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第35話 試練?

 真也は抗議がとりあえずうまくいったとほっとしながら、通りを店に向けて歩いていく。店にはゆっくり帰る事にした。あまり早く帰ってもまだ服を選んでいる最中だろうと思ったからだ。まさかそれ以前の状態とはさすがに思っていない。真也の前では天音はそれなりに出来る子だからだ。どうやらティリナの願いは真也に届かなかったようだ。


(『それにしても王都にはまともな人がいないのか、それとも運が悪いのか、どちらだと思う?』)


(『主様の運は良くなっている筈なので、まともな人が居ないのではないでしょうか』)


 真也のくだらない問いに、森羅は真面目に答える。後半は冗談も加えているが、今現在の状況では冗談になっていない。その答えを聞いて、それはそれで嫌だと真也は思う。なんせ王都で会話した女性で、販売店舗以外で普通に会話出来たのはティリナだけだ。同じ運でも何か違うものじゃないかと思う真也だった。


 真也はまだ知らないが最初のあれがきっかけとなり、それまでギルドに蔓延っていた悪い価値観が吹き飛ばされて、良い方向に変わってきている。『人を見た目で判断すると悲惨な事になる』と言う事実を、トラウマになりかねない衝撃を伴って実演付で見せられたのだから当然だ。この変化は真也の利益に直結する事なので十分に運が良いと言える。


 そんな馬鹿な会話をしながら真也は野菜や果物を物色して、無いものは購入しながら歩いていく。今は主にカキ氷のシロップ用に良いものは無いかと探している。天音のペース次第では、売ってある物で作らないとすぐに足りなくなってしまう。安い砂糖系統の品があれば良かったが、売られている砂糖は塩より高く、量も少ないので使うことが出来ない。複製は最後の手段だ。


「やっぱり安い甘味は売って無いな。果物は秋が中心だし、スイカみたいな夏の甘味はないものか……。砂糖大根とか、メイプルシロップに似た物は無いか……」


 真也の呟きを聞いた森羅は記録した資料を検索し、いつも通り結果を伝える。


(『あります。資料によると砂糖大根の親戚のような野菜があるようです。ただ、甘味は僅かで渋みがあるので食用として栽培されていません。主に家畜の餌として用いられています。放っておけば一週間程度で収穫出来る早さで育つので、量が必要な家畜の餌として最適なようです。農家がついでに育てているようですので、おそらく人用の店ではなく家畜系の店で取り扱っているのではないでしょうか』)


 森羅から伝えられた情報に、真也はとりあえず物を手に入れて、砂糖を抽出できるか実験する事に決めた。そして今居る大きな通りから小さな通りに侵入し、周囲の店に聞きながら売っている所を探しだして大量に購入する。ついでに種も手に入れて自分で栽培してみる事にする。


 購入した店の店主は奇妙なものを見る目で真也を見ていたが、これは真也が家畜を育てている様には見えなかったからだ。ちなみに形は上に大根の葉のような物が付いた、直径十五cm程度の球形である。


「しかし、一週間であの大きさになるなんて信じられないな。薬草の親戚なのかな?」


(『そうですね、薬草ほど依存していないようですが、成長に魔力を利用しているようです。魔力が薄い所でも問題なく育つので、薬草の仲間と認識されていないのではないかと思います。それに薬効も他の野菜と大差ないので薬としても用いられません』)


 真也はずいぶん不遇の野菜だと思わず同情してしまった。味は渋く、せっかくの甘味を壊している。薬効も他に良い物がある。優れているのは成長速度のみ。苦いのはともかく渋いのはなと真也は思った。そして渋みを取る方法を考えながら歩いていく。


 飢饉の無い世界では、わざわざまずい食材を食べる事が出来るように工夫しない。なんせ薬草は我慢しなくても食べる事が出来る程度の味なのだから普通はそちらを選択する。


「とりあえずこれを優先して実験することにするか。トイレの方は中々うまくいかないしな」


 独り言を呟く危ない人になりながら、真也はルードの店に向かう。この時、独り言が外に聞こえない様に森羅がしっかりと選別して遮断している。おかげで周囲から異様な目で見られる事は避けられた。


 そのまま通りの店を冷やかしながら歩いて、しばらくするとルードの店に到着した。真也は一応周囲に変な人が居ないか森羅に確認してもらってから店の中に入る。今頃は商業ギルドで楽しんでいるだろうとは思ったが、念のためだ。店内には誰も居なかったのでそのまま奥に行き、声を掛けた。


「ただいま戻……ごふっ」


 真也が奥の部屋に入るといきなり腹部に攻撃が加えられ、後ろに押し倒されて後頭部を床に打ち付ける。その痛みに真也は声も出せずに悶絶した。


「だ、大丈夫ですかノルさん」

「大丈夫だろあの位」

「……」


 中々ひどい言葉が聞こえたような気がするが、痛みから復帰した真也が何とか身体を起こそうとすると、腹部に天音と言う名の鉄砲玉が張り付いていた。見れば泣いているのが分かる。ちなみに楓と桜は天音の突進時に逃げ出して床に着地している。森羅は空中だ。


 現状を把握した真也は、倒れたままの状態でルード達を見ると、状況の説明を求める。


「……何となく分かりますが、一応説明をお願いします」


「すみません。私では無理でした。ごめんなさい」

「俺に期待はしていないよな」


 ティリナはテーブルの傍に立ちながら頭を下げ、ルードは座って答える。


 二人の説明になっていない説明に、真也は天音の頭を撫でながらため息をついた。気長に行こうと考えながら身体を起こし、天音を両腕に抱えて立ち上がる。そのままの状態で椅子に座り、天音を横向きの状態で真也の上に座らせてから、ティリナに謝罪する。


「手間を掛けさせてしまって申し訳ありません。私が考えていたより重症だったようです」


 真也は天音の頭を撫でて安心させている。しばらく全員が静かにしていると天音は落ち着いたようで真也を見上げてきた。その目は怒らないでと言っているように真也には見えた。


 実際天音はそう思って真也を見ていた。落ち着いて考えれば自分が悪いのは簡単に分かる。ルードは何もしなかったし、ティリナはこちらを安心させようと色々話し掛けてくれていた。

 怯えてそれを無視したのは自分だと分かっている。分かっていても、そのうちあの嫌な目で自分を見るのではないかと思うと受け入れることは出来なかった。


 真也は微笑みながら天音の頭を撫でて、怒っていない事を伝える。天音はそれを見て安心したように顔を真也の胸に埋めた。


「とりあえず私が居れば大丈夫だと思うので、サイズを測って服を選んで頂けますか。天音、終わったらカキ氷を食べさせてあげるから、ティリナさんの言う通りにしていなさい」


 天音はカキ氷の言葉に目を輝かせると、頷いてティリナの前に恐る恐るだが移動する。真也はその様子に苦笑しながらティリナに目でお願いする。ティリナは微笑んでそれに応える。


「うまいもんだな。子守の経験でもあるのか?」


 ルードが真也と天音のやり取りを見た後で感心して質問をしてくる。同じ状況なら、おそらく自分は何も出来ないと思っている。


「いいえ、特には。聞き分けが良いので何とかなっているだけです。話は変わりますが、ギルドの方は大丈夫です。アランさんが今日戻るそうなので伝言しておきました。おそらく夜になってからここに急いで来ると思います」


「手間掛けさせたな。来てくれて助かった。もう少しであいつらを殴る所だったからな」


 髭に触りながら真也に礼を言う。何だかんだ言ってもルードも我慢の限界だった。そんな事をしないて済んだので、真也には感謝している。


「今日アランさんが帰ってくるので、私が来なくてもすぐに解決したと思います。さすがに私は夜までここに居ないので、アランさんにお疲れ様と伝言をお願いします。それと、アランさんに任せれば大丈夫でしょうから顛末は後で良いですと」


 解釈によっては皮肉に聞こえなくも無い伝言を真也はルードに依頼する。もちろん真也に他意はない。忙しいだろうから気にしないでゆっくりで良いと言う意味の発言だ。残念ながらアランの立場では皮肉に聞こえない筈が無いが、それに気が付くほど真也は鋭く無い。当然ルードも気が付く訳が無い。もちろんアランは真意に気が付くが、それはそれ、これはこれである。


「おう、分かった。しっかり伝えておくから安心しろ」


 真也とルードは互いの顔を見て笑みを浮かべた。もちろん善意の笑みである。そんな訳で、知らないうちにアランの胃に穴を開ける手伝いをしてしまった真也とルードだった。







「……お師匠様」


 真也がルードと話していると、声と共に袖が引かれる。真也がそちらに視線を向けるとサイズを測り終えた天音が真也の袖を引いていた。その目は『ご褒美は?』と言っている。ティリナは倉庫に服を取りに行ったようで居なくなっていた。


「ん? もう測り終えたのか。それじゃあ約束通りおやつにしよう。今作るから座って待っていなさい」


 真也はそう言うと準備のために席を立ち、リュックの中からカキ氷製造機を取り出し別のテーブルの上に置く。その大きさにルードは驚いている。


「なんだそれは。見たこともない道具だな」


「これがカキ氷製造機です。ルードさん達の分も用意しますので食べて下さい。本当はもっと暑くなってからの方がおいしく感じるのですが、冬で凍えていなければ大丈夫です。ティリナさんが来たら作りますね」


 真也はリュックから容器とスプーンを四つ取り出し製造機の所に置き、シロップはルードの居るテーブルに置く。そこにティリナが服をいくつか持って戻ってきた。製造機を見てティリナもルードと同じように驚いたので説明を再度行い、席に着いた所でカキ氷を四つ作成してテーブルに置く。流石に自宅では無いので天音もきちんと待っている。


「このビンに入っているのは果物を濃縮したシロップです。ラベルに書いてある果物を使っていますので、好きなものを一回上からかけて下さい。沢山かけると逆においしくなくなります」


 真也は説明のついでに天音用のカキ氷に一番甘いシロップをかける。ルードとティリナは見よう見まねで自分のカキ氷にシロップをかけ、全員の準備が出来た所で食べ始める。


 天音はきちんと学習したので少しずつゆっくり食べ始める。ルードとティリナは頂点にスプーンを刺し、大きめにすくってそのまま口に入れる。すると頭痛が二人を襲い、同じ動作で頭を押さえ、同じ様に奇妙な動きをする。息の合い方は感心するくらいぴったりだ。


 もちろん真也は黙って見ていた。言わない理由は、最初にしか味わえない事を潰してしまう訳には行かないという事に一応している。本音は当然楽しむためだ。これくらいは許して欲しいと真也は思う。しばらく全員無言で食べ続け、ルードとティリナが食べ終わったのを見て真也は感想を聞いてみる。


「どうですか。暑い盛りには最適だと思うのですが」


「確かにそうだな。氷の塊をそのままかじるより良いな」

「雪と似ていますがこっちの方がおいしいですね」


 二人の感想にどうやら好評のようだと真也はほっとする。食べ物は好みに個人の感性が思っているより出るものだ。削った氷に価値が出るか分からなかったので安心したのだ。そんな真也の袖を天音が軽く引く。見ると空になった容器を持って真也を見つめている。


「あまり一度に食べ過ぎるとお腹を壊すから、今はこれでおしまいだよ」


 それを聞いた天音が潤んだ目で真也を見る。真也は苦笑して天音の頭を撫でる。


「家に帰ってからまた食べさせてあげるから。但し、食べ過ぎた時は片付けるから自制するようにしなさい」


 天音は頷いて素直にテーブルの上に容器を置く。それを見ていたティリナが微笑みながら真也に服を差し出す。


「これどうぞ。サイズはあっていますので、それで良ければ何着か持ってきます」


 ティリナが持ってきたのはきちんとした可愛らしい女の子用の服を四着と下着だ。流石にひらひらは付いていない。真也は自分の服装センスを信じていないので、選んでもらった物に口を出すつもりはない。


「ありがとうございます。それでは服を二組ずつと下着を十着お願いします。天音、ティリナさんにお礼を言いなさい」


「……ありがとうございます」


「どういたしまして。それでは持ってきますね」


 天音の小声のお礼にティリナが優しく微笑んで答える。ルードに支払いをして、ティリナが服を取りに行ったところで真也はカキ氷製造機をしまい、リュックから店舗用魔道具一式を取り出して設置する。


「なんだそりゃ?」


「前に話しておいた店舗で使う魔道具です。値段が売り物にならない位まで高くなってしまったので、今回は私からの貸出と言う形になります。アランさんに聞かれたら販売予定は無いと言っておいてください。ルードさん、すみませんがこの服の分類を教えて下さい」


 魔道具を見たルードの質問に、真也は設定しながら答える。傍にルードを呼んで、持ってきてもらった服の情報を札に対応するように本体に入力していく。今回は試行なのできちんとした分類で無くとも良い。ルードはその様子を興味深げに見ている。


「天音、おいで」


 真也は椅子に座って真也を見ていた天音を呼ぶ。傍に駆け寄ってきた天音に丸い認識装置を握らせて、個体情報を本体に登録する。リュックから森羅があらかじめ作っておいた真銀製の会員証を取り出し、情報を本体に書き込んでとりあえず脇に置いておく。天音はそのまま真也にくっついてその様子を観察している。


「……おい、それ真銀じゃあねえか?」


 まさかそんなはずはと言う感想を声に乗せてルードが問いかける。


「そうです。上得意客用の会員証です。一般客との区別は必要ですからね。後は勝手に自慢してくれるでしょう」


 ルードの質問に真也はあっさり答える。そんな真也を見てルードは一瞬躊躇したが、値が張る物なので確認する事にした。


「それはそうだろうが、金が掛るだろう? 大丈夫なのか?」


 真銀はこの会員証分でも十分高価な代物だ。ルードには真也が何枚出すつもりか分からないが、心配するのは当然の事だ。


「はい、大丈夫です。自分で真銀鋼鎧竜を狩って来たので元手はかかっていません」


 真也の答えにルードは口を開けて絶句している。売れば五年は暮らせる竜を、まるで近所の薬草を取ってきたと言っている様な真也の物言いに驚いたのだ。真銀鋼鎧竜はそんなにあっさり倒せる魔物ではない。


「……まあ、大丈夫なら良いんだ」


 ルードはそこで考えるのをやめた。自分が気にしても仕方がない事だからだ。真也もルードは詮索しないし、他の人にわざわざ話す事はしないと分かっているので隠す事はしなかった。そんなところにティリナが服を持って戻ってきた。


「お待たせしました。……なんですかそれ!」


「丁度良い所に来ましたね。これは今度店で使う魔道具です。今からその服を使って使い方を実演してもらいます。後で従業員に教える事になるので、しっかり憶えるようにして下さい」


「え……、え? ……そ、そんな!」

「ま、がんばれ」


 ティリナは操作が複雑そうな魔道具をみて絶望し、ルードはそんなティリナに笑いながら無責任な慰めをかける。そこに真也は当然のように爆弾を落とす。


「もちろんルードさんにも憶えてもらいますよ?」


「な、なに!」

「当然ですよね!」


 真也の言葉に慌てて逃げ出そうとするルードを、ティリナはしっかり掴んで離さない。実に良いコンビだ。


「大丈夫ですよ。夕食には間に合うと思いますから。……多分」


 真也はにこやかに二人に予定を告げる。ちなみに今はまだ昼前である。真也の言葉を聞いたルードとティリナの顔には絶望が浮かんでいた。






 その夜、店に駆け込んできたアランが、口と頭から何かが出ているルードとティリナを発見したのは、二人にとっては多分良い事なのだろう。



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