬で集まり、意識がそちらに集中したのを見た真也はまたもや苦笑してしまう。


 真也は自分の後ろから身を乗り出して肉を見つめ、涎を垂らしかけている天音を抱き上げると、肉に集中している二人に再度声を掛けて店を後にした。ちなみに返事は無かった。


 天音は真也が小声で夕食にステーキを作ることを約束したので、おとなしく真也に抱き上げられていった。部屋を出るまで肉から視線が外れる事はなかったが。


 ちなみに楓と桜が騒ぐ事無くおとなしくしていた事を森羅が報告したので、ご褒美として夕食の量が増加されている。実は森羅がこっそり楓達に言い含めていたのだが、真也が真実を知る事は無かった。








「……はっ! ノルさんありがとうございます。おいしく使わせていただきます!」


 再起動したティリナは、とても嬉しそうな声で真也の居た方向にお礼を言う。


「……いったい何の話だ?」


 ティリナの耳に聞こえてきたのは困惑したルードの声だった。ティリナが復活した時には既に真也はおらず、仕事部屋から出てきたルードが、肉に熱い視線を送っている二人を見て困っている所だった。





 ティリナが真っ赤な顔でルードに何と言い訳をしたかは言わないでおこう。


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